第一話 聖女と男と
日本のとある中世風のお屋敷。
そこにはその家主だと思われる女性と、ソファに寝転がっているアジア系の男が一人。
「…で。神崎さん。契約期間は今年の春までと言う話でしたが貴方はいつまでここにいる気ですか?」
男の名は神崎能景。どうやら日本人らしい。
「良いじゃないか。ノーラ・リサンツ。ここは心が落ち着くんだ。ちょっとばかり延長してくれてもいいじゃないか?」
ここはイギリスのリサンツ家の所有する屋敷である。
このノーラという人物はネオテクノロジーである魔法において膨大な努力のおかげで「聖女」とも呼ばれるほどに高レベルの回復魔法を使用することができる。
また、英露戦争においては「妖精の戦姫」とも評されるほど、逸脱した回復魔法と通常攻撃において攻撃魔法をうまく使用していた。
「別に貴方が私と一緒に本国の両親のもとへ挨拶に来てくれるのなら構わないのですけれど。」
どうやら彼女は屋敷には本命の男しか入れたくないらしい。
「ははは。」
気に留めていないような神崎であるが、この家で変な発言をすると大問題になる可能性があるためとぼけているに過ぎなかった。
それは彼女の実家が「彼女に何かあったらそれの原因になった奴を特定し何かをする」ためにおいた安全装置。盗聴器とカメラの機能が兼用となっている。
変にノーラの両親を刺激したくない彼からすれば何も言わないのは至極全うである。
だがスルーされたノーラからすれば、複雑である。故に
「貴方の両親もきっと同じように思うでしょうね。」
だがしかし、それはよくない発言だった。
「…お前に言わなかったか?両親は既に死んでいるよ。」
「…あっ。ご、ごめんなさい。」
「いや。俺がそれについて触れなかっただけだ。お前は悪くない。」
そう。神崎の親は既に他界している。
何が原因かは知らないが、事故で亡くなったそうだ。
しかし、そこを言われても別に気にしていないところがまた彼の美点なのだろう。
それより。
「けれど、まだ私の家にいたいのであれば条件があります。…職についてください。」
「え。前にも言ったけど一応収入とかはあるのに、か?」
「貴方がその歳で働かずに収入を得ているなんて毎回聞いても信じられないんです!」
どうやら神崎は職につかなければならないようだ。
というか。
「…まあ、そうだよな。ずっと治療のためにここに居候している身で我儘ばかり言ってられないよな。」
「えっ⁉キュ、急に素直にならないでください。調子が狂うじゃないですか。」
そう。今の彼は療養中で、ノーラなどの回復魔術師に治療してもらわないと生きていけないのだそうだ。
物理的な心ではなく、精神的なものだが。何が原因かはノーラも聞かされてはいない。
それより。
「職…。あ。ノーラの行っている学校の教師はどうだ?それなら俺も自殺に走らなくて済むし、例の件も済ませられる。」
「あ、いいですね。ちょうど新任教師を募集中と聞いているので学園長に言えばもしかしたら就職できるかもしれません。私も勤めているので、症状が仮に出たとしても私が治療できますし。ついでにあの件についても解決できますからね。」
教職員。ふつうは採用試験が一年前にあったり、10年教員を勤めることでやっと就職できるようなものだったりするのだが…。
今は三月の終わり。神崎がその学校に勤めるのはいつのことなのだろうか。
先程の会話から分かるように。
居候ということになってはいるが、実は能景は心のケアのためにこの屋敷にいたのである。
しかしながら。そもそも彼が感じた安心感はその回復魔法によるところが大きいのも事実。
そのあと学園長の電話番号を知っていたノーラは、正式な書類ではなく電話で彼の入職について話したのだが。
「ノーラさんの推薦⁉︎ええ。資格など色々な懸念事項はありますが、明日彼に学校のほうへ赴くよう伝えておいてください。」
と、ノーラの名だけで通る。
その学校の名は武蔵魔法学院。
日本の唯一の魔法科大学の付属校のうちの一つである。
ノーラはそこの回復魔術教員と英語教員を兼任している。
そしてその後日、神崎能景の入職が決まったのだ。