第75話:深く沈んだ星は再び昇る
トリステラ様の話が終わった。私はその魔女の物語を聞いて察してしまった。それを確かめるために、私は言葉をゆっくり紡いだ。
「あの、トリステラ様、もしかしてルナこの物語で出てきた魔女になってしまった、とでも言うつもりなんですか…?」
「そうね。そう考える理由はあるわ。一つはルナが教会でされたことの調書を見たことね。正直に言うわ。あれは間違いなく普通の人間だったら死んでいたと思う内容だったわ。でも、実際は生きている。今もきっと、ね。」
トリステラ様は私の疑問をあっさりと肯定してしまった。そっか、ルナは、この話を知っていて。そっか。私は、トリステラ様の言葉には続きがあるような気がして問いかけた。
「あの、他にもあるんじゃないんですか?」
「ええ、あるわ。この話の終わり方に関係があるの。教会に残っている話では、最後は男性が恨み言を魔女に言って、魔女はそれを嘲笑うかのように高笑いをしたみたいなの。そして、魔女は三日三晩苦しみながら死んでいった。まあこっちは教会が魔女を悪者にするために捏造したものだと思うわ。でも本題はこっちじゃなくてね。これでわかるのは魔女が死ににくいことくらいね。」
「はあ。それで、本題はなんなんですか?」
私は、話のその先が気になった。ルナのことに関わることかもしれないから。もっと先を知りたい、そう思った。
「そうね、じゃあこっからが本題、というよりかは私がルナが魔女であると考えるもう一つの要因ね。あの話にはもう一つの結末が実際に存在したと考えられているの。あの話の登場人物で一人だけ、生き残ったという結末ね。」
トリステラ様は物語の続きについて語り始めた。あの話の中で生き残れる可能性がある人物、そして、ルナのことに繋がる可能性のありそうな人物は一人しかいない。
「それって夫婦の娘のこと、ですか?」
「あら、察しがいいわね。そうよ。生き残ったのはその子。夫婦が教会側に捕まる前、割と派手に抵抗した、と教会側の資料には残っていたわ。私はその理由が娘を逃がす時間を稼ぐためだと考えているわ。実際に、教会の記録では実は娘を見つけることは出来なかった、って書いてあったの。夫婦に娘のことまで死んだと思わせたのは、魔女を完全に絶望させるためだと思うの、根拠はあまりないけどね。」
「魔女の娘が生きていたとして、そのあとどうなったんですか?」
「そこまではわからないから推測に過ぎないのだけれど、普通に人間として生きて普通に死んだと思うわ。それ以降、人の寿命を越えた人がいたという記録は残っていないから。それに、娘の容姿までは教会も知らなかったらしくて、最終的に捜索が打ち切られてしまったみたいなの。」
「つまり、生き残ったその娘の子孫が今も生きているってことですか?」
トリステラ様はその言葉を聞いて首を縦に振った。
「そう、多分そうなのよ。魔女の血は隠れたまま、どこからか王家の中にまで入りこんでしまった。そして、ルナは何かの因果でその血の因子が発現してしまった。それがルナが魔女になった原因だと思うわ。」
そっか、だからルナは魔女になってしまったのかな。とはいえ、そこでわかったのはルナが魔女になったということだけ。結局わかっていないことがいくつか残っている。
「ルナは魔女になったからどこかに行ってしまったんですか?」
「それとも違うと思うの。魔女になったこと自体は問題ではないと思うわ。魔女であることをルナがどう思ったのかまでは私もわからないわ。」
トリステラ様もルナが魔女になったことに気づいたこと自体がどこかに行ってしまった原因ではないと感じているらしい。魔女になったからどう思ったのか、私はここがどうしても知りたい。聞きたいことは他にもあった。
「あの、トリステラ様。ルナは、いつ魔女になったって言うんですか?」
「貴方も予想出来ているんじゃないかしら?」
「ドラゴンとの戦い、ですかね…。」
あの時のルナは魔法を使っている、としか説明のできないことをしていた。それが、魔女になったことで説明できたとすると、ある程度辻褄があってしまう。恐らく、ルナ、というよりも魔女のできることも予想できてしまう。
きっと、ルナは魔法を無効化してしまうんだ。私が限界まで魔力を使っても突き破ることの難しかったドラゴンの魔法を容易く破壊してしまった。私の回復魔法がルナに効かなかった。でも、そうすると一つだけ説明できないこともある。その一つの例外を含めたとしても、全て説明できてしまった。
そうなると、私がルナと会わなければ、一緒にドラゴンと戦わなければ、こうはならなかったのかな?ルナがいなくなってしまったのは、私のせい?
「これって私のせい、なんですかね?私が連れ出したりしなければ、いや、それとも。」
「それは違うと思いますよ?」
その後悔をつい口に出したら、すぐに否定されてしまった。いっそのこと認めてくれたら、その後悔を抱えたまま、その罪を背負って生きていけたかもしれないのに。もう諦めたいよ。辛いよ。
「ルナはそのこと自体には恐らく後悔はしていませんよ。少なくとも、一緒に貴方といたことは後悔していません。それは間違いないわ。そこには当然、ドラゴンとの戦いも含まれてるわ。本人も言ってたから間違いないもの。」
「そう、なんですか。ルナはそんなことを言っていたんですか…。」
「そうですよ?それはまあ楽しそうに貴方と何をしたのかを語っていましたし。それと同時にドラゴンとの戦いで自らが何をしたのかも疑問に感じてたみたいですけど。科学的な意味で。」
ルナが楽しそうに私の目の前の人に私のことを話しているところを想像してしまって、少しだけほほえましく思ってしまった。それと同時に、今の私に正の感情を持つ余裕があるんだなと思った。
「あら、フレア。久しぶりに笑ったところを見ましたね。」
トリステラ様の語りから始まった私たちのやり取りを静観していた母上が口を開いた。その顔にはどこか安心したという感じの笑みが見えた。
「あら、そうなのね。やっぱり、フレアちゃんはルナのことが好きなのねえ。」
「ふえっ!?そ、そういう訳じゃないんですけど…。」
「いいえ、貴方間違いなく好きでしょう?」
図星を突かれてしまって咄嗟に否定したら母上にすぐにそれを否定されてしまった。そんなにバレバレなの?
「バレバレですよ?」
母上に追撃をされてしまった。あれえ?なんか沈んでいた気持ちが強制的に引き上げられてしまったと感じてしまった。
「なんでだろう、こんな話してたら少しだけ楽になっちゃいました。えへへ。」
私は母上たちの前で頭をかいてそう笑ってしまった。でも、芯の部分はまだ冷え切ってしまっているのは変わらない感じがした。
「でも、ルナはここにはいないんですよね。」
そう、その少しとはいえ気持ちが楽になるきっかけになったルナはどこかに行ってしまったんだから。月の見えない夜は星は見えても何故かどこか寂しく感じてしまう。
「そうね、今はいないのよね。でも、どこかで一回戻ってくるような気がするのよねえ。勘だけどね。」
そう言うのはトリステラ様。その言葉にはどこか確証があるというような雰囲気が不思議と感じられた。例え、それが勘だったとしても、それに今は縋るしかないと思った。
「なら、そのときにルナと話をします。私が、壊れちゃう前に。」
「そう、じゃあお願いしようかしら。多分、私よりもフレアちゃんの言葉の方がルナには響くと思うわ。」
私のその決意をトリステラ様は肯定してくれた。でも、もしルナが私の言葉に耳を貸そうともしなかったら、そう思うと怖くてたまらない。自信が持てない。拒絶されたくない。
「でも、今のルナちゃんって多分意固地になってて話を聞いてくれないのよねえ。一応手段はあると思うのだけれど、今のフレアちゃんにそれを教えるのは相当酷だと思うのよね。」
「ルナが話を聞いてくれるなら私、多分なんでもしちゃいます。なので、その方法を教えてください。」
私は、ルナが戻ってきてしまうならなんでもしてしまうと思う。だって、好きなんだから。
「分かったけど、心して聞いてほしいの。」
「はい。」
「ルナと戦うこと。あの子は貴方の魔法に憧れを持っているって言っていたの。なら、フレアちゃんがとびきりの魔法を使ってみせれば、ルナちゃんは心を開いてくれるかもしれないわ。」
ルナのことを思い出して少しは暖められていた心はその言葉でまるで氷水をかけられてしまったかのようにまた冷え込んでしまった。その言葉は今の私に、そんなルナに見せられるような奇麗な魔法は使えない。視界が暗くなっていくような感覚が現れてしまう。
「当然、フレアちゃんの今の状態は聞いているわ。だから酷って言ったの。」
そうトリステラ様は補足してくれたけれども、私はぐちゃぐちゃになってしまいそうだった。あの時のことを思い出してしまいそうになる。体の震えが止まらなくて、自らを抱きしめてしまう。呼吸もままならなくなる感覚が襲ってくる。
「やっぱりこうなってしまいましたか。フレア、大丈夫ですか?」
「…大丈夫に見えますか?あまりにもひどすぎますよ。完全に八方塞がりじゃないですか。助けてくださいよ。」
もうどうすればいいのかわからない。ルナと一緒にいたいのに。ルナは魔女になって遠い場所に行ってしまった。取り戻したくても、今の私はその手段を使えない。涙は止まることを知らない。無力さに対する怒りは自分へと突き刺さっていく。
「フレア、貴方は何なんですか?」
母上からそんな問いかけの言葉が飛んできた。私は、王国一の魔法使いだったフレアニア・フィア・ヘカテリア。でも、今の戦えない私は、王女であるという価値しか、いや、それすらもないんじゃないかな。
「何なんでしょうね。戦うことも、魔法を使うこともできない私に、何の価値があるんですか?」
「フレア、貴方は王国一の魔法使いと名乗っているじゃないですか。一度折れてしまうだけでそれを止めてしまうほど貴方は弱かったですか?」
母上、やめてよ。私は弱いんだよ。挫折を味わって、もう、もう駄目になっちゃったんだよ。
「フレア、私の方を見なさい。」
私は、顔がどうなっているのかもわからずに、母上の方に顔を向けた。母上と目が合った。
「私はフレアは今でも王国一の魔法使いだと思っていますよ。貴方は一度折れたくらいでは底に沈んでしまうなんてことはないでしょう?」
そう語りかけてくる母上の目には嘘を言っている感じは一切見えず、むしろ、確信があるように見えた。
「でも、私なんて…。」
「私なんて、とか言わないで。」
私が思わず口にしてしまった一言に対して、母上がそう返してきた。それと同時に私は肩を掴まれた。そのときの母上の瞳には涙が見えた。
「フレアは魔法が好きなんでしょう?それを失ったままでいいのですか。取り戻したくないとは思わないのですか?」
「少しは思いますよ、母上。でも、私には無理。諦めた方が早いですよ…。」
「諦めないでください。前を向きなさい。そうしないと、大切なものは二度と戻ってきませんよ。」
母上は、私の肩をゆすりながらそう言ってくる。その言葉は、私の胸に深く沈みこんできた。大切なものは戻ってこない、そう言われてしまうと、なんだか今の諦めてしまっている私がなんだか悲しいものに見えてきてしまった。
「母上、私、前を向けるのかな。前を向いてもいいのかな?人を殺した私なんかが。」
「いいと思いますよ。人を殺してしまったこと自体は罪だとは思います。しかし、そのおかげで貴方は大切な人を取り戻せたという側面もあるのですから。」
その言葉で私はほんの少しだけ救われたような気がした。ほんの少しだけれども、この状況をどうにかしたいと思えてしまった。
「分かりました、母上、トリステラ様。私はルナに私の全力を見せつけたいと思います。そして、私は私、魔法使いであり続けます。」
これは、私が前に進むための宣言だ。ルナにまた会って、話をするための。そして、罪を受け入れて、乗り越えて、その先へと進むための。後戻りする気なんてない、それを示すための。それを聞いた母上たちは、どこか、安心したような、それでいて、暖かい目をしていた。
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