第97話:日は輝き、月は満ちる
夜になって私はルナの部屋の前に来ていた。昼間にルナに言われたことを確認するためだ。だけれど、私は何度も入ったことのある部屋の扉を開けられずにいた。いや、だってそうでしょ?あの言葉の意味が私の勘違いでしたー、とかだったらあまりにも恥ずかしい、それに怖い。
だけど、その真意を知りたい、とも思う。その気持ちは怖い、というものよりも上にある。だから、私は軽く深呼吸をして、意を決して扉を叩いた。
「ええと、ルナ?起きてる?」
「はい、まだ起きていますよ?何か用ですか?」
「ええと、入ってもいい?」
「いつも勝手に入って来ていたのになんで他人行儀なんですか?」
「いや、ええと、そのー」
私が二の句を悪くしたところで扉の方が勝手に開いた。開いた扉の先にはルナが立っていた。その目は私をどこか心配そうに見つめていた。
「何があったのかは知りませんけど、入っても大丈夫ですよ」
ルナは私の手を引っ張って部屋の中へと連れ込もうとしてきた。私は引っ張られるままに部屋の中へと入っていった。そして、ルナはそのままベッドの近くまで行って私の手を離すとベッドへと腰掛けた。ポンポンと隣を叩いているところを見ると、どうやら私に隣に座って欲しいらしい。私は誘われるままにルナの隣へと腰掛けた。二人並んで座ったところで私がルナに声をかけるよりも先にルナが口を開いた。
「ねえ、フレア。フレアは私のことをどう思いますか?」
「どう、ってそりゃあ、友達?」
唐突に聞かれた内容について困惑を隠し切れなくて反射的に関係性として代表的なものをパッとあげてしまった。すると、ルナが少し顔をしかめるのが見えたけど、それをすぐに隠した。さっきの返答に何か思うところでもあったのかな?
「フレア。少しだけ身の上話をしてもいいですか?その上で、もう一度さっきの問いに答えてください」
「…うん、わかった。聞くよ。どんな内容でも」
私の返答を聞いたルナは口を少し結ぶと意を決したかのように話し始めた。
「私は魔女です。今の私は人よりも長く生きるでしょう。伝承通りならきっと容姿も今のまま変わることはないでしょう」
そういうルナはどこか寂しげだった。本当に、本当に遠くにある何かを見ているかのように見えた。
「それに、私の使う閃光や金属製のものを操る力、そして、魔法を消してしまう力、それらはすべて私の魔素を操る力によるものです。閃光は魔素を圧縮して見えるようにしたもの。金属を操る力は私の制御下の魔素を金属へと浸透させることによるもの、そして、魔法を消してしまう力は操った魔素によって術式や魔法を維持する魔素がかき乱されてしまうことによるもの。どちらにしても私の力が魔法を否定するものであることは事実です」
それは懺悔のようにも聞こえた。自らの存在自体を悔いているように、許しを乞うように。あまりにも痛ましくてつい近づこうとしたけれど、ルナに手で制されてしまった。そのまま話を聞いていて欲しいらしい。
「これらは私が他人とは異なる存在であることの証明になってしまっています。本当に不本意ですが。ええ、本当に。私は、この世界で孤独になってしまうのでしょう。今は周りに人がいるからそうでもないかもしれませんが、将来的には。そして、主観的にはある意味今もですね」
少しだけルナはうつむいた。だから、口元はともかく目元を見ることは出来なかった。ただ、その見える口元だけでも固く結ばれているのが見える。話し始めるときよりもずっと。
「だから、怖かった!怖かったんです!恐れたんです!一人になることを!今隣にいる人たちにおいていかれて、最後一人取り残されるのが!だから、最初から、一人になってしまえば、別れなんてものが訪れないようにしてしまえば、そう思って、あの日、私は行く当てもなく、どこかへと行ってしまったんです」
それは激情だった。普段、話すときに感情をわかりやすく外に出すところを見たことのないルナが初めて見せたものだった。その頬を雫が伝うのが見えた。
「王族であって、責務も責任も、そしてその重みもすべて私情で投げ捨ててしまったんですよ。なんて無責任で愚かなんでしょうね、私は」
急に落ち着いたかと思うと今度はそんなことを言い出した。言い方がまるで自分自身のことを嘲笑しているようだった。
「ねえ、フレア、今の私をどう思いますか?」
そして、そのまま感情を抑えるような嗚咽混じりの声でそう問いかけてきた。
「自分自身が周りとは違うものになってしまって、それが怖くなって、自らが何者であるかも省みずに行方を眩ませた、それが私なんです。私なんですよ!」
ルナは私にバッと近づくと胸元を思いっきり掴んで来た。真正面にルナの顔が来る。その目は泣きはらして若干腫れていた。感情の発露がはっきりと目に取れてしまった。そんな初めて見るルナの表情にどうしても声を出すことができなかった。
「答えては、くれないのですか?」
ルナがそう問いかけてきた。その目には怒り、それと不安、戸惑いと色々と混ざったような色が見えた。…正直答えは最初から決まっている。だからそれを口に出すだけ。出すだけなのに、なんで、こんなにも難しいの。
「あのね、ルナ」
「なんですか?」
「ええとね、その、あのー」
「…答えられないのですか?」
「いや、そういう訳じゃなくてね。とりあえず一回離してくれるとありがたい、なんて」
私の意見を聞いてか、ルナは手を離してくれた。ルナは早く話してほしいとばかりの目で私を見つめてくる。私は意を決して一息を入れて口を開いた。ルナへの気持ちを伝えるために。
「あのね、私はルナが逃げてしまったのは仕方ないことだと思うよ?だってさ、それはルナが人であるってことでしょ?ルナは自分が人ではなくなったって言ってたけど私は違うと思う。私は人って感情を持つ生き物だと思うんだ。だから、恐怖とか寂しいとか、そんな感情を持つことの出来るルナは間違いなく人なんだと思うんだ」
「そうですか…」
「それにさ、私一つ気になっていたことがあるんだ」
「…なんですか?」
「あの戦いのとき、私を否定するようなことを言っていたよね?私の大切な魔法を否定するような言葉が一番わかりやすかった。それってさ、私を諦めさせたかったんでしょ?ルナを追うことを」
ルナは口を開かない。こちらを見ようともしない。ただ床を見つめている。私はそれを横目に話を進める。
「でも、私は絶対に嫌だからね、ルナを諦めるなんて。だから抗ったんだ。ルナは私にとって、初めて出会った明確に私に匹敵する人で、夢を共有できる人で、そして、奇麗な人なんだ」
手を天井にかざして上を見上げる。思い浮かべるのは初めて出会った日、そして、閃光とともに私を助けてくれた日。鮮烈にそれらは私の脳裏に焼き付いている。
「だからね、私はそんな、そんなルナのことがさ」
ー大好きなんだよー
ああ、言ってしまった。ついにはっきりと言ってしまった。
「それが答えでいいんですか?」
「うん、これが答えだよ。私はルナが好き、好きなんだよ」
「…フレアが大好き、と言ったのは二回目ですね」
「ふえ?」
ん?二回目?いつ言ったんだ?
「昨日の夜、最後にフレアが叫んでいたんですよ。大好きだ、って。そこで私気づいたんですよ。私はフレアに諦めて欲しかったんじゃなくて諦めさせて欲しかったんだって。心のどこかで、救いを求めていたんでしょうね、きっと。逃げておいて、です。けれど、貴方は私の手を取ってくれた。逃げた私を追いかけてくれた」
「そうなんだ。いややっぱり記憶にないんだけど?」
「無意識だったんですか?」
「多分?最後の方はがむしゃらだったからあんまし覚えてなくて」
「あのときのフレアは綺麗でしたよ?この世のものでないみたいで。まるで、そう、精霊のような」
「そうだったんだ」
「ねえ、フレア」
「何?ルナ?」
「そういえばここにフレアが来た理由、後回しにしてたから聞いてもいいですか?」
そういえばそうだったね。ルナが覚えていてくれてよかった。危なかった、私の気持ちを表に出すだけになるところだった。
「あ、ええとね、今日の昼間にルナが言っていた言葉の意味って、その、どういう意味?」
「…ああ、そういうことですか」
そういうと、ルナは少し腕を組んで考えるような動作をした後、私の方を見てきた。その視線に少し心臓がうるさくなるのを感じてしまった。
「まあ、フレアの気持ちを知れたことですし、答え合わせしましょうか」
なんか不穏な一言が耳に入ってすぐ、私の体はベッドに押し倒されていた。
「ルナ?」
そんな私を押し倒した犯人であるルナは私を見下ろしてくる。
「私も、同じなんですよ。それを認識したのはオストさんのところで貴方の言葉を聞いたときな気がしますが」
ちょっと待って、私とオストさんのやり取りを何で知っているの!?え?なんで?唐突に私にぶつけられた特大の疑問点に脳が支配されていると、ルナは私の顔に手を添えてきた。
「私にとってフレアはとても大切で、可愛い人なんですよ」
胸が跳ねた。顔に熱が上がってくる。わなわなしていると、トドメとばかりに、ルナは私の口をその唇でふさいでしまった。
反撃なんて一切許されない。そんなキスだった。ただ、いやではなくて、むしろその行為自体は望んでいたような。私の初めてのキスはルナが唇を離すまで続いた。息が少し絶え絶えになってしまっているけれど、その時間は長くも、短くも感じた。暖かく、やわらかい感触が離れて行くのを少し残念に思ってしまう私がいた。
「ごめんなさい。つい我慢できなくてしちゃいました」
「ルナ?これって、ええと、そういうことでいいの?」
「はい、そういうことでいいですよ。私もルナのことが」
ー大好きなんですからー
そっか、そうなんだ。届かないと思っていた。だけど、しっかりと届いていたんだ。
「えへへ。よかった、よかったよ」
そう言って私は笑いかける。ルナの瞳に映る私がそれを証明してくれている。ただ、互いに互いのことを想っていることが分かってしまうと、もう少しわがままを言いたくなってしまう。
「ねえ、ルナ。もっと」
「何をですか?」
「…さっきの」
「キス、してほしいんですね。…全く、そういうところが可愛いんですよ?」
そう言ったルナは再び、私の唇をふさいだ。さっきのよりもより、強く、長く。その感触が、あまりにも愛おしい。そして、また口が離れたとき、その間には銀の糸が見えた。ただ、少し気になることがある。なんかルナからとんでもない色気を感じる。それと同時に何故か危機感も。逃げないといけないような気がする。だけれど、ルナの目に見つめられてしまうと、どうしてもそんな気がそがれてしまう。
「…ごめんなさい、私、耐えられません」
「ルナ?」
「フレアを私にものにしたくてたまりません。我慢なんて無理です」
「…ん?へ?」
私がルナの言葉に困惑してしまっていると、ルナは私を押し倒すような体勢から、私を抱きしめるような状態へと変わった。足を絡ませてきて、腕も私を逃がさないとばかりに抱きしめてくる。ルナの体の柔らかさ、熱が伝わってきてしまって、ドキマギが止まらない。そして、またキスを交わす。今度は暴力的にも感じるようなものだった。そして、あまりにも長いものだった。あまりにも長いものだから苦しくなって足をバタバタさせようとしてもそれを許してくれない。それに、何故か体にどんどん力が入らなくなっている気がする。いや、気がするんじゃなくて、本当に体に力が入らない。抵抗できない。でも、このままでもいいか、と思う自分がいるのがなんとも言えない気持ちになってしまった。
…だけど、ルナがこうしていたいなら、こうさせておこうと若干遠くなりつつある意識の中そう思うのだった。だって、ルナは私にとって、かけがえのない、大切で、大好きな人なんだから。
なんか奇跡的に全体の100話目にこの話を持ってこれてしまった・・・
評価、ブクマ、感想などなどモチベになるのでぜひぜひお願いします!