第三話 入学式①
武蔵魔法学院 職員室
いつもより早い時間帯。
新一年生の担任達と学年主任、副担任などは既にこの職員室へと集結していた。
「えー。では新しいメンツでの職員会議を始めたいと思います。」
今日は入学式である。
それゆえにいつもよりも職員会議のメンツの纏う空気が違う。
しかし、学園長は違う意味で緊張していた。
というのも、ことの発端は昨日までさかのぼる…。
それは学園長が念のため神崎へ質問したことから始まった。
「そういえば神崎君って、噂によればノーラさんの家に働きもせずに居候していたって聞いたんだけど…。」
「ええ、事実ですね。とある病を抱えていて、その治療でノーラさんの家にいたんですよ。」
「なるほどね…ちなみに確認なのだけど、教員免許は持っているんだよね?ノーラさんの電話と、そのあとの面接で決めてしまった私も私なんだけれど。流石に持ってない人を採用していたらまずいじゃない?面接の際いろいろと重要なことは話したけれど、教員の資格の話はしていなかったからね。少し不安で。」
「ええ。大丈夫ですよ、心配いりません。持っています。」
「よかった。で、何の科目の免許持ってるの?」
学園長が安心してため息をつくのだが、その安心は神崎の次の一言で驚愕へとかわる。
「化学、歴史、そして魔法学ですね。」
「ふーん…。…って待って?今何科目言った?」
「え?三科目ですけど。」
魔法学は魔法が世の理となった際に世界的に発足された教科である。
しかしなぜ、学園長がこんなにも驚いているかといえば。この世界のこの時代では、一つ一つの科目の専門性が高くなりすぎてしまった結果一人一科目が当たり前になりつつあった為である。
プラスアルファ、魔法学の免許を取っていることも驚かせている要因の一つだ。
なぜなら、魔法学は魔法学区という政令指定の学園都市があるほどの奥深い分野であり、それを学ぶことは尚更のこと、教えるレベルまでそれを持っていくのは至難の業。
学園長は無論この魔法学校の学園長なので無論その資格を取ってはいるが…。
まあ、ゆえにその難しさは知っているわけだ。
よって
「神崎君…よく三科目も取る気になったね。」
「ええ。まあ。…ここだけの話ですが陛下から息子、娘の指導を頼むと言われたこともありまして。」
「…へ、へぇ。そうだったの。」
彼女は苦笑い気味である。
そりゃ国の象徴である方々に魔法等教えているなんて、それほど栄誉なことはない。
というかそれほどの人物ならば彼はどれほどの者なのだと内心思う学園長である。
まあ。それ以外にも神崎はいくつか資格を持っているのだが…今はそれには触れないでおこう。
そして。
……………
彼女が緊張していたのはこの後のことを考えたからであった。
居候ながら国の象徴のご子息に魔法を教えられるほどの力を持つ。
今の彼を見てもそんな強者と思える雰囲気はまったくない。
しかし…。
彼女は後のことを考えることをやめ、三人へと声をかける。
「君達新任教師陣には新一年生特別クラスの担任になってもらいたい。」
特別クラス。毎年数は違えど、通常よりも学力、魔法力ともに優れた生徒たちのためのクラスである。
そのうえ今年は例年よりも一クラス多い三クラス。
今年の新入生は実力が例年よりも飛び出ており、「次世代魔法牽引者」と呼ばれるほどの実力を兼ね備えている。
中でも1-Π. 1-Σ. 1-Δ.
この三クラスは秀でた才能を持っている者達のクラスである。
そして、神崎が配属されたのは。
「1-Δ、か。」
デルタ。その文字は数学で変数の前に置くことで「その変数のわずかな変化」を表す。
別に深い意味はないと思っていた神崎だったのだが。
それに不満を持つものが二人。
「「学園長。どうして彼のような無名の魔法師にΔを任せるの(ですか)!」」
「?」
そう。空弥微恵と千風彌菜野である。
Δ、Σ、Π。この三文字は別に深い意味は無い。無論、日本人が生活する上での話だ。
しかし、通常魔法学において極致ともいえる魔法陣において、この三文字は特別な意味を有する。
数学では「総和」を表すΣ。これは魔法陣に流し込む魔力量の総和を示す。
数学ではご存知「円周率」を表すΠ。これは魔法陣を描くときに一ミリの誤差も許されない魔力の筆跡を示す。
数学では先も述べたように変数の前に置くことで「その変数のわずかな変化」を示すΔ。これは魔法陣の放つ魔法の最終的な変数値を示す。
それぞれとても大切な記号なのである。
しかし、Δを持つことが何故そんなにも嫉妬の対象になるのか。
それは普通に「優秀な魔法師を示す指標」と言われているからである。
Δが指標となる所以。
それは、優秀な家系において、魔法陣におけるΣ、Πは基本事項と言ってもいいほどのものである。
つまりは育つ上で普通に覚えること。
けれど、Δ。それだけはその者の素質と考え方が物を言うようになる。
それは魔力を動かしてその魔法陣の効果を決めることや、魔力量の総和で余分な部分を切り飛ばす等、精密な作業が必要であるのだ。
そのため、魔法で優秀な家系のものでさえ、何年、又は何十年の月日を費やしてやっと制御できるようになるほどの難易度なのである。
素質や柔軟な考え方ができるのならば習得は難しく無いのだが、そんな天才が多く存在しているわけでは無い。
そのため、1-Δ、2-Δ、3-Δ。この三クラスの生徒たちは同学年の中で上位に君臨する者たちなのだ。
そういうわけで、二人は揃って直談判をすることに。
しかし。
「二人とも。貴女達が在学中にも言いませんでしたか?“人は見た目で判断してはならない”と。」
「うっ。」
「そっそれはそうですけど。」
彼女らも、やはり五大家系であるという優越感に浸っていたせいで、学園長の教えももはや意味をなさなくなっている。
ゆえに。
「じ、じゃあ先生。もし私が神崎さんに勝てば1-Δの担任にしてもらえますか?」
千風彌菜野はそう言う。
それはやはり彼女が魔の始祖の家系であるからなのだろう。
少し優越感に浸っているからこそ、そう言ってしまったに違いない。
流石に、学園長は体験した方が早いと思ったのだろう。
「…そこまで言うのならやってみなさい。実力は自分で測れると思っていたのだけど。…神崎君。頼める?」
先程の資格の話でおおよそ彼の実力は計れているつもりの学園長。だからこそ、まだ会って二日ほどなのに絶対的な信頼をおいている。
「…別に減るものではないのでいいですけど。入学式までまだ数時間ありますしね。」
入学式は朝10時から行われる。
生徒と担任の顔合わせは8時30分からであり、現在はまだ6時である。
学園長はどうやらこうなることを想定していたようだ。
「…ついでだから空弥。貴女も見て行きなさい。」
「私も、ですか?」
「…学園長の目が節穴だったと、証明して見せる。」
国立武蔵魔法学院。
別名『国立大和魔法・魔術大学付属第一学院』。
第一と付く通り、この学院は魔法魔術大学の付属高校においてのトップであると言える。
また、国立でもあるからこそ設備、施設は充実している。
その中に魔法・魔術演習場というものが合計20戸程存在する。
とは言っても普段は第一〜第十演習場しか使われない。
第十一〜第二十演習場は予備なのである。
予備とはいっても、震災などの避難場所、または物資の一時保管場所など、用途は様々である。
しかし。
今回彼らが使用するのは第二十演習場。その第三区画である。
第二十演習場。そこは余るスペースの全てを費やして作られた演習場。
しかしその広さは実に中学校の平均的な校庭の二倍ほどの面積を有する。
天井までの高さもビル5F相当はある。
そのためここだけ三つの区画に区切られているのだ。
第一区画は生徒、教師陣の新作魔法の試し撃ちの場として利用する部屋。
第二区画は非常時用の備品のための倉庫となっている。
しかしそれでもまだ広く、余った第三区画には観戦席なんてつけられているものだからたまったものではない。
「…学園長。私のこと馬鹿にしてる?」
「いや。千風のためを思ってここを使うことにしたのよ?」
彼女は既に準備万端。
腕輪型の魔法・魔術操作デバイス(Magic Device )をつけており、逆に闘志が見えるようである。
彼女のそれは世界シェアNo.1 を誇るBB(British Birds )製である。
British Birds。英国に存在する世界的に有名な企業であり、ハリウッド俳優からどこぞのCEOにまで使われるほど。
品質も優れており、修理に関しても素晴らしい手際らしく、普通二日から二週間かかる修理が一日もかからずに行われているという。
それほどのものであるゆえに、日本の名家達の多くが使っていると言われている。
デバイスの質で勝敗が決まるともいわれているからこそ、世界的シェアを誇るBB製にしているのかもしれないが。
このMD。正式名称Magic Device。これがなければ人は魔法、魔術を使用することができない。
そもそも魔式に新しい性質を付与した魔法・魔術という力は人間がその身体で使用することはほぼ、と言っていいほど不可能である。
超能力者や昔からいると言われる呪術師、陰陽師等が、元々その身体で魔法・魔術という力を使用できる例外である。
そもそも魔法・魔術という概念が生まれた際、その技術はとても不安定なものと知られていた。
いや、膨大すぎるゆえに扱いが難しいというべきか。
何故なら、当初発電所や工場で使用されるような技術だったのだ。
それほどに大きな機械でないと使用できなかった技術なのである。
が、軍事転用できるようになったのは、その力が人間にも備わっていることが発見されたから。
魔石の研究が進み、魔式という技術が出てきた辺りで、生まれた瞬間から魔力を持つ赤子が出始めたのである。
…しかし魔力は本来、人間は存在すら自覚できないものであった。
そうして、魔力を持つ赤子が成長しても、魔法を放てるようにはならなかったのである。
そこでMDが開発された。当初の型は、中に魔結晶が入っている。
今では新たな技術「電気式魔力抽出装置」のおかげでMDの中から魔結晶はいなくなった。
つまり、ある「抽出機材」の存在がないと彼らは魔法を使用できない、ということである。
その「魔結晶」は「電気式魔力抽出装置」の開発される以前「抽出装置」として使用されていた天然由来の自然物質である。魔石の結晶部分と思ってくれればいい。
20時頃に続きを出します