第73話:星の輝きを失って
「ええと、それって…。」
私は目の前に突きつけられた物を否定してほしくて再度尋ねてみた。
「ルナ様は今少なくとも離宮及び、城内にはいないと思われます。先ほど判明したことの関係で今城内の手が空いている侍従や衛兵が総出で探していますが…。」
どうやら認めたくないことは事実みたい。瞳に映っている風景がモノクロになっているように錯覚してしまう。
「そっか。ルナに会いたかったんだけど、いないなら仕方ないね、うん。」
この言葉は間違いなく自分に言い聞かせるものだった。なんというか、体の緊張が抜けていくような感覚を覚える。
「あ、あと。ルナ様の残された手紙の中にはフレア様宛のものもありますが、受け取られますか?」
「…受け取る。」
一瞬の思案の後、私はルナの手紙を受け取ることに決めた。その中に私が知りたいことがあることを信じて。
侍従の人は私の返事を聞くと、すぐに懐から封のされた手紙を取り出した。私がそれを受け取ると、中身は手紙だけのはずなのに不思議ととても重く感じられた。
「それでは、私はトリステラ様のところへ向かうのでこれで。」
そう言って彼女はタッタと駆け出して行った。
「母上、私部屋に戻りますね。落ち着いた場所で手紙を読みたいので。」
「わかりました。私も用事が済んだらすぐに戻りますね。」
私は、走り去っていく姿を横目に母上にそう伝えた。そして、母上は元々の目的地に、私は元来た道に戻っていった。部屋に着くやいなや、ベッドに腰かけてすぐに手紙の封を切った。
『フレアへ
この手紙をフレアが読んでいるときには、私はどこかへ消えてしまっているでしょう。
色々と書きたいことはありますが、最初に謝っておきますね。ごめんなさい。昨日、私は最後にあんなことを言ってしまいました。フレアは逃げて行ってしまいましたが、それでよかったと思います。私は貴方と一緒にいる訳にはいかないのです。きっと、私が貴方と一緒にいると、互いに不幸になってしまいます。なので、もう会わない方がいいでしょう。
お願いです。私のことを探そうとしないでください。そして、忘れてください。そうした方がきっと幸せになれますから。
最後に少し。フレアと一緒に過ごせた時間は短かったですが、密度が高く、今まで生きてきていた時間の中でも楽しいものでした。ありがとうございました。
それでは、さようなら。
ルナモニカ・フォン・エクスマキナ』
その手紙は、確かに少し丸みのあるルナの字で書かれたものだった。内容的にはとても信じたくはないけれども。結局詳しくは理由なんて書かれていない。私を突き放そうとする意思だけがそこには込められていた。
「これだけじゃわからないよ、ルナ。ルナの馬鹿。少しは相談してくれたっていいじゃん。」
独りでに出てくるのはそんな呟き。ルナが悩んでいたのならその悩みの解決の手助けをしたかった。ルナが苦しんでいるのだったら助けてあげたかった。もっと早くルナに会いに来れていれば、もっと早く動いていれば、あのとき、逃げなければ。そう思っても、もう遅い。遅すぎる。消えてしまった月を探すには手遅れなんだ。
「もうどうすればいいの。何かする前に全部終わっちゃったじゃん。」
続けて出たのは、そんな後悔の言葉。起きてしまったことをなかったことにすることなんて無理で、何もできない自分の無力さを感じてしまうと同時に、体からもガクッと力が抜けてしまって、そのままベッドに倒れこんでしまった。届かなくなってしまったものに想いを馳せることしかできなくて、その現実を前にして途方に暮れることしかできない。
「フレア、戻りましたよ。」
意識が若干あやふやになりかけていたところで、母上の声が聞こえた。体を起こして私が自分でもびっくりするくらい覇気のない声で入ってください、というと、扉が開いた。母上ともう一人の女性が入ってきた。その女性には見覚えがあった。
「久しぶりね、フレア王女殿下。」
そう私の名前を呼んだのは、トリステラ様、この国の王妃であり、ルナの母親だった。ここ最近、色々とあったはずなのに彼女のルナと同じ黒色の瞳の光は不思議と変わっていないように見えた。
「はい、お久しぶりです。トリステラ様。御息女の件、お気持ちお察しします。」
「あら、フレアちゃんも把握しているのね。なら話は早いわね。」
「…と、言うと?」
「そのルナちゃんに関することについて少しお話したいことがあったからソラエルさんと一緒に貴方のところに来たのよ。」
少しだけ言いたいことがあったけれども、あいにく私に突っ込むような精神的な余裕はなかった。ただ、その話自体には興味を持つ、というよりかは知りたい、と思った。
「ええと、フレアちゃんは前に私がした魔女の話を覚えているかしら?」
「はい、覚えています。聞いた話の範囲では、ただの恋物語に聞こえました…。」
「そうね。そこまでだったらその通りなの。でも、今日したいのはその続き。ルナちゃんが行方を眩ませようと考えたのかは、きっとそこに原因があるから。聞いてくれるかしら。」
「はい、聞きます…。ルナが消えてしまった理由を知りたいので。」
私の言葉を聞いたトリステラ様は、少しふわふわしていた雰囲気を消して、童話を語り聞かせるかのように、言葉を紡ぎ始めた。
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