第105話:紫電と銀糸の交錯
「ええと、双方準備できました?」
私は戸惑いを隠し切れない声で二人、二十歩ほど離れた距離で対峙するルナと母上に確認をした。
「はい、私は大丈夫です」
「フレア、私もよ」
どうやらどちらも準備万端らしい。どっちも闘志を隠す気は一切ないらしい。なんだか二人の間に火花が散っているように見える。
「では、始め!」
私の合図と同時に二人が動く。ルナはレイピアを構えて母上へと突撃をした。相対する母上は弓を構えて、雷の矢をルナへと放った。ルナはそれをレイピアで打ち消して、更に距離を詰めた。母上が得意とするのは弓を用いた中遠距離戦だからルナの作戦自体は正しいと思う。だけど、母上はそんなことを容易に許すとは思えないんだよなあ。
案の定、母上は迫ってきたルナのレイピアを地面を滑るように動いて避けてルナとの距離を取り直す。避けられたルナは一瞬呆気に取られた顔をしたけれど、すぐに地面を蹴って、体を母上へと向け直した。母上はその方向転換の隙を見逃さず、下がりながらルナへと弓を射る。
その矢をルナはレイピアで弾き、母上へと接近を再び図る。それに対して、間を阻むように母上が雷の網を張った。母上のいつもの戦法だ。でも、ルナはそれをレイピアの一突きで消してしまった。
訓練場のギャラリーに動揺が走るのを感じた。まあ、そりゃそうだよね。この国で母上の〈サンダリング・カタラクト〉を破壊できる人はほとんどいない。だけど、目の前で異国の人間がそれを真正面から消し去ってしまった。その衝撃は、計り知れない。
「ねえねえ、ルナ殿下は何したの?綺麗さっぱりあの規模の魔法を消してしまったけど?」
そう尋ねてきたのは幼馴染のリネストス・アーノルドだった。近くには同じく幼馴染のアナ・レガルタも来ていた。二人ともいつの間に近くに来たんだ?いや、私が試合に集中してたから気づいてなかっただけか。
「ええとね、雑に説明するとルナって魔素を操ることができてそれを使って魔法を構築する術式を消してるんだよ」
「え?何それ?すごい気になる」
私が試合から目をそらさずに答えると、リネリネが興味深そうな声を上げる。今にも飛び出していきそうだったから、一応手で制しておく。こうしないとこの子本当に飛んでいきそうだから仕方ない。視界の端っこでアナが槍を握っているのが見える。
「アナもやめてねー?」
そう言うと、アナも槍をひっこめた。と、まあそんな感じで介入しそうだった好奇心旺盛な幼馴染二人を抑えている間にも試合は進んでいた。ルナはいつの間にかマジックガンまで使いだしていて、母上も高速で移動しながらそれを迎撃していた。
ルナが近づこうとして、母上は距離を維持しようとする、そんな攻防がしばらく続いた。その最中にも、母上が雷の網を細かく張って、ルナの魔法を消す力による被害を最小限にしたり、ルナがそれを読んだ上で宙を蹴って空中起動したりしていた。なんか互いに使う技術とか能力のレベル、とんでもなく上がってない?ルナなんてさっきまでの戦いで一回も使わなかった魔素の足場使いだしてるし、母上もその場のアレンジで雷の網の術式を小さくしてそれをいくつも並べることによってルナの力を封じている。
訓練場にいる人は全員そんな戦いに釘付けだった。そりゃそうだろう、本来は私を巡る争いだったのに、いやそもそもスタートがおかしいな?これ?、いつの間にか近年稀に見る高レベルの試合が目の前で繰り広げられているんだから。ちなみにこの戦いも結局私がルナにもらわれるかどうかを決めるものだから本質は一切変わっていなかったりするんだけど、まあ、とりあえず一回流そうかな!
そんな最中、二人が何度目かわからない交錯のあと、距離を取って向かい合った。
「ルナ殿下、正直、想像以上だわ」
「それはこちらのセリフですよ。フレアのお母様ということで油断してたわけではなかったのですが、こうして相対して手札をこう簡単にいなされるとさすがにきついものがあるんですよ」
「あら、私としては全く知らない手札をポンポン出してくるルナ殿下の方がおっかないと思うのだけれど」
「そうでもしないとフレアが手に入らなさそうだったので」
「あら、私としてもフレアをそう簡単に他国の姫様に渡したくはないのよね」
「そうですか、まあそうでしょうね。それでも、もらっていきますけどね!」
「なら、来なさい!ルナ殿下!」
二人は言葉を交わしたのち、同時に動いた。母上は雷の網を再び張り直し、それと同時に雷の矢を放つ。一方、ルナはレイピアを投げた。もう一度言う、レイピアを投げた。その投げられたレイピアは雷の網を消し去りながら真っすぐと母上の元へと飛んでいく。あれ、間違いなく魔素の応用だろうね、できないことはない。とはいえ、軌道があまりにも真っすぐすぎる。母上は驚愕の表情を浮かべながらもあっさりとそれを避けて見せた。ルナの方は母上が放った矢をマジックガンで迎撃しながらもレイピアの作った網の穴を潜り抜けて距離を詰める。
「〈アクア・カッター〉」
ここにきて母上が今まで使ってこなかった手札、水魔法を用いた。母上のあまりにも強大は雷魔法の影に隠れていて忘れられがちだが、水魔法も使えるんだよね。ほんとに忘れられがち。今もこの場にいる何人かが知らなかったのか忘れていたのかその水の刃を見てポカンとしているのが見える。
今までに見せたことのない水魔法にルナが一瞬動揺したのが見える。でも、それと同時にルナが手をくいっと手前に動かすのが見えた。それを合図にルナの投げたレイピアがUターンして戻ってくる。母上はなんとかそれを避けたけれど、それに一瞬意識を持ってかれたせいでルナから視線を外してしまう。その間にルナはレイピアを手に戻し、母上へとついに一撃を入れた。母上の頬から一筋の血が流れた。
「勝負あり、ってあれ?」
私がそれを確認すると同時に決着の合図を出そうとしたところで私はあることに気づいた。それはルナの頬からもまた同じように一筋の血が流れていたから。
「ソラエル様、一体どうやって」
「方法は単純よ。私の近くに貴方が入るのをトリガーとした術式を仕込んだの。水魔法でさえも目くらましだったの。結果として、貴方にも悟られずに魔法を発動出来た。かなり弱い雷魔法だったけれど、通ったようでなによりでした」
「捨て身だったんでしょうけど、見破れなかったのが少し悔しいですね」
「私も、初見殺しとはいえ一撃通されるとは思っていませんでした」
そう言って何か納得いったかのように二人は握手をした。
「ええと、ルナ、それに母上?決着はどうする?」
「引き分けでお願いします」
「引き分けにしておいてください」
「わかった、じゃあ、この戦い、引き分け!」
私の宣言と同時に訓練場は歓声に包まれた。
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