プロローグ 1-1
初投稿です。
温かい目で見ていただけたら幸いです。
「ポタッ………ポタッ………」
重装兵の足音に並行するように、微音が鳴り響く。
雨が降り頻るその戦場で、雨漏りのように響くその微音は途端に“ズザッ”という、硬いものが何かに擦れるような音にとともに途絶えた。
それ以来、流水以外の微音はない。
液体の流れる音しかしないその戦場で、唯一の生存者、と思われる男が声を出す。
「………………。……………………。」
片手には携帯電話と思しきものがあり、ここからでは何を話しているのかはわからない。
しかしスマートフォンという文明の利器は戦場という場にはあまりにも不釣り合いだった。
中世ヨーロッパ風の都市風景は、今や彼の寄り掛かっている場所を除いて灰燼に帰しており、戦の激しさを物語っていた。
元は礼拝堂であったと思われるその場には、石膏で作られた天使像が存在していた。
ところどころ破損が見られるが、この戦場で奇跡的に全身が残っている。
一筋の光が、まるでその天使像を照らすためと言わんばかりに雲の合間から差し込んでおり、その光は天使像の背後に設置されていた、今は欠けているステンドグラスを通して、彼の像を照らしている。
光の入り具合により、天使像の荘厳さは戦前よりももっと増していた。
雨の降るその場に照らされた一柱の天使像は、何かを彼へ訴えているのではないかとも思えるほど。
血を流したその青年は電話相手に何かを伝えたあと、暫くその像を見ていた。
その間も雨は降り続け、戦場に残った敵味方誰のものかさえ分からない血を洗い流していく。
フルフェイスマスクとも兜とも形容できる被り物。その下にある彼の目には、ただの虚構しか残っていなかった。
幾千、幾万の敵兵を殺したであろう人物とはとても見えなかった。
復讐でも、快楽のためでもなんでもない。
「ただ敵対してしまったから。」それだけの理由で殺した相手だ。
その上味方も彼以外に生きるものは誰一人いない。
…いや。漁夫の利を狙ったとある国の実験者が一人だけ、自軍を放棄して逃げた、か。
未だ10代から20代程度であろうその青年の目に見えた物は、その歳でたどり着いていい思考ではなく。
しかし戦場で一人だけの生存者という強者ならば…なるほど、たどり着いてしまうか、と頷けなくもない。
暫く時を置いた頃。
いつのまにかその人物は座り込んでいた場所から姿を消していた。
彼がいたところにはまるで影のような血がベッタリとついていた。