第79話:剣の壁を乗り越えて
あのあと、日が暮れるまで、私はリネリネと話し込んでしまっていた。色々と話したいこと自体はたくさんあったからね。リネリネが計画している大型の魔道具の話とかはかなり興味深かった。まあ、私の持ち込んだ設計図のせいでかなり計画に変更を加えないととか騒いでいたけど。
「それじゃあもうそろそろ私は帰ろうかなあ。」
「あー、もう外暗くなり始めてるね。贈っていく必要はあるかい?」
「いや、さすがに帰れるから。リネリネこそ実家に帰らなくて大丈夫なの?」
私の問いかけに対して、リネリネはあーあー、聞こえなーい―、とか言いながら両手で耳を塞いでいる。この子、どんだけ帰りたくないんだ。
「あのね、フレア。いや、今はいいや。それじゃ、またね。」
「そう言われると気になるんだけど。うん、じゃあ、またね。」
彼女らしくもないどこか不安げな言葉に対して疑問を抱いたけど、私が今その疑問を一緒に抱え込む余裕はない。気になりはしたけど、言及しないことにした。
リネリネと会った翌日、私はまた兄上と一緒に魔法を使う練習をしに行った。前よりかはだいぶましになってはいるけど、それでも、不安が残ってしまう。ルナに想いを届けるためにはこれくらいじゃきっと足りていないから。
「フレア、一応魔法に関しては暴走したりすることもなくて調子は戻った感じだが。」
「こんなんじゃダメです、これじゃルナに届かない。」
兄上にいくら言われても私はきっと満足しないと思う。こんなんじゃダメ。もっと上を見ないと。
「それと、恐らくだが今フレアが持っている魔法触媒として一番優秀なのは間違いなくあの2本の剣だぞ?そちらも使ってみないとじゃないか?」
「え、うん。そうですね、兄上。でも、やっぱりまだ剣を握る勇気が持てなくて。」
今日、部屋を出る前にまた剣を握ろうとはした。けれど、怖くてできなかった。魔法の制御とかはうまくできるようになっても、結局最後のピースを掴めない。掴もうと思えないんだ。
「それじゃ、戻ったら僕も一緒にいるときに持ってみるか?そうしたらある程度不測の事態にも対処できるだろう?」
「それは、そうだけど。」
私にとって、それはあの自らのうちから湧き上がってくるどす黒い感情を引っ張り出すことと同義だからどうしても尻込みしてしまう。私のあのときの罪は洗い流されることはない。どこかで受け入れて、越えないといけないと思うけれどもその先を見られない、見たくない。
「正直不安なんですよ。前みたいなことになったらって。」
「それはわかるが。そこでフレアは止まってしまうのか?」
「それは、嫌だけど。」
でも、兄上の言ってることは間違いなく私の目指すところには必要なこと。それは理解している。理解はしているけども、辛いものは辛いんだ。でも、
「ちょっと戻ったら試してみます。」
「…決めたんだな。わかった。」
私は前に進むのを止める気はない。止めないと決めたんだ。空を見上げると、天頂に日の輝きが見える。それに手をかざして手を握る。それだけでも、私は、なんでも出来るような気がした。
「で、結果としてこの有様になってしまったかあ。」
そう兄上が呟くのを耳にいれながら私はぐったり倒れこんでいた。
これは私が王城へと戻ってきて、そして、念のためということで城内の訓練場で先の宣言通りに剣を握ったことによって起こったことなんだけども。私は一瞬は耐えたけれども、それだけだった。思い出してしまうあのときの感覚に耐えきれなかったから。
倒れた私の近くには二本の剣が転がっていた。一本は金と青、もう一本は銀と黒で構成された私の自信作。間違いなく私の手持ちで最強の二振り。
「でも、握れなかったら何の意味もないんだよね…。」
これは思った以上の難題になりそうだな、と仰向けに体勢を直して心の中で思う。むしろ少し耐えれただけでも上出来なんだよね。光明が見えただけでもいいと思わないとやっていけない。
「フレア、大丈夫かい?」
一言呟いてからしばらく様子を見ていた兄上が心配そうな声色で覗き込んできた。
「大丈夫に見えます?」
「結果だけ見ると見えないね。けれど、様子を見れば大丈夫なのが伝わってくるかな。だって今のフレアすごく満足そうに見えるから。」
「ふえ?そうですか?」
私は意識していないうちに外に感情を出してしまっていたらしい。微妙にずれている、とは思うけれども、兄上の言いたいことは大方わかったから。
「兄上からそう見えてるなら大丈夫かな。兄上、もう少し付き合ってください。」
「うん、あと一時間くらいなら大丈夫だよ。」
それから、私は幾度となく、何日も剣を握った。最初は少ししか握ることのできなかった剣を前のように操れるようになっていく感覚。それと同時に湧き上がってくるどす黒いものをなんとか抑えきれるようにもなってきた。
「だいぶ握れるようになってきたね。剣舞も立派なものじゃないか。」
兄上にそう賞されたのは剣を最初に握ろうとしてから一週間が経ったくらいの時。
「それに外で魔物狩りに行くときに使う魔法の質も上がっていたしね。だいぶ心の整理が出来てきた感じ?」
「そう、かもしれないですね。でも、ここから実戦ができるかなんて正直わからないです。」
今の私は剣を振ることはできる。でも、そこから戦うということが出来るかというと、断言なんて出来なかった。あの時の、あの時の人を切る感覚が剣を握るだけでも想起されてしまうのに。
「そこは試してみるしかないか。よし、今度の実戦では剣を使ってみようか。」
ついにこの時が来た、というような提案だった。不安自体はあるけど、どこかで決めないといけないものが今来ただけのことだから。私はそれに対して、首を縦に振ることによって意思を示した。
翌日、私は腰に二振りの剣を添えて、兄上と共に王都郊外へと来ていた。
「じゃあやってみようか。」
「はい、兄上。」
私達が現れたことに気づいたのか複数の狼型の魔物がこちらへと来るのが見える。私は、二振りの剣を握り、そのまま魔物へと突き出した。
「〈エンチャンテッドソード〉」
私は剣と踊った。黄金のたなびいたあとに残った剣の軌跡に重なった魔物は、それこそ一撃必殺だった。剣が駆ける先にある魔物を私は正確に切り裂いていく。私と剣のダンスが終わった後には、魔物の残骸しか残っていなかった。
やった、戦える。
「フレア、正直久々に剣を使ってここまで動けるなんて思っていなかったよ。さすが僕の妹だね。」
様子を見ていた兄上が賞賛の声を伝えてきた。
「私でも驚いてる。でも、よかったなって。」
そこまで言ったところで、新手の魔物が現れる。さっきよりも少し数が多く見える。
「今度は魔法の実験台になってもらおうかな。〈マルチ・サンダリング・ランス〉」
そう言いながら私が剣を魔物に向けると、その先に複数の雷の槍が形成された。すごい、確実に杖を使って戦った時よりも質が上がっている。私が剣を振ると、それによって雷が魔物の群れを襲った。その槍一本一本が複数の魔物を貫通し、その命を明確に奪い去っていった。結果、さっきよりも数の多かった魔物の群れでさえ私の一回の魔法で壊滅してしまった。
そのあと、兄上の方を見ると、若干顔が引きつっているように見えたけれども、すぐにいつもの見守っているような目に戻った。
「正直、その剣の質が高いことには気づいていたけど、ここまで火力が上がるものなのか…。鬼に金棒とかそういうレベルを越えていないか?」
そう言う声は若干震えていた。私とオストは何か末恐ろしい物体を完成させてしまったのかもしれない。
そのまま魔物を倒し続けて、日が傾きだして撤退の用意を始めたときだった。私と兄上は同じタイミングでパッと同じ方向へと顔を向けた。
「兄上、これ何だと思いますか?」
「これはー、多分ここら辺のボスって言っていい魔物だと思うよ?僕の予想だと狼型の大型。」
私達が剣を握り、いつでも戦えるように構えて、警戒をしているところにそいつは現れた。雷を従えた大型の狼。
「フェンリルか。いいよ、私の前に出てきたことを後悔させてあげる。」
私は、剣を改めて強く握りしめて、不敵な笑みを浮かべてそう笑うのだった。
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