第65話:日は陰って
私が目を覚ましてから三日が経った。昨日は兄上たちから後処理の結果とかを教えてもらった。
今までは全身がダルいのとルナを救うために使った魔法の反動で目茶苦茶頭が痛かったから寝かされていたベッドから出れる気がしなかった。
理由はそれだけではないけども。
今日、なんとか動けるまで肉体的には回復した。ということで、改めてスペランテ王子のもとを尋ねることにした。昨日聞き忘れたこともあるからね。
「フレア王女か、動けるようになったんだな、よかった。」
「はい、まだ回復しきったわけではないですけどね。」
「で、一体何用で?私は今忙しいのでね。」
「ルナに会いたいんですけど、どこに行ったら会えますか?」
「離宮のルナの部屋に行けば会えるはずだぞ?まだ眠っているがな。」
「はい、教えていただいてありがとうございます。」
私は忙しい彼を拘束しちゃうのもあれだし、最低限必要なことだけを聞いて出ていこうとした。けれども、彼はそれを許してくれなかった。
「昨日新たに決まったことだけ伝えてもいいか?」
私は、早くルナに会いたいという気持ちは強かったけれども、話を聞くことにした。
「一つは、教会の処遇が決まった。過激派の主要な人物は、教皇を除いてほぼ壊滅、その教皇も処刑が決まった。ということで、教会は穏健派を中心にこれからは運営されていくことになる。もう一つは、過激派によって拘束されていた父上、国王陛下だが、今回の責任を持って退位することを決めた。それに伴って、第一継承権をもつ私が国王に即位することになるだろう。特に大きいのはこの二つだろうな。」
こんな感じだった。前者については壊滅させたの私だからまあ、うん。意識した瞬間、罪悪感で押しつぶされそうになる。
「そうですか、わかりました。それでは。」
私はそう告げて部屋を後にした。部屋を出た瞬間、顔がぐちゃぐちゃになりそうになったけれども我慢する。
その足で、離宮に行くと、入口は血の跡なども片付けられてきれいになっていた。そして、奥に入り、目的の部屋へと向かう。
その部屋の前に着くと、私は配慮も何もなく、その扉を開けた。そこでは、銀髪の美しい少女が眠りについていた。
「ルナ、ルナ!」
私は、ベッドで横たわる彼女の枕元へと向かった。その顔は、前に見たときのような傷もなく、穏やかにみえる。
その顔を見て、すごく安心してしまった。溢れ出そうな感情をせき止めるようにルナの右手を両手で握って、額に当てる。その手の暖かさがルナがここで生きていることを証明してくれる。
「よかった、無駄じゃなくて。ルナを助けられてよかった。そうじゃなかったら、私、完全に壊れちゃってた。」
掴んでいた手を離すと私は、ルナの顎を少しだけあげて、喉元へと、口づけをしてしまった。その動作は自分でもびっくりするくらいに自然で、驚いてしまった。
ハッとして、すぐに体を起こした。私、何してるんだ。今そんなことするなんてずるいじゃん。
そんなことをしてしまう自分に若干の戸惑いを隠せなかった。けれど、自然と、頬に涙が伝う。それに気づいたとき、嗚咽が止まらなくなった。なんで、どうして、いくら泣き止もうとしても、止まらない。止められない。止まるわけがない。
ふと気づくと、私はルナを抱きしめて、泣いていた。あの戦いは、辛かった、辛かったんだけど、私はこの子を、大好きなこの人を救うことができたんだと、改めて実感した。
私は、涙が涸れてしまった。少し満足してしまった自分が憎い。そして、ここで今借りている部屋へと戻った。その道中で私は、恐らく、彼が意図的に隠していたことを偶然に聞いてしまった。
「しかし、戦いでの戦死者数は計9820人か、思ったよりは少ないな、ホルン王子たちの魔法がなければ難しかっただろうな。」
「そう言ってくれたらありがたいね。」
「まあ、死者が少ないのはいいことなんだがな、問題はこのうちの一割近くがあの広場での戦いで出た死者ってことだ。」
「ああ、紅の月の惨劇か。つまり、フレアがやったってことなのか。本人にはできればこのことは隠しておきたいな。」
「それには私も同意だ。正確な数字の話をすると、そこでの戦死者の人数は計957人だ、そして、そのうちの92人は、その場に押し寄せていた民間人なのだ。」
「うわあ、なおさら聞かせたくないなあ。絶対にフレアは傷つくし、現実と向き合わせるには少し早いだろうからね。」
「だな。罪に問う、ということはするつもりはないんだけどな、それとは別に、いや、だからこそかな心配でたまらないんだ。」
92人。その言葉は私に呪いのように沁みついてしまった。頭が真っ白になる、さすが無理、耐えられない。まだ敵だからギリギリ、本当にギリギリで持ち応えたのに。敵でもない、何にも関係のない人間まで巻き込んでしまって、私は、なんてことを。そこからのことは覚えていない。気づいたときには、朝になっていて、部屋のベッドにいた。そこの枕は濡れてしまっていた。
翌日、私は兄上と一緒にヘカテリア王国に戻ることになった。ルナが目を覚ますまでずっとここにいるつもりだったけれど、スペランテ王子と兄上が許してくれなかった。
「それでは、二人とも、魔女事変での戦いに付き合ってくれて感謝する。」
「そんな謙遜しなくても大丈夫だよ。こちらも参戦するメリットがあるから参戦したんだからな。結果として、勝てたしな。」
「そうか、とはいえ、さすがに大きすぎる貸しができてしまったな。」
「それは、まあそうだね。出来るだけ早めに返してくれると嬉しいかな。」
「余裕が出来たらだな。しばらくは返すのは無理そうだ。」
そんなやり取りを二人がしているのを横目に馬車に乗り込んでいた。腰に戦いで使っていた二本の剣はない。戦いで着いた血があまりにも多すぎて使えなくなっちゃったから。それなら、頼んでいた新しいのもあるし、それならってことで処分をお願いしたんだよね。とはいえ、剣がないというのは違和感がすごい。いつも持ってたからなあ。でも、何故か怖くもある。なんでなんだろ。国に戻ったら色々とやること立て込んでるだろうしなあ。
馬車でボーっとしていると、スペランテ王子がこっちに近づいてきた。どうやら、話は終わったらしく、兄上は別の人と話をしていた。
「フレア王女、ルナを助けてくれてありがとう。最後に改めて礼を言おう。」
「いえ、私の本望でしたので。私からも、あまり長くない間でしたが、お世話になりました。」
「なんか、少し硬くないか?やはり、引きずっているのか?」
「そんなことないですよ?いつも通りです。」
「そ、そうか。分かった。元気でな。」
ふう、私が崩れてしまう前になんとかどこかに行ってくれた。今の私はもうダメだから。自らを守るのに使えるものもなくて、ルナとも会うのがしばらく難しくなりそうで、それに、私の奪ったものの数が多すぎて。
しばらくして、馬車は動き出した。この国ともしばらくはお別れになってしまう。次、ルナに会うまでの間に完璧に隠せるようにしないとな。そう思って見上げる空に昇る太陽は雲によって陰っていた。
今回で第2章は完結になります。すぐに第3章に突入します!(確定事項)
傷ついたフレアと何かが変わってしまったルナ、二人の紡ぐ物語の続きをお楽しみに!
評価、ブクマ、評価、是非是非お願いします!