第70話:月に出会いに
私達は、エクスマキナ王国の王城への旅を終えて、今はこの国の第一王子であるスペランテ王子との面会をしていた。
「フレア王女とソラエル王妃、ルナに会いに来てくれてありがたく思う。」
「いえ、スペランテ王子。今回は、フレアが会いたい、ということでここに来たのです。私はそれの付き添いに過ぎませんのでそこまでかしこまらなくて大丈夫ですよ。」
既知である私が返そうとしたら代わりに母上が対応してくれた。
「そうは言われてもだな。一応あなた方は王族であるし、フレア王女はこの国の英雄であるからな。形式だけでも賓客、ということにしないと示しがつかないので、悪いが了承してほしい。一応滞在中はある程度の自由は約束する。」
「そういう事情でしたか。わかりました。それではこちらもそのつもりで動くように心がけましょう。」
スペランテ王子と母上の会話の中で、英雄、という言葉が出てきて私の心をえぐる。私は英雄じゃなくて咎人のほうが相応しいのに、そう考えてしまう。胸が苦しくなる。
私のそんな感情を置き去りにして、二人は話を続けている。あえて私に対して話を振らないようにしているのかな?気を遣って。でも、話題自体は私が絡むこと。どうしても気になってしまう。
「でもってだな。今、フレア王女とホルン王子にあの戦いでの功績を称えて勲章を授与しようかという話が持ち上がってはいるな。公式の場としての…。」
「そんなもの、私には相応しくないです…。」
そんな話題の中、ある一つのことで私は無意識に口を挟んでしまった。その声は自分でも消え行ってしまうと感じてしまうものだった。
「フレア王女、そんなことはないのだが…。」
「あるんですよ、私には。罪を侵した私には。」
その言葉は恐らく外へと吐露された初めての私の自己評価だった。それを口に出してしまったと気づいて、軽く絶望を感じた。隠していないと、ダメなのに。
「…そうか。とりあえずフレア王女の分は一回保留しておこう。心遣いが足りていなかったようですまない。」
「大丈夫です。すみません、私なんかのために。」
「フレア、そんなこと言わないでください。」
「母上、事実じゃないですか。私は人殺しなんですよ?」
「あのだな、フレア王女、戦争というあの場において、仕方がないことなのだ。生きるか死ぬかという戦いの中でためらってしまうと、自分が死んでしまうからな。」
「…それは相手が本来戦う意思のない、民間人であったとしてもですか。」
最後の私の言葉は、部屋の中に重々しく響いた。しばしの静寂。私は、その言葉の意味を改めて理解して声が出なくなった。母上とスペランテ王子は、絶句、としか言い表せないような様子だった。
「な、なんでフレア王女がそのことを知っているんだ…。」
唖然とした様子でそう零したのはスペランテ王子だった。
「すみません、意図して聞こうとしたわけじゃなくて、本当にたまたまそのこと聞いてしまって…。92人、人数まではっきりとこびりついてしまって。」
「そうか、そうか…。」
その声には後悔の念を感じる。
「そうでしたか。すみません、スペランテ王子。フレアを退出させてもいいですか?恐らく、この子、もう限界に近いです。」
「そうしようか、もう少し話をすり合わせたいからな。」
母上の進言によって、私は、離席することになった。母上に連れられて、三日ほど滞在する予定の部屋まで来た。
「母上、ごめんなさい。取り乱してしまいました。」
「いえ、大丈夫よ。気にしないで頂戴。今は少し休んでください。」
「すみません、それは嫌です。」
「ルナ王女に会いに行くつもりですか?」
「はい、そのつもりです。…ダメですか?」
母上は少し考えるような素振りを見せた。
「まあ、いいでしょう。私もまだ話がありますし。そもそも、ここに来た理由はフレアがルナ王女に会うためですからね。」
「ありがとうございます、母上。」
「本当は貴方を一人にはしたくないのですが、どちらにしても私が戻ってしまうと考えると変わらないので。ただ、今のフレアはかつてないほどに不安定なんですから、気を付けてくださいね。」
「はい、わかりました。」
私の返事を確認して、じゃあ私はまた話に戻ります、貴方はしたいことをしてきてください、と言った母上は部屋から出て行った。
その部屋に取り残された私は、数日ぶりに一人きりになってしまった。途端にとてつもない不安と悪寒に襲われた。
「…早くルナに会いに行かないと、私、ダメになっちゃいそう。」
それらの感覚から逃げるかのように、ルナの元へと向かった。
久方振りに来た離宮の佇まいは前とあまり変わってないように見えた。それでも、何かまぶしいように見えるのは、私の心の持ちようのせいなのかな。
ルナの部屋までは誰にも会うことなくあっさり来れた。なんとなく安堵してしまう自分自身が少し嫌になる。
「ルナ、私。入ってもいい?」
扉を叩いて尋ねてみると、フレアですか?入ってもいいですよ、という綺麗な声が聞こえてきた。その声に救いを求めるように、中に入ると、ベッドに腰かけている銀髪の少女がいた。
「ええとね、ルナ。久しぶり、だね。」
「そうですね、フレア。」
私の少し迷ったような言葉にルナは、笑いかけながら返してくれた。ただ、その笑みには、何か別のものが混ざっているように感じた。
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