第102話:もう一人の幼馴染
アナとの商談はすぐに終わった。というか、なんとなく予想はついてたから予め売値とかに検討はつけてたんだよね。実際、アナの提示してくれた売値も予想よりも少し多かったけど誤差で片付けられるレベルだったし。
「しかし、フレアよ。今回俺が買い取ろうとしているのは特殊個体の素材なのだがもう少し粘らなくてよかったのかい?」
「あー、私の取り分も実験用に取ってあるし、あんまり問題はないよ?それにいつもお世話になってるからその分かな」
「はあ、俺以外にそんなこと言うと下に見られて舐められるぞ。商人の世界ではそういうこと止めた方がいいぞ」
「あはは、アドバイスありがと」
「まったく、フレアはもう少し人の悪意とかを疑った方がいいと思うんだ」
私が売値の交渉をほとんど行わなかったことに対してアナが呆れたような感じで諫めてきた。
「普段はもう少し気をつけてるんだけど?それにこんなことするのはアナとかの限られた人だけだよ」
「まあ、そうだろうね。実際、こういう交渉の場でフレアが素の状態で話しているのがその証拠だろう?」
私はそれに無言で頷いた。私は普段から王族として立ち回るときとそれ以外のときで対応を使い分けている。正直王族としての立場で動くときはかなり気が滅入っちゃうんだよね。だから信頼できる人しかいない、かつ非公式の場なら例えそれが重要な内容だったとしても言葉を崩してしまう。
「ところでさ、少し話を変えてもいいかい?」
「ん?何?」
「師匠、ソラエル様からお聞きしたのだけれども、色々と大変だったそうだね」
「え?まあそうだね。エクスマキナ王国で色々とね」
「俺も事の経緯は知っているよ?だが実際に何があったのかを参考までに聞きたくてね」
「…アナの情報網なら大体知ってると思うんだけど?」
「バレたか」
そう言ってアナは少し舌を出してウインクをしてくる。悪戯に成功したと言わんばかりに。この幼馴染、外見はほんとにかっこいいんだけど、こういう感じで割と悪戯好きでお茶目なところがあって、扱いに困る。というか大体振り回される。
「とはいえ、聞きたいこともあるのは事実なんだ」
「あ、そうなんだ」
「ええとだな。フレアは先日の満月の夜、何か違和感を感じなかったかい?」
違和感?違和感ねえ。心当たりはないなあ。そのとき、ルナと戦ってたからわからなかっただけかもしれないけど。
「んー、ないなあ。ちなみにどんな違和感だったの?」
「なんていうのかな。何か波のようなものが俺を通り抜けていったような感じが一番近いと思うんだ。びっくりして紅茶の入ったカップを落としてしまったよ」
「んー、やっぱり心当たりないや」
「ちなみにフレアはそのときは何をしていたんだい?」
「…話さないとダメ?」
「何だ?何かやましいことでもあるのか?」
「わかった、話せばいいんでしょ?」
話すと根掘り葉掘り聞かれそうで若干面倒だったからボカしたんだけど仕方ない。
「なんというか、俺の想像以上に苦労してたんだな」
私が話し終えて、どこから話そうか考えた結果魔法をうまく使えなくなったところから話すことになったからかなり長くなってしまった、アナから返ってきたのはそんな言葉だった。
「ちなみにフレアはルナ様とどこで戦っていたんだい?」
「ええと、ヘカテリア王国とエクスマキナ王国の国境に近い砦の近くだから、こっから西の方かな?」
「今俺の中で違和感の原因はフレア、正確に言うとフレアとルナ様の戦いだっていう疑惑が浮かんできたよ」
「と言われましても…」
だって私自身はその自覚がないんだもん。そう思って不服そうにアナを見ると彼女はため息をついてしまった。なんで?
「前々から思っていたんだけれども、やっぱりフレアって無自覚で色々とやらかすね?」
「あれ?私が原因ってことで話進んでない?」
「確かにフレアが原因という仮定で話を進めてはいるな」
「で、何が言いたいわけ?」
「これは幼馴染からの忠告として聞いてほしいんだがな」
「何?」
「フレアはフレア自身の力を理解した方がいいと思うんだ。そして、その影響力もだ」
「そうかな?」
「今のフレアの評価を一回話した方がいいのかな?」
「え?」
「ドラゴンスレイヤー、魔女事変の英雄、フェンリルハンター、まあ主にこの三つがフレアの評価のときに出てくる言葉だ。フレアがフェンリルを狩ったことを知ったのは噂話を聞いて、その真偽を師匠に確認した時だからな。どれも共通しているのはフレアの正の実績を褒め称えるものってことなんだ。それによってもたらされたものに心当たりが無いわけではないだろう?」
「いや、確かにそうだけど、そこまで?」
「ああ、そこまでだ。具体的にはこれらの実績をもとに次期王はフレアに、という声が一部では上がるほどに」
「普通に嫌なんだけど?」
「ならしっかりその意志を否定しておくことだな。最悪の場合、フレアの知らないうちに担ぎ上げられてしまうぞ」
正直、兄上がそんなことを許すとは思えないのだけど。それに兄上も私と同レベルには魔法が使えるのは間違いないのだし。私と兄上で格が違う、なんてことはないと思うんだけど。
「一応継承権自体は兄上が上だし、それに私は王の器ではないよ」
「この国でそういうことは関係なく、最も強い魔法使いが王となる、という歴史があるんだけどな」
「怖いこと言わないでよ!」
アナが脅すようなことを言うもんだから机をバンと叩いてしまう。アナがビクッとしたのが視界に入る。
「す、済まない。からかいすぎたようだ」
「まあ、心配してくれたんでしょ?」
反射的にあんな行動をしてしまったけれど、アナが私にこういう忠告を言うときはいたって真面目なときだということはわかっている。実際、その忠告のおかげでやらかさずに済んだことも数少なくないからね。
「ああ、大切な幼馴染には嫌な思いはしてほしくないからね」
「うん、ありがと」
「ところで最近リネストスには会ったかい?」
「うん、今日会ってきたよ?」
「今度会ったときでいいから俺に会ってくれないか交渉してくれないか?」
「なんで?」
「リネストスの持っている魔道具関連の権利について少し話し合いがしたい」
「ああ」
「フレアと同じように手紙を出したはずなのだが。一向に返事も何もなくてな」
今日行ったリネリネの部屋の惨状と手紙の扱いを思い出して、アナの手紙がどうなっているか想像できてしまって思わず苦笑いしてしまう。
「うん、わかった。一応話してはおくよ」
「よかった。正直彼女が俺にめんどくさがって渡してくるあの権利、相当厄介なんだがわかってやっているのか?」
「うーん、信用しているからだと思うよ?」
「まあ、リネストスもフレアと同じように幼馴染だからな」
信用されているのならそれに答えないとな、とアナは続けた。さらに続けて、信用している相手にはやはり何か返事を返してくれないか?と小声で呟いたのも聞こえてしまって少し笑ってしまう。
「まあ、今日はこれくらいでいいだろう。本来の目的も果たしたしな」
「そうだね。だいぶ夜も更けちゃったし」
そうして私はアナのいる部屋を後にして自室へと戻った。そして、机の上に残されていた手紙という名の現実を視界に入れてしまって、乾いた笑いを浮かべてしまうのだった。
ちなみにアナは戦闘について、ソラエル様に弟子入りしていたりします。
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