表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第十八話 コインの表裏 ~ジェラームの物語~
99/99

第十八話(07)


 * * *



 絵の具を取り返した後も、ジェラームは勝負を続けた。


 結果、一時はテーブルの上にあったもの全てがジェラームのものだったが、一時間も経たないうちに、あの絵の具以外は全て消えていった。

 ――二十一点を出し勝利した後、一回も勝てなかったのだ。


 それでよかった。取り返したいのは、この絵の具だけだったのだから。


「まぐれ……だったのかねぇ」


 テーブルのメンバーがそうぼやく。


「まるで嘘みたいな瞬間だった」


 あの勝利の瞬間こそ、酒場は騒然とした。次も勝つのではないかと視線がテーブルに釘付けになった。だがその後ジェラームに勝てる様子が見当たらず、そしてディマもいつも通り勝利していく様子から、皆、夢を見ていたのではないかと去っていった。


 夕方になり、ジェラームも酒場を出た。


「楽しかったよ、どうも」


 早ければ、明日にでもこの街を出るつもりだった。荷物をまとめなくてはいけない。

 懐かしい暗闇に帰るのだ。


 とはいえ、この街での絵をまだ完成させていない。今晩はそれらの絵を完成させる予定だった。


 だからその夜、宿屋で絵を描いていたのだが。


 ――何の前触れもなく、部屋のドアがノックされた。


「……鍵なら開いてるよ」


 ジェラームは壁際、床に座って絵を描いていた。周りに散らばるのは何本かの筆、いくつもの絵の具。星油ランタンもそこにあって、火は入れていた。

 いったい誰が来たのかと顔を上げると、部屋に入ってきていたのは。


「あれ、ディマじゃないか」


 間違いなく、ディマだった。ディマは物珍しそうに部屋の中を見回し、ジェラームの周りに散らばった仕事道具を見つめる。何も言わないものの、好奇心と不思議に満ちた目を輝かせていた。


「もしかして、また勝負しようって?」


 筆を置いて、ジェラームは手のひらを見せる。そういえば、同じよう男が部屋に来たから、賭け事をすることになったのだった。あの時は確か、ノックなしで現れたが。


「あー、違う違う。いや、急に来てごめんね。もしかすると、明日にでも街を出ちゃうのかなと思って」


 ディマは我に返ったかのように笑顔を浮かべる。


「聞きたいことが、あってさ」


 ところが、不意にその笑顔は消える。

 残ったのは、どこか寂しさを感じさせる表情だった。


「旅って……やっぱり、魅力的なものが多かったり……その反面、危険も多かったりする、よね?」

「……旅に出てみたいのかい?」

「だから、そういうわけじゃないんだけど……」


 ディマは勝手に椅子を手に取ると、座り込んでしまった。


「――ただ、旅に出た友達が、まだ帰ってきてない。それだけ」


 わずかに伏せられた瞳に滲んでいたのは、間違いなく、後悔だった。

 ジェラームは少しの時間、言葉を探し、それから再び筆を動かし始めた。


「心配なのか? そいつのこと」

「そりゃあ、もちろん!」

「帰って来るはずなのかい?」


 その質問に、ディマは答えてはくれなかった。代わりに唇を噛み、伏せていた瞳を今度は窓の外に向けた。

 窓の外。明るい街。その向こうに広がる闇。


「――賭けたんだ、『あんたはきっと帰ってこない、だって街の外には素敵なものがたくさんあるだろうから』って。癖、みたいなものだったの。だってあいつ……『絶対に戻って来る』っていうから……」


 声は徐々に小さくなる。


「ルールみたいなものだよ。私と、あいつの。どちらかが『こうだ』と言えば、もう一人は反対の方に賭ける……だから私は、そっちに賭けるしかなかった。帰ってこないって。その時あいつは……にこにこしてた。『この勝負はあたしの勝ちで間違いないな』って……」


 深く息を吸い、彼女は表情を歪める。暗闇から視線を戻すと、苦笑いをジェラームに向けた。


「もう昔の話……まだ、帰ってこない」


 以前、ディマは言っていた。

 いつも「負けたい」と思いながら勝負をしていると。


「でもさ、まだ勝負は続いてるの。だって、確証がないじゃない。あいつがどうなったか……わからないわけだし。もしかすると明日にでも、帰って来るかもしれないし」


 そして、首を傾げる。少しためらいがちに。


「……つまり、どう思うか聞きたいの。私の友達、どうなってると思う?」


 どうしているのか、ではなく、どうなっているのか。

 尋ねられているのは生死。帰ってこない理由。


 街の外で素晴らしいものに出会ったから帰ってこないのか。

 はたまた、光のない世界に捕らわれてしまったか。


 ――問いにジェラームは答えなかった。

 迷いもしなかった。立ち上がると、机の上に向かった。そこには、出来上がった絵がいくつか置いてある。そのうちの一つ、小さなものをディマに差し出した。


「それ、持っていきなよ」

「……なにこれ」


 黒色に塗りつぶされた絵。

 それがジェラームの答えだった。


 ディマは顔をしかめる。


「黒色で塗りつぶしただけの絵? そもそも絵って言えるの?」

「何が見える?」


 今度はジェラームが質問する。


「あんたには、何が見える?」


 淡々と。


「――何も見えない。何も」


 やがてディマは答えた。


「……でも、何かありそうな気がする」

「見たいものを見ればいいさ」


 ディマは絵を見つめたままだった。長いことそうしていた。何も言わずに、街の外の闇に似た黒色を見つめる。


 ディマが何を見ているのか、ジェラームは知らない。彼女が何を見たいのかも、知らない。

 それは自分に関係のないことだと、絵の続きにかかる。


「――ありがとう、大事にするよ」


 果てにディマは微笑んだ。


「変なこと聞いて悪かったね……でも、聞けて良かった」


 本当に嬉しそうに絵を抱いて。



 * * *



 その後、ディマの友人が街に戻ってきたのかは、知らない。

 翌日にジェラームは街を出てしまったから。

 その後も勝負に勝ち続けたのかも知らない。負けるようになったのかも知らない。



【第十八話 コインの表裏 終】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ