第71話:縋りたかったのに
久しぶりの更新になってしまった。
私は、久しぶりに会ったルナの顔を見て、正直泣きそうになってしまった。改めて見ると、ルナは以前と、それこそ魔女事変のときと変わらない様子だった。でも、そこに纏っている雰囲気は、慎ましく、それでいて凛として咲く花のようだったのが、同じ花なのに、すぐに散ってしまいそうなものになっていた。そんな様子のルナの顔を見てしまうと、ドギマギする気持ちが顔を出すのと同時に、それを隠しておきたいというような気持ちも同時に出てきてしまった。
「ルナ、体調とか大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ。フレアこそどうですか?」
そんな葛藤の中で、私が言葉選びに悩んだ末に選び出した無難なあいさつに対して、返ってきたのはこれまた無難な返し。今度はそれに対する返答に困ってしまった。どうもこうもなく、ルナが生きているということが嬉しくてたまらない、という感情が第一に出てくるから。でも、それと同時に、何があったのかということも連想されてしまって、パレットの上でぐちゃぐちゃに混ぜた絵の具みたいになってしまった。完全に言葉に詰まってしまう。
「フレア、どうかしましたか?」
「え、まあ、うん。私は平気だよ。うん、大丈夫。」
言葉が口から出なくて棒立ちしていると、ルナに顔を覗き込まれながらそう聞かれてしまった。咄嗟に自分に言い聞かせるように慌てて返した。
「本当にですか?」
「うん、本当に大丈夫だよ?私は私だからね。心配しないで。」
ルナに不審に思われたと感じて自らを強く見せるためにそう返す。バレませんように、バレませんように。
「大丈夫ならいいのですが…。久しぶりに会えて嬉しいですよ、フレア。」
どうやらバレずに済んだみたい。とりあえずはよかった、のかな。でも、その顔には何か、しこりが残るような感覚を覚えてしまった。いつもの無表情に近い感じとも違う不思議で目を離すとどこかに消えてしまいそうな儚い感じ。
「私も会えて嬉しいよ、ルナ。ええと、怪我の調子とかは大丈夫?」
「はい、おかげ様で。フレアの魔法のおかげですね。」
「そう。ならよかった。」
私が気になっていたルナの体調は大丈夫そうで胸を撫でおろす。
「あのですね、フレア。魔法に関して、少し付き合ってほしいことがあるのですがいいですか?」
ルナと何を話そうかなと思案を巡らせていると、ルナが私にお願いしてきた。ルナのお願いならなんでも聞いてあげたいんだけど何なんだろう?そう思った刹那、ルナはベッド近くの机の上に置いてあった小さなナイフを取り、その刃で自らの腕を切り付けた。
一瞬、目の前で起きたことを頭が処理しきれずにフリーズしてしまった。
「…え?ちょっと何してるの!?」
でも、すぐに我に返ってルナの腕を掴んで尋ねる。私に嫌なことを思い出させる赤が私の手まで流れてくる。私の慌てたような調子とは違って、落ち着いた声でルナはこう返してきた。
「フレア、これを魔法で治してみてくれませんか。」
私はその言葉の意図を掴むことが全く出来なかった。わからなかった。
「〈リトル・ヒール〉」
どういうことなの?という感情はなくならなかったけれども、あのときのことが思い出されてしまって、咄嗟に回復魔法を使ってしまった。
「なんで、なんで傷が塞がらないの。なんでっ!?」
魔法自体は意外なことに制御できない、ということもなく使うことができた。なのに、私の魔法はルナの傷を癒やすことはなかった。いくら最近、魔法がうまく使えないとはいえ、魔法がその効果を示すことすらできなかったのは今まで魔法を使い続けてきて初めてのことだった。
一回目がたまたまうまくいかなかっただけ、そう信じて使ってみたけれども、結果は変わらない。何度使っても、結果は変わらない。変わってはくれなかった。私の焦りはさらに蓄積していく。そんな私は気付けなかった。ルナのその表情に。
「ごめんなさい、フレア。ここまでしてくれてありがとうございます。ですが、もう大丈夫ですよ。知りたいことは知ることができたので。」
私が一心不乱に何度も何度も回復魔法を使っていると、不意にルナがそう告げた。パッと顔を上げると、目の前にルナの顔があってルナと目があった。顔自体には笑みが見えるけれども、その目からはどこか諦観の念が感じられた。それこそ全てを諦めるしかなくなったかのような。その様子にどこか不安を覚えてしまう。
「ルナ?結局何を確認したかったの?」
「知らないほうがいいですよ、きっと。」
その不安をなくしたくて聞いてみると、ルナはどこか寂しげな声で答えてくれた。その裏には同時に吹けば消えてしまいそうな儚さのようなものもある感じがした。
「ねえ、ルナ?どうしたの?」
私はルナの考えを掴みきれなくなってそう聞いてみた。藁にもすがるような、そんな思いで。
「ごめんなさい、フレア。もう私には関わらないでください。そうした方がきっと、幸せです、お互いに。」
返ってきたのは拒絶の言葉。まるで私たちの目の前に薄くて、それでいて越えることを許してはくれない壁ができてしまったかのような。
「えっ?そ、そっか。うん、わかった。それじゃあね?」
その壁がなんでできてしまったのか、どうしてこうなったのかを理解する前に私は部屋から逃げ出してしまっていた。理由を聞いてみるべきだったのだと思うけれども、余裕のない私には、そんなことはできなかった。ただでさえ崖っぷちにいたのに、ルナにポン、と押されて突き落とされてしまったかのような気分だった。
「なんで、なんで。少しは縋らせてよ。」
口から出たのは、そんな言葉だけだった。
次はできるだけ早く更新できるようにがんばります。