第98話:魔女の決意
「ええと、フレア?そのですね、昨日の件については、その、感情が限界を超えてしまったためにやったことなんです。悪気があってやった訳じゃないので、その、機嫌を直してもらえませんか?こっちを見てくれませんか?」
互いに想いを伝え合った翌朝、私はものの見事にふてくされていた。理由は想いを伝えあった後にある。大まかにいうと私がルナに食べられた。手を出されたというわけではないけど、意識を失うまでキスされて、そのあともルナはなんと寝ずにずっとしていたらしい。ずっと上に乗られていた訳だから全身どこもかしこもしびれて動けなかったし、それ以前に力もうまく入れられなくて、そのままなされるがままになっていたんだけど。
「ルナ様、おはようございま…ふええええええええ!?」
ルナのメイドをしているクレアさんにその現場を目撃されてしまった。そのときの声で、寝起きでふにゃふにゃしてたのと、好きな人とキスをしているとのとでふわふわしていた脳が平静を取り戻した。取り戻しちゃった。結果、昨夜からしていたことがとんでもなく恥ずかしくなってしまって。しかもこの状況でもルナはやめようとしなかったしね!
だから、どうにか動かせる頭を使って頭突きをかましてルナを正気に戻してどいてもらった。ルナは物足りなさそうだったけど私がさすがに嫌だった。というか、ずっとしてたよね?まだ満足してなかったの?って感じだった。で、ルナはベッドに腰掛けてジッと私の顔を不満そうに見ているけれど私は目を合わせたくなかった。やりたい放題されたのがなんか癪だし、またされてしまいそうだったから。
で、私がしびれもなくなって、体にも力に入るようになったからルナに背を向けるようにベッドに腰掛けたところ、ルナがベッドから立ち上がって私の正面まで回り込んできた。目を合わせようとしてきたけど私はプイッと目を背ける。で、そのやり取りがずっと続いているというわけだ。
「あのお、いい加減朝食出来てるんでお二人とも来てくれませんか?」
ちなみに、そんなやり取りをしている間ずっとクレアさんは扉の隙間からこっちを見ていた。手で目を隠してはいたけど指の間から絶対に見えてるしそもそも扉から覗いてる時点でアウトじゃないかな?とはいえ、その声かけは私にとってありがたかった。
「あ、うん、わかったよ。ほら、ルナ、行くよ」
「えっ、あっ、っちょ」
私はパッと立ち上がってルナの手を掴んだ。そして、戸惑いの声を無視してルナを引っ張ってクレアさんについていった。
朝食後、私達はルナの父上、ジョイア国王陛下との面会に向かっていた。ジョイア陛下は昨日の昼間、ルナの部屋へとは来ていない。理由はシンプルで魔女事変の際に教会に拘束されていた影響でかなり衰弱していて、今では基本的には動けない状態になってしまっているからだ。一応まだ仕事などはできるけれど体力的には厳しいものがあるらしい。退位の理由に魔女事変の責任を取る、というのも理由の一つなのは間違いないだろうけれども、これもまた理由の一つなのだろう。
ちなみに私がなんでルナと一緒に向かっているのかというとルナにお願いされたからだ。というのも、食事中、
「ええと、お願いしたいことがあるんだけどいいですか?」
「…何?」
「今から私はお父様に会いに行くのですが一緒に来てくれませんか?」
「嫌」
「お願いです」
と、お願いされたからだ。最初言われたときはへそを曲げていたのもあって雑にあしらったんだけど、最後の方は断り切れなかった。いやだって、ルナ、涙目だったし。どれだけ私に雑に扱われるのが嫌だったのか。まあ、それで断り切れない私も私なんだけど。好きな人の涙ながらの訴えを断り切れるわけないじゃんか。惚れた女には勝てなかったよ、うん。
閑話休題
「ところでさ、ルナは私に何をしてほしいの?」
「今回は一緒にいてくれるだけでいいですよ」
目的地の扉の前でルナに念のため確認してみたけれど、私はいるだけでいいらしい。その時のルナの目からは私を信頼しているということが見て取れた。それと同時に隠し切れない親愛の念を感じた。まあ、多分私も同じようなものだろうから、文句は言えないんだけどね。
「お父様。ルナです。入ってもよろしいですか?」
「…ああ、ルナか。ああ、入ってもいいぞ」
ジョイア陛下からの返答には少し間があった。そして、その返答にはどこか切望していたというような雰囲気を感じた。ルナが扉の向こうへと入っていったので、それに私も続いた。部屋の中には、ベッドに横になっているジョイア陛下がいた。以前見たときよりも線が細くなっているように見えた。
「お父様」
「ルナ、戻ってきたのだな」
「はい」
「そうか、よかった、本当によかった」
ジョイア陛下のその声にはさっきと同じようなものと同時に安堵感も伝わってきた。きっと、ルナを実際に目で見て安心したのだと思う。そりゃそうだ、ルナは魔女事変のあとすぐに失踪してしまったんだ。国王として、何より父親としては心配でたまらなかったのだろう。
「お父様、ごめんなさい」
「ルナよ、謝らなくてもいいのだ。色々と苦労したのだろうからな。それに、気づけずに気遣うことのできなかった私にも非がある。すまなかったな」
「いいえ、違うのです。逃げた私が悪いのです。なので、お父様が謝る必要はないのです」
私は親子の語らいを最初は心配しながら見ていた。だって、ジョイア陛下が今の状態になっているのはルナに遠因があるともいえるから。だから、そのことでジョイア陛下が怒らないか、どうしても心配だった。結果としてはまあ見ての通りで互いに自分に責任があると言って譲らなくなってしまった。そして、そのやり取りはしばらく続いた。
「ええと、ジョイア陛下、それにルナ?ここは一回互いに謝るってことじゃダメですか?」
さすがに見てられなくなってしまってつい口を挟んでしまった。もともとはそんなつもりなかったんだけど、私が見ていて少し嫌だったから。自分に責任があるとどちらも思っているのは親子だからなんだろうね。私はこんなことで親子が仲違いしてほしくないし、話も進まなくなってしまう。
「…そうですね、一回これについては終わらせましょう。これ以上この話題について話しても平行線でしょうし。いいですか?お父様」
「ああ、そうしよう」
私の仲裁によって親子の謝り合戦は幕を閉じた。あとに送っただけな気もするけど、まあ大丈夫でしょ。大丈夫なはず、うん。
「ではルナよ。今日ここに来たのはまた別に理由なのであろう?」
「はい。私がここに来たのは今の私の現状と、これからについて、私が決めたことを直接伝えるためです」
「そうか。ルナよ、話してみよ」
ジョイア陛下の顔つきが変わった。父親としてのものから王としてのものに。その瞳は自らの娘へと向けられ、見極めようとしているかのようだった。
「お父様、私はお兄様が王位継承をした後、王位継承権を完全に放棄します。それに爵位も受け取る気はありません」
「何故だ?」
「私が魔女になったという話はもうすでにお聞きしましたか?」
ジョイア陛下は頷いて肯定の意を示した。
「私はこれから先、他の人よりも長く生きるでしょう。そうなると、一つ懸念があるのです。私がずっとここにいた場合、国が傾いてしまうんじゃないかって。何故、魔女になった人たちが隠れていたか、その答えの一つはこれだと思うんですよ。人よりも長く生きる人がいたとして、その人がどうなるか。一つは人ではないものとして迫害される、そしてもう一つは神格化される。前者のパターンがこの前の魔女事変であり、そちらは阻止されました。これから先、少なくとも私に対して同じ事が起こる可能性は限りなく低いでしょう。なら、どうなるか、答えは後者になるでしょう。もしそうなったときに、また別の対象に対して同じ事が繰り返されないかが心配でたまらないのです。そのため、遅くともお兄様がいなくなった後に私は旅に出ようと思っています。最後にこの国から出て行く予定な以上、下手に権威のあるものが邪魔なのです。それがこう考えた理由です」
ルナのその話を聞いて、ジョイア陛下は少しだけ黙り込んでしまった。少しの間目を閉じて、そして話し出した。
「そうか、ルナの考えはわかった。わかったが、今すぐにここで私だけの判断でそれについて決めることはできない。ただ、私としての、王としての判断を話そう。王位継承権の放棄に関してだが、そちらに関してはそもそもこの国では女性に対しての継承権は余り高いものではない。そのため、こちらに関しては私としても本人の希望なら、王位継承後であれば問題はないであろう。それに、反対意見も出ないであろう。しかし、爵位に関しては許されないであろうし、私も爵位を贈らないということはありえないと思っている」
「それは何故ですか?」
「それはだな、ルナ。ルナの持つ影響力があまりにも大きすぎるのだ」
「影響力ですか?」
「そうだ。ルナはこの国、いや、世界屈指の天才だ。正直、だ。ルナがこの国から出て行くなんてこと自体、王としては認めたくない。この国でその能力を振るわないどころか、他国でその能力を活かされるとなると国益に叶わないからな」
「そう、ですか」
ルナはどこか不満げな声を漏らした。ただその声の上には同時に納得はしたといったようなものも混ざっていた。
「だからだ、スペランテへの王位継承後、ルナには爵位を与えそれと同時にルナの王位継承権の放棄を宣言する、というのが私の考えだ。私達がいなくなってからのことは、恐らくは先送りにされるであろう」
「先送りにしていい問題ではない気がするんですけど…」
「せざるを得ないのだ。ルナの価値がどこまで上がるのか、それがわからぬ。それに、今のルナを引き留められる人物は恐らくこの国にはいないであろうしな」
「わかりました。では、そういうことでお願いします、お父様」
…ルナの考えを聞いて、ルナがこれからどう動こうとしているのかがわかった。わかってしまった。きっとルナはこの国の表舞台から姿を消そうとしている。魔女として生きる決心をしたんだ。
「あ、それとですね」
「えっ、っちょ、ルナ?」
私がどこか感慨深そうにルナを見つめていると、ルナが後ろにいた私を引っ張ってルナの横に並ばせてきた。そして、腕を思いっきり絡ませてくる。
「お父様、私この人をもらいますね」
「「・・・はい?」」
この人、実の父親の前でとんでもないこと言ったよ、言っちゃったよ。
「…いや、すまない。思わずとんでもない声が出てしまった。ええと、ルナよ、それは一体どういう意味なんだ?」
「そのまんまの意味ですよ?お父様?私はこの人、フレアニア・フィア・ヘカテリアをお嫁さんにします!」
さっきまでの深刻そうな声色とは違うどこか感情のあふれ出た声でルナはそう告げたのであった。いや、嬉しいんだけどさ。あの、こっちにもこっちの事情があるんだけど?
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