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星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第十八話 コインの表裏 ~ジェラームの物語~
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第十八話(01)

 思えば、旅と賭け事は似ているのかもしれない。


 地図こそあって、そこに街が記されている。けれど、実際街にたどり着くまで、果たしてその街が実在しているかどうかなんてわからない。


 それでも、歩いて行かなくてはいけない。


 この時の感覚は、地図を信じるというよりも、自分を信じている感覚に近いかもしれない。

 地図が正しかったとしても、自分の進む先が正しい方角だと、自分自身を信じて歩かなくてはいけないから。


 命がけの賭けだ。

 そして私は、いま、その賭けに負けた。ここにある予定のはずだった街は、どこにあるのだろうか。


 私は、新たな賭けに出なくてはいけない。正真正銘、命をかけた賭けだ。

 私が旅の道を間違えたのはおそらく三日前。そこで、北にずれてしまった……そう考える。

 そこから逆算して、今現在の自分の位置と街の位置を出し、新たな旅路を考える。


 水と食料はまだあるが、ここで街を見つけられなかった場合、もう何を根拠にこの暗闇を歩いたらいいのかわからなくなってしまう。


 ここで負けたら終わり。

 自分を信じるしかない。


【ある旅人の手記より】



 * * *



 到着した街は、比較的大きな街だった。

 話によると、この街から複数の街に行けるのだという。そのため旅人はもちろん、商人も多く立ち寄る街なのだという。だから物資や文化のやり取りが盛んで、街が栄える。


「市場が多いな……いろいろ描くものが多そうでいいね」


 宿屋で一息つくジェラームは、地図を広げながら言葉を漏らす。気になる地域に、丸を付けていく。


「いい絵の具もあるといいが……こういう街だと高いんだよな」


 しかし自分の絵もここでならそれなりに売れるか、と考える。こういった街では、あらゆるものに高い価値がつくはずだ。


 自分の絵も、交換屋や商人がそれなりの価値をつけてくれるだろう……安い価値をつける者から、高い価値をつける者までいるだろうから「当たり」を見つけなくてはいけないが。


 明日は、絵を描く時間だけではなく、絵を売る時間も考えて行動しないと。そうジェラームが、すでに黄色くなった星油ランタンを見つめた時だった。


 宿屋の廊下から、誰かの足音が聞こえる。その足音が、自分の部屋の前で止まった。

 そして不意に扉が開いた。


 部屋の鍵は宿屋の主から渡されていた。けれどもジェラームは、鍵をかけていなかった。


 ノックもなしに扉を開けられ、顔をしかめながらジェラームは扉へ視線を移す。見知らぬ男一人が立っていた。


「……部屋、間違えてんじゃない?」


 可能性を考えて、ジェラームは彼に声をかける。この宿屋は部屋の数が多かった上に、泊まっている旅人や商人も多い。部屋を間違えても不思議ではないし、


「あんた、顔はそんなに赤くないけど、酒飲んでるな?」


 突然現れた男からは、わずかに酒の匂いがした。


「うん、そう。飲んでるよ、いやあ、結構飲まされたんだ。それで勝負に負けてねぇ」


 呂律はしっかりしているものの、男の言葉は妙だった。間違いなく酔っているらしく、ジェラームは溜息を吐きながら彼の前に立つ。


「世話が焼けるねぇ、あんた、正しい部屋はどこだよ……」


 場合によっては宿屋の主に聞くしかないか? そう考えたものの、


「いや、この部屋であってる、この宿屋で、今日街に来た旅人が泊ってる部屋って、ここだろ?」


 よく見ると、男は旅人や商人のようには見えなかった。服装からして、この街の住人のように思えた。

 そしていまの彼の言葉。


「なんだ、俺に用があるのか?」


 ジェラームは首を傾げる。男はうんうんと頷き、


「そうそう、今日この街に来た旅人全員に、用があるんだ……勝負に負けたからね」


 男はジェラームが片手に持ったままだった地図に気付くと、それをやんわりと奪い取った。頼りない手つきで、街の一角を指さす。


「ここ、ここに遊びに来てよ」

「……何があるんだ?」

「ああ違った、ええと……ここ……あれ? ここ……」


 この男、大丈夫だろうか。先程とは違う場所を指さしている。思ったよりもずっと酔っているのかもしれない。


「ええと、とにかく……酒場に来てほしいんだ、みんな待ってるから」


 果てに男は地図を畳んでしまった。


「勝負する相手を待ってるんだ」

「何の?」


 男の様子は心配だが、何か珍しいものがあるならば、気にはなる。ジェラームはまだ男を追い払わなかった。

 男は機嫌よさそうに笑う。


「賭けをする相手を! 強運の持ち主がいてね、そいつが、勝負する相手を探してるのさ……で、俺は負けて、いま街中を走り回ってるの」


 そこまで言って、男は廊下を歩き出した。問題なさそうに歩いているものの、時折ふらついている。


「それじゃあ、よかったら来てくれよ。ちゃんと賭けるものを持って!」


 そのまま彼は去って行ってしまった。


「……何だったんだ、あいつ?」


 結局、店の場所はわからなかった。ジェラームはまた首を傾げる。強運を持つ者がいるという話だが、詳しいこともわからない。


「酔っ払いの狂言……てこともあり得るか」


 だが、もしも本当だったとして、そうまでして相手を探しているのは気になる。


 明日宿屋の主に聞いてみるか、と、ジェラームは部屋に戻っていった。

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