第十八話(03)
女は、正面の空いた席へと、ジェラームを促した。
「ささ。座って座って! ちょうど席が空いたんだ」
促されるまま、ジェラームは席に着く。大きめのテーブルだった。ジェラームを含めて、六人がそこにいた。
女はテーブルの上に散らばったトランプをまとめる。シャッフルしたのなら、隣の席の男に回す。
「いやあ、今日はたくさん遊びに来てくれる人がいて嬉しいよ! あなたも旅人さんでしょ?」
「ああ、昨日……面白い話を聞いてね」
シャッフルは皆で行うものらしかった。ある程度シャッフルすると、隣の者へ回す。皆、シャッフルのやり方は様々で、ジェラームも不慣れな手つきでシャッフルすると、隣の者に渡した。
「私の話でしょ? 勝負する相手がほしかったから、お願いしたんだ」
女はニコニコしながら、両手の人差し指で自らを指さす。
「ディマよ。よろしくね! 旅人さんは?」
「ジェラームだ」
そうこうしていると、最後の者のシャッフルが終わったようだった。彼は無言でカード数枚をそれぞれに配り始める。
テーブルの上にコインを置き、それからカードを確認した一人が言う。
「それじゃ、勝負の再開といこうか!」
だがジェラームはわずかに顔を歪めた。
「おいおい、ルールがわからないぜ? まだやるとも、言ってないし」
そう、まだ席に着いただけなのだ。だがテーブルのメンバーは構わず、コインや特産品らしきものをテーブルに置き、代わりに配られたカードを手にする。
ディマも、積んだコインをテーブルの中央に寄せ、カードを捲る。
「ルールは簡単。持ち点が『二十一点』の奴が一番。基本的にはそれだけよ」
「はあ」
ぱっと理解はできないものの、仕方がない。それに、実際やってみればわかるかもしれない。ジェラームは用意していたコインいくつかをテーブルの上に置いた。そして配られたカードを手に取る。
無表情の男が、自身のカードを眺めながら言う。
「ほかの街でもこういうゲームはあるらしいんだけどよ、ま、細かいルールはそれぞれ違ってるみたいで……詳しい話はやりながら教えてやるよ」
――ルールは難しくなかった。手持ちのカードの点数を比べるゲームだ。二十一点に足りないと思えば、追加でカードを引く……運と決心が鍵となる勝負だ。
最後に皆で、手札を見せ合う。顔が赤くなるまで飲んでいた男の笑い声が響く。
「ニ十点! 俺が一番だな」
「あら~私は十八」
ディマは苦笑いを浮かべている。他のメンバーは。
「俺は越えちまったよ……」
「全然足りないね」
ジェラームは自身の札を見下ろしていた。
「俺は……十七」
追加でカードを引くべきか、やめておくべきか……悩んだ末に怯えて引かなかった結果だ。
二十一点には遠いが、隣に座る若い男に肩を叩かれた。
「てことは、旅人さんは三位だ、『勝ち組』だよ」
メンバーにより、テーブルの上にあったコインや賭けたものが分配される。ニ十点だった男に半分以上、続いて残りの大半をディマに。最後に残った分がジェラームに渡される。
「なるほどね、上位三位までに入ればいいのか」
「この大人数の場合だけどな。人数によって『勝ち組』は変わるぜ、ほどほどに遊べるように、この街でのルールさ」
勝者を増やすことにより、富の分配先を増やし、そうして得た富でまたゲームをできるようにする……賭け事というと、ジェラームにとっては一発逆転ができる、時に盛大で悲惨な勝負をイメージしていたが、ここの賭け事はどうやら違うらしい。多少のリスクをスパイスに楽しみつつ、遊ぶもののようだ。
「……」
何度か遊んでみて、最初の内こそジェラームは『勝ち組』だった。ところが、追加でカードを引いて、ぴたりと動きを止めた。
四、十、九。合計二十三点。
思わず目を細める。
「二十一点を越えたら……もう負けで決定?」
「その通り!」
その勝負では、ジェラームは負けてしまった。賭けたコインはディマに回収されてしまった。
とはいえ、負けても遊びやすいゲームだ。賭けているのは少額であるし、たとえ取られすぎたとしても、勝機はあるから、勝って取り返せばいい……。
そう思ったのだが。
「――いやぁ、思ったよりも……勝てないな?」
ゲームの内容は簡単。
一回の勝負に賭けているコインも少量。
負けても勝って取り返せば、元通り。
……だから勝つまでやればいいと考えて。
……勝てずに何回負けたことやら。
「――それなりに勝てるゲームだとは思ったけど」
ちらりと、ジェラームはコインを入れていた巾着の中身を確認する。
コインを使って勝負に挑めるのは、あと一回。
これに賭けるしかない。
「ツイてる、ニ十点だ」
運が戻ってきた。ジェラームの手の内にあったのは、十のカード二枚。誰よりも二十一点に近いはずの点数。
勝ちで間違いない、とジェラームはにやりと笑う。
ところが、不意にずい、とディマが顔を寄せてきた。ディマは驚いたような顔をして、しかし意地悪そうに笑った。
そしてジェラームがテーブルの上に広げた手札に、自らの手札を叩きつけた。
「――残念! 私の方がツイてる!」
現れたのは、十一、一、九。
「二十一点! 私の一人勝ち!」
ディマの嬉しそうな声が響き、周りのギャンブラー達は笑ったり、呆れの溜息を吐いたりした。ディマは賭けられていたコイン全てを持っていく。
「……なるほどね」
二十一点の者がいれば、その者だけが勝者になるらしい。
――賭けるものがなくなってしまったジェラームは、その後、観客となってテーブルを見ていた。
わかりやすいルールで、はまりやすいゲームである。見ているだけでも、おもしろい。
その中でジェラームは気付く。
「……あんた、本当に負けないな?」
ディマが常に『勝ち組』にいることに。それだけではない、二十一点も複数回叩き出した。
イカサマしている様子は一切なかった。
「私に勝てる人、連れて来てよ!」
ディマは振り返りながら笑っていた。




