第74話:魔女のお話の結末
二人の若者の結婚は祝福され、それから時を経ずに娘も授かりました。しかし、その幸せは長くは続きませんでした。
結婚して、5年経ったくらいで二人の間に何か違和感が見られるようになってきました。しかし、その違和感はそのときはあくまで違和感として流されました。
それでも、10年、15年と経っていくと、その違和感は流すには流せないものとなっていきました。なぜなら、村の青年の見た目は変わっていったのに対して、魔女の少女は変わらずに少女のままだったからです。その二人の子供も成長していました。そのため、村の人々はさすがに不審に感じました。そこで、彼らはその夫婦を呼び出して確認することにしました。
呼びだされた二人は、先に言うべきだったかもしれない、と言うと彼女たちの間では共有していて、そして他の村人には隠していたことを語り始めました。
曰く、魔女である彼女にはある秘密があると。その秘密は、あの隠れ里に住む人はこの村の人々よりも遥かに永い時を生きることができるということ。当然、容姿も一定の外見になるとあまり変わることもなくなってしまうこと。そして、あの隠れ里の人は皆空を翔けたり、物に触れずに動かしたりする不思議な力を持っているということ。
それを聞いた村人たちの意見は真っ二つに割れました。彼女は人ではない。そのため、彼らは今すぐ別れるべきだ、という意見。彼女はただ、その在り方が違うだけで私達と同じである。そのため、彼女はこの村で過ごすべきであるという意見。結果として、2つの意見間で言い争いが起きてしまいました。その間に挟まれた二人はおろおろとするしかなくなっていました。
最終的に、村人たちは結論を出したらしく、二人にある質問を投げかけました。
「二人は、いつか必ず死別することになるのですが、大丈夫なんですか?」
これは、後者寄りの意見で折り合いがついた後に尋ねてきたことでした。
「当然、分かっていたことなので、最初から覚悟の上です。相談して、その上で、彼がいなくなってしまうまでの間は、一緒にいたい、そして、一緒にいようと決めたんです。私は彼がいなくなってしまった後は、隠れ里で静かに過ごそうと思っています。」
代表して答えたのは少女の方だった。男性の方もそれに頷く。彼女たちのその覚悟を聞いて、村人たちは、彼女たちを受け入れることにしました。彼女たちの愛を突き通そうとする覚悟に心を撃たれた人が多かったからでした。
しかし、そんな幸せもあまり持ちませんでした。それからしばらく経ったある日のことでした。その日、村に教会の一団が訪れました。
「この村に、見た目が長い間変わらない女がいると聞いたのだがどこにいるのだ?」
応対のために、村長とその村の教会の神父教会で出迎えたところ、教会本部から来た神官長が彼らにそう尋ねました。何か不吉なものを感じ取った彼らは、彼女たちのことを隠し通すことにしました。
「いいえ、いることは報告を受けているのですよ。なので連れてきなさい。さあ早く。」
しかし、神官長はいることを確信していたようでした。それでも、彼らは隠し通そうとしました。
「報告の通りです!いました!こいつです!」
ところが、彼らの足掻きは無駄でした。神官長の連れてきた兵によって、その件の夫婦が教会に連れてこられてしまったのです。神官長はその連れてこられた彼女を見て、拍手をしながら彼女へと近づいて行った。
「こんにちは、魔女さん、と呼べばいいですかね?」
神官長はそう言って彼女の顔を覗き込みました。そして、こう言いました。
「貴方、いえ、お前は人間ではありません。」
それは、教会が彼女を人間だとは認めない、ということと同義でした。その一言に怒ったのは、一緒に連れてこられた男性でした。しかし、すぐに取り押さえられてしまいました。
「彼女とあとそこの男も連れていけ。魔女と魔女と契りを交わした男だ。」
そうして、彼女たちは、抵抗こそすれど、多勢に無勢で馬車の方まで連れていかれてしまいました。連れていかれる彼女の目に映ったのは、外で教会の人間と話している村の人間。その言葉の中には、不気味で気持ち悪かった、などと彼女に対しての否定が見えていました。そう、教会へと密告したのは彼女たちの受け入れに反対した人間だったのです。そして、神官長は残された二人に目線を向けました。
「さて、貴方たちは神の代行者たる私に虚偽の報告をしてしまいましたね。素直に本当のことを教えてくれていたら貴方たちまで罪に問うつもりはなかったんですがね。」
そう言って、神官長はある指示を出しました。
馬車に乗せられた夫婦は、王都へと着くと、牢へとつながれてしまいました。そして、彼女たちが再び外へと出られたのは、彼女たちの運命の終わりのときでした。
彼女たちは十字架に固定され、衆目の前に晒されました。そして、教会の教皇はこう告げました。
「さて、今からこの世界の異物、魔女の最後の一人、原初の魔女と、その魔女と交流を結んだ村の最後の生き残りの処刑を致します。」
その言葉には、二人を絶望させる幾重もの要素が含まれていました。あの後、村の人間も、隠れ里の魔女や魔人が全ていなくなってしまったということ。その最後の生き残りとして二人は今、ここで処刑されてしまうということ。そして、彼女の娘もその中に含まれているということ。
「では、火をつけましょうか。生き残れば魔女であることの証明になります。」
二人の足元に火がつけられました。男性は彼女の方へと目を向け、小さい声でこう言いました。
「死ぬ時までずっと一緒にいれて嬉しかったよ。君を愛しているよ。」
その言葉を聞き取った魔女は同じように小さい声で囁きました。
「私も、貴方のことを愛しているわ。でも、もう少し生きたかったな。」
それこそ、娘が成長していくところを見届けたかったな。そう続けようとしたけれども、彼女たちの姿は瞬く間に、炎の中へと消えていきました。その後、魔女はこの世界から消えてしまったのでした。
おしまい。