第66話:私は魔女
今回から第3章です!
「あれ、なんで私生きてるんですか…?」
意識を取り戻したとき、私はいつの間にか自室で寝かされていました。体を見てみると、見るも絶えないほどの傷は、その跡すら残らず、すべて消えてしまっていました。体には、そのときの痛みが鈍痛としてかすかに残ってはいますが、それだけです。
目覚めたばかりでぼんやりとした頭で考えると、疑問がいくつか浮かび上がってきます。そもそもなんで私は生きているのでしょうか。あの時の、あの銃弾の雨は、間違いなくまともに食らっては生きてはいけないものだったでしょうに。それに、教会での、思い出すだけでも怖いあの拷問でも、いくら血を流しても死にませんでした。なんでなんでしょう。
体がうまく動かなくて考え込んでいると、扉が開いた音がしました。そちらを見ると、メイドさんが扉の隙間からのぞき込んでいるのに気づきました。そのメイドさんは私の視線に気づいたのかわかりませんが、慌てたかのように、扉を閉めてどこかに行ってしまいました。
それから幾ばくかして、お兄様がいらっしゃいました。そして、私が教会に囚われてから何があったのか、今までの分を語って頂きました。私が囚われてから内戦が起き、最終的には、王権派が勝利したこと。その内戦はその原因の一端となった私に対して教会が魔女の疑いをかけていたことから魔女事変と今では呼ばれていること。魔女事変には、隣国のヘカテリア王国の義勇軍も参戦し、特にホルン王子、そして、フレアの活躍が著しかったこと。お父様が退位し、お兄様が新たに国王として即位することが決まったということ。
「正直、フレア王女なしでは、ここまでの勝ちはなかっただろうな。最後の作戦も一人でやってしまったしな。」
お兄様はフレアをそう褒めていました。けれども、その内容とは裏腹に顔には、憂いの表情が見え隠れしています。なんとなく、私もその理由は掴めます。意識自体は血が全身から抜けていったせいなのか混濁していたので、はっきりとは覚えていませんが、あの広場での戦いは見えてはいました。
「その肝心の最後の戦いはルナの救出作戦だったんだが、フレア一人で教会派をすべて無力化してしまったんだ。いや、それ自体に問題はないのだが、少し心配ではあるんだ。」
私も、あのときのフレアの行動、表情から不安には感じています。一方、その時に一瞬だけ見せたフレアの姿は、そのときの表情とは裏腹に、ある種神秘的なものを感じました。けれど、私がそれに対応できるかというかというと話は全く別です。
「ところで、ルナ。体調とかは大丈夫か?何か用意して欲しいものがあれば手配しておくが。」
「体調は、まだ、全身少し痛いくらいですね。ちょっと、今は動きたくない感じですね。用意してほしいものは、特にないですね。強いて言うと飲み物が欲しいくらいでしょうか。」
「そうか、体調に関しては何かあったら侍従にいつでも言うのだぞ?」
「はい、わかりました、お兄様。」
「無理は絶対にしないようにな。教会で負った傷も何故か傷跡含めてすべて治ったとはいえルナが保護されてから一か月は寝ていたのは間違いないのだから。」
「え?一か月ですか?ならなんで普通に喋れてるんですか?え?」
あまりにも衰弱とかそういう意味での身体の異常を感じていなかったから気づかなかったけれど、私が寝ていた期間を聞かされるとものすごい違和感を感じてしまう。
認識がずれる。
私は何なのか、わからなくなる。
「ルナ、どうかしたのか。」
「あ、いえ、お兄様。少し考え事をしてしまって。」
「正直だな。これは伝えるか迷っていたことなんだが。ルナはだな、その。」
お兄様が何かを言い淀んでしまったので、私は代わりにその次の言葉を紡ぎました。
「魔女になっているのではないか、と言いたいのですか?」
「…そうか。ルナは分かってしまうか、そうだよな。」
私の紡いだ言葉は間違っていなかったようでした。同時に、それは私の考えの確度が上がったということを示していました。
「…念のため確認しますが、それは、それは、お兄様個人の考えなのですか?」
「少なくとも、母上とは考えが一致しているし、一部の学者とも。また、いくらかの文献、教会にあったものや国で保管しているものを見てもそう捉えられた。」
私も、お母様から聞いていたので、魔女のおとぎ話は知っています。その結末も。魔女の性質も。
「そうですか。ごめんなさい、お兄様。少し、一人にしてください。」
感情の篭っていない、空虚な声が伝わったのか、お兄様はすぐに、部屋から退出しました。そのときの私を見る顔には、捨てられた動物を見過ごさなければいけないときのような、感情が見えていました。
「私は魔女なんですか。魔女になってしまったんですか。」
一人になった部屋で一人そう呟く。返事なんていらないんです。ただ、そう言って、自分に確認をしたかっただけですから。
しかし、その声に導かれてなのか、私の指先から黒く染まった閃光が放たれました。びっくりしながらももう一回使おうとしてみると、同じように放たれてしまいました。まるで魔法のように。
あ、私って魔女になってしまっているんだ。これで確信してしまいました。それは、憧れであった魔法を使えた、という喜びの感情なんて一切感じさせるようなことではありませんでした。むしろ、これから先の、私の行く末、余りにも長いことになってしまうであろうそれは、ただただ絶望を与えてしまうだけでした。その考えに至ってしまった私は途方に暮れるしかなくて、その事実から目をそらそうにもそらせず、現実を見据えるしかなくなってしまいました。
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