第64話:壊れたココロ
用があったので久々に更新
「これで、政府機能を王城に戻せたはずだ。一週間でやることじゃないぞ、これ。」
そう言って、ここ約一ヶ月動き続けた私は天を見上げた。
今日は、王権派と教会過激派との戦い―今では、魔女事変と呼称されている―が終わって一週間が経った日だ。結果としては王権派の勝利で戦いは終わった、終わったのだが、その終わり方に結構な問題があった。魔女事変における最後の戦いの王都決戦、そのうちの最重要作戦であったルナモニカ救出作戦のことである。
この戦いは魔女事変内の戦いとしてさらに別の名前が与えられていた。紅の月の惨劇、それがその名である。その戦いの内容は、たった一人の少女による蹂躙であった。生き残ったのは、最初に麻痺させられた教会過激派と、手と足を一本ずつもがれた教皇のみ。しかも、教皇は瀕死であった。
で、政府機能の再移転をやっとのことで終わらせた私を悩ませているのは、それを引き起こしてしまった少女についてのことである。それも複数。
一つ目は、彼女がその紅の月の惨劇起こしたあまりにも目茶苦茶な戦果と、二次被害でだ。
前者は、確かに最低限必要なことはしてくれていた。いたんだが、それ以外についてやりすぎなのだ。正直一人でほぼすべての敵を滅してしまうとは思っていなかった。
後者については、そのときに彼女が用いた魔法の余波だ。あれによって、戦いの舞台となった広場周辺の建物は破壊され尽くしてしまっていた。それに、その結果として生まれた悲劇もある。
二つ目は、彼女の評判についてだ。彼女の評価は今二つに割れている状態だ。
片や囚われのお姫様を助け出した英雄として、魔女姫として呼ばれている。
片や、その過程があまりにも残虐―主に紅の月の惨劇―としで、虐殺の王女と呼ばれている。
前者はともかく、後者は本人に聞かせてはいけない。間違いなく手を付けられなくなる。
そして、それに関連して最後である三つ目。彼女の精神状態である。
事変が始まって以降、彼女の精神状態は不安定になっている可能性が高い。高い、というのは本人がそれを表にほとんど出さないからだ。
今、彼女は何を思い、考えているかの予測がつかない。責任を持って私がある程度確認はするが、まあ、満足のいく結果は得られないだろう。
その件の少女、フレアニア・フィア・ヘカテリアはというと、戦いの直後に意識を失い、つい前日まで眠り続けていた。意識を取り戻してすぐに見に行ったが、顔に表情が見えず、話しかけても要領を得た返事を得られなかった。
さて、私はやるべきことを一つ片付けた訳だが、まだやるべきことがある。そのために、私はホルン王子―フレア王女の兄―とともにフレア王女がいる部屋へと向かっていた。改めてお礼を言うためだ。それと、少し別の話をするために。
「フレア、入ってもいいかな?」
ホルン王子の問い掛けに対して、中から肯定の返事が帰ってくる。
「昨日ぶりですね、フレア王女。」
「はい、スペランテ王子。」
そう言った彼女の表情は昨日と変わっていない。
「まず、我が国のために命を賭けて戦ってくれて、ありがとう。」
「いえ、大丈夫ですよ。私がしたくてそうしただけなので。気にしないでください。」
最初の目的のお礼についてはあっさりと受け入れられた。問題はもう一つの方だ。
「それで、だな。今回の戦いの顛末なんだがな。」
そう言って、フレア王女に聞かせたのは、魔女事変の最終的な決着について。
「勝てたんですね、尽力した甲斐がありました。おめでとうございます。」
返ってきたのはそんな言葉。そのときの表情もやはり変わらず。その後、細々と連絡などをした。その最後に、私は尋ねてしまった。
「フレア王女、何か悩んでたりしていないのか?」
「特にはないですよ?全然、心配しないでください。」
返事はわかっていた通り、大丈夫、というものだった。これ以上深入りしてもいいのか、悩んでしまって、そこで切り上げることを選んだ。
「そうか。大体話したいことは話したから私たちはこれで失礼する。」
「待ってください。」
出ていこうとした私達をフレア王女は呼び止めてきた。
「ルナは、ルナは大丈夫なんですか?生きているんですか?」
か弱く紡がれたのはそんな言葉だった。
「生きてはいる。いるが、未だに意識は戻っていないな。」
「生きていることがわかったならよかったです。ありがとうございます。」
彼女はそのときも表情を変えなかった。そこで、つい口にしてしまった。
「フレア王女、もう少し笑ってみたらどうだ。」
その言葉を聞いたフレア王女は呆気にとられたような顔をしてしまった。
「すまない、では失礼する。」
何か嫌な予感を感じてしまったため、私達はすぐに部屋から逃げるように非常に失礼ではあるが、退出した。
「私が一番わかっていますよ。言わないでくださいよ。」
扉が閉まる瀬戸際、そんな声が、消え去りそうな声が聞こえた気がした。
***
兄上とスペランテ王子が去っていったあと、私は両方の唇の端を手で上げてみてしまった。
「やっぱり笑えていないのかあ。」
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