第56話:必要なこと
翌日、私は正直時間を持て余してしまっていた。だって、やることないんだもん。外では人がせわしなく作業をしているし、ここにいるこの国の王族のみなさんも当然、同じように動き回っている。王都での決戦のために。多分暇なのは私と同じく休みをもらっているはずの兄上だけかなあ。そうなると、自ずとすることは決まってくる。
「兄上、少しいいですか?」
「うん?なんだい?フレア。」
私が兄上のいる部屋に行くと、兄上は資料らしき何枚かの紙を見ていた。
「ごめんなさい、今後のために、少し兄上から魔法を教えてもらいたくて。」
「いいよ、フレア。何の魔法が知りたいのかな?」
「昨日兄上が使っていた人を麻痺させる魔法が最優先で知りたいです。あと、他にも私の知らないものがあればいくつかお願いしたいです。」
兄上は、よし、わかった、ここじゃ狭いから少し森の方に行こうか、と言った。そのまま、二人で砦を出て、近場の森の少し開けたところまで来た。
「じゃあ、少し講義の時間になるよ、フレア。」
「はい、兄上、お願いしますね。」
その後、〈サンダリング・パラライズ〉を初めとして、私の知らないいくつかの魔法を教えてもらった。どれも威力を求めたものじゃなくて、壁を作ったり、相手の行動を阻害するようなもので、私が好んで使うようなものじゃなかった。でも、今はこの魔法が欲しい。
「フレアらしくないな。」
「らしくないってなんですか?兄上。」
「いや、フレアが魔法バカでとにかく威力を求めがちなのは知っているけどさ、急に僕の搦め手の多い魔法を知りたいだなんて。」
「バカって失礼なこと言いますね、兄上。単純に、私は、人を殺したくないんですよ。」
「王都での戦いでかな?」
「はい、そうですね。絶対に戦いになります。そこでは、例え敵でも殺したくはないんです。私の魔法は人を救うためにあるんですから。」
「なるほどね。理想は理解するけど、その理想に縛られてると、そのうちフレアが死んじゃうよ。相手も命を奪いに来てるんだから。魔物とそこらへんは変わらないさ。」
私の割と切実な願いに対して、兄上は飄々とした態度を崩さず、しかし、言い聞かせるような声で答えた。
「でもっ、それでも。私は。」
「もし、もしなんだけど。フレアに覚悟がないようならば、王都での戦いでは後ろに下がってもらうからね。そうしないと、ルナ王女を助けるどころかフレアがどうなるかわからない
。」
「覚悟ならありますっ!」
私はその言葉に反射的にそう返してしまった。つい、手を強く握りしめてしまう。
「私がルナを助けなかったら誰が助けるんですか!私が、私が助けないと…。」
「でも、与えられている役割的には僕でも不可能ではないんだよね。」
「それは、そうですが。」
悲しいけど、兄上の言うことは多分事実だと思う。だけど、そう言う問題じゃない。私は、ただ、大好きで、愛しくてたまらない人を助けたいんだ。
「まあ、フレアがどうしてもって言うんだったらルナ王女のところに行かせてあげる気ではあるんだけどね。でも、その時はしっかりと覚悟、というか、心を整理しといてね。そうしないと、多分壊れちゃうから。」
「結局行かせる気なのか、どっちなんですか?」
一転、今度は怪訝な目で兄上の顔を見つめてしまう。
「あれは脅し、というかフレアがどうしたいかの確認だね。結果としては、まあフレアに任せることにするよ。」
「じゃあ。」
「うん、フレアには当初の予定通り動いてもらおうかな。一応、フォローには入れるようにするけどね。」
私は兄上のその言葉で思わず舞い上がってしまった。私が、ルナを助ける。それが決定事項になったってことだからね。その時のことを考えると、今までの憂鬱な気持ちが覆い隠されて、少し、気持ちに余裕が生まれてきた。
「ふへへへへ。」
「フレア?いや、とりあえずいいかな。さて、もうそろそろ戻ろうか。」
「はい、兄上!」
私達は、その後、砦へと戻る方向に、陰の伸びていく中、足を踏み出した。
***
フレアは、ルナ王女に対して間違いなく、友情という感情を越えたものを抱いている。そう母上から聞いたとき、一瞬それを疑ってしまった。
でも、さっきのやり取りで確信した。これ、事実だわ。正直、僕の大切な妹の恋愛事情にできるだけ干渉したくはないんだけど、それ以前に、対応を誤ると、フレアがダメになってしまいそうだから少し脅しを掛けちゃった。結果は、多分問題ない、って感じ。だけれど、戦場では何があるかわからない。しかも、相手は魔物じゃなくて人間。フレアの冷静さを容易に奪い去ってしまう可能性も当然ある。それをされると、最終的にどうなってしまうのか、心配でたまらない。フレアは無力化を考えてるみたいだけど、そんな余裕があるのかもわからないし。
「僕も近くに行けることだし、色々と用意だけしとこうかな。」
これから、大切な人を救いに行く僕の大切な妹のためにね。うん、やっぱり過保護かもしれない。でもね、やっぱり、妹には傷ついて欲しくないんだよ。
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