第104話:私のために争わないで!
ルナの宣言は訓練場に静寂をもたらした。何故かって?そりゃ誰もルナの言ったことの内容に思考停止してしまったから。だって今の状況って隣国の王女が魔女を名乗って来襲したと思えば戦いを挑んできて、もし誰も勝てなければフレア、まあつまり私のことだ、をもらっていくと唐突に宣告してきた、といったものだし。当然、私もびっくりしてる。だって、何も聞いてなかったし。昨日、手紙の送り主全員を訓練場に集めて欲しいと言われたからそれに従っただけだ。そのときのルナはまあ素敵な笑みを浮かべていた。正直可愛かったよね、うん。
と、私がルナの宣言に対して微妙に現実逃避していると、ルナがここにいる全員を現実に引き戻すかのように言葉をぶつけた。
「あれ?誰も来ないのですか?それなら私の不戦勝、ということになってしまいますがよろしいのですか?」
その煽りはここに集められた貴族たちの思考を再び現実に引き戻すものになった。
「おう、じゃあ俺が相手してやるよ」
「貴方が最初の相手ですか?ではこちらに」
そんな貴族たちの中から青年が一人、進み出てきた。確かどこかの子爵家の出だったと思う。
「ルールは互いを殺すような攻撃はなし。その上で相手に触れる、もしくは傷をつけた側の勝ち、ということでどうですか?」
「おう、いいぜ」
そうして二人はルールを確認した後、訓練場の中心で互いに十歩ほど離れた位置で向かい合った。青年の方は手に杖を握っているのに対して、ルナは右手にレイピアを持っていた。腰には魔法を弾丸として打ち出すマジックガンが見えた。
「あ、フレア」
「何?ルナ」
「スタートの合図と審判お願いしても大丈夫ですか?」
「ん、りょーかい」
ルナに合図やら審判やらをお願いされたから私は少し前に出て合図を出そうとして前へ一歩出た。
「ええと、双方用意はできた?」
「私は大丈夫ですよ?」
「俺も大丈夫だ」
双方に目配せをして確認してみると、問題なさそうだった。
「じゃあ、始め!」
「〈ウィンド・カッター〉ってあれ?どこに行きやがった!?」
開始と同時に魔法を使おうとした青年だったけど、ルナを見失ってしまったらしい。
「探しているのは私のことですか?」
「は?」
一方、ルナはそんな青年の横までいつのまにか動いていて、彼の肩へと触れていた。
「勝負あり!勝者、ルナモニカ・フォン・エキスマキナ!」
私の決着の合図を聞いたルナは私の方を見てパーッと顔を輝かせると、私の方へと駆け寄ってきた。褒めてほしいといわんばかりである。そんなルナのお望み通りに頭を撫でていると呆気に取られていた青年が私の方へと詰め寄ってくる。
「おい!今のはなんだ!」
どうやら何が起きたのか理解できていないらしい。周りの人々の顔に浮かぶ困惑や驚愕の表情を見た感じ、どうやらここにいる人たちの総意なのだろう。
「今のは、まあ初見殺しみたいなもんだよ。ルナはね、私たちの探知魔法を無効化したの」
仕組みとしては多分こうだ。試合開始と同時にルナは自らの体に魔素を浸透させた。青年は自らの視界よりも探知魔法に重点を置いてルナの位置を把握していた。すると、探知魔法からルナの反応が消えてしまった。その結果として、ルナが消えたと錯覚してい、見失った、といった感じだ。私が説明をしている前ではルナが首を縦に振っているところを見ると、この推測はあっているのだろう。
「そもそもさ、私たちが来たときに、正確に言うと、ルナが私の前に出てきたときに何か違和感に気づかなかったの?」
私もそうであるように、この国の魔法使いは探知魔法が便利すぎるが故に、位置の把握などで探知魔法に依存しがちな傾向があるらしい。けれど、その探知魔法に映らないルナのような存在相手には自らの視界に頼るしかない。そうなると、この国の魔法使いはあまりにも脆弱だ。これって結構まずいことじゃない?
「まあさっきのように、私に魔法がそう簡単に通るとは思わないでくださいね」
そんな説明をしている間にルナは満足したらしく、改めて貴族たちにそう宣言した。その発言はこの国の貴族、魔法使いの闘争心に火をつけたらしい。我先にと言わんばかりに貴族たちはルナへと挑戦を叩きつけ出した。
次いで挑んだ男性は、最初に一気に風魔法で加速することでルナが反応する前に、ルナを見失う前に終わらせようとした。けれど、ルナはそれを真正面からレイピアで受け止めてカウンターで終わらせた。
その次に挑んだ少年は魔法を使わずに素直に剣で打ち合うことを選んだ。ルナもそれに応じて打ち合ったんだけど割とあっさりルナの勝利で幕を下ろした。そもそもの技量が違いすぎた。ただ、そのあと、その少年が倒れていたところをルナに起こしてもらったときの目が、その、ね。うん、なんだか胸の奥がモヤモヤする感じがしちゃった。
その次は三対一の戦いだった。二人が魔法を使い、一人がルナの動きを阻害して固定する、という戦い方に対してルナは突っ込んできた一人目をレイピアであっさりと打ち倒した。けれど、そのうちに残り二人の用意した魔法が飛んできた。ルナはそれに対して一発をレイピアでかき消し、二発目を腰から抜いたマジックガンの魔法で相殺した。そして、そのままマジックガン二発で戦いを終わらせた。
そうして、戦いは何度も続いたけれど、全部ルナの勝ちだった。ルナの手札を大体把握している私からするとそれも完勝と言っていいと思う。ルナが種明かしをしたからルナの姿を見失うなんてことをする人はあんましいなかったけれども、それ以外の技量がルナに届いていない。結果としてその技量の分を魔法で埋め合わせたとしてもルナの力を引き出すに至らない。ルナは一回も金属を飛ばしたりはしなかったし、魔法を打ち消す閃光も使わなかった。使ったのは魔素の浸透による探知魔法の無効化と魔素を浸透させたレイピアによる魔法の打消しのみ。途中からルナが面白くないな、って感じの顔をし出したのを私は見逃していない。というか思ったよりルナって顔に感情が出てくるんだ。少し意外。ちなみに、リネリネとアナは挑戦はしなかったけれど、興味深いといった顔で戦いを見つめていた。
何戦目ともわからない戦いを終えると、ルナが駆け寄ってきた。
「フレア、言っちゃなんですけどこの人たち弱すぎませんか?」
「ルナ、それ普通に問題発言だと思うよ?多分これ周りに聞こえちゃってるよ」
そして、いつもと同じくらいの声、いや、むしろ少し大きいくらいの声で話しかけてきた。絶対わざと聞こえるように言ってるよね?
「張り合いがないんですよ。これじゃ思考の単純な野生動物とかの相手は出来ても対人戦なんて無理ですよ?」
「ルナ、オブラートって知ってるかな?」
すると、ルナは事実を言っただけですが?と言わんばかりにキョトンとした顔をした。うん、可愛い。ってそうじゃなくて。
「んー、正直言ってこんなんじゃフレアは私のものですね」
「あら?何をしているのかしら?」
すると、後ろから聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「母上?」
「ソラエル様お久しぶりです」
それは母上だった。弓を片手に持っているのが見える。
「いつもよりも多くの魔力を感じたから見に来ただけですよ」
「あ、そうなんですね、母上。ところでなんで弓を?」
「ここで魔物か何か出たのかと思って討伐する気で持ってきていたのですが」
「ですが?」
「少し気分が変わりました」
そういった母上はルナの方へと視線を向けた。
「ルナ殿下、さっきの発言はどういう意味かしら?」
「文字通りですが?ただこの国の文化に則ってフレアが欲しいのなら私よりも強いことを証明しなさい、って」
「そうですか」
そう言った母上はどこか不敵な笑みを浮かべた。なんだろう、この先の展開が読めたんだけど。
「では、ルナ殿下?そもそもフレアは私の娘なの」
「?」
母上の言葉に対してルナはコテンと首を傾げる。
「だから私としてはルナ殿下にまずこう言いたいの」
「なんですか?」
「フレアをもらいたいのならそもそも私にまず話を通すべきではなくて?」
ルナがあっ、と声に出そうなくらい呆けた顔をした。完全に忘れてたんだね、うん。そんな気はしてたんだ。でも、ルナはそれをすぐに取り繕って母上の方を向いた。
「いや、知りません。フレアは私のものです」
ちょっと待って、ルナ?母上にそんな真正面から啖呵を切るの?母上が完全に面白いものを見つけたみたいな顔しちゃってるからね?
「では、私も同じことを言わせてもらおうかしら。ルナ殿下、もしフレアをもらっていきたいのなら、私にそれを認めさせなさい?」
「なるほど、わかりました。やりましょう」
はい、予想通り母上がルナに戦いを挑んじゃったよ。ルナも案の定それに乗っかって。いやまあ、いいんだけどさ。さっきからずっと一つだけ突っ込みたかったことがあるんだよね。
勝手に私のことで争うの、やめてくれないかな!
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