表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第十七話 世界のかたち ~カラスの物語~
87/98

第十七話(04)


 * * *



 ディアナと医者を宿屋に残し、カラスが向かったのは『地下水路管理部本部』だった。地図を頼りに大通りに出れば、あとは簡単だった。『地下水路管理部本部』は『星油の泉』のすぐ横にあると、医者から教えてもらっていたのだ。


「すみません、ちょっと」


 カラスがノックしてから扉を開ければ、ちりんとドアベルが鳴った。中は書斎と倉庫を合わせたような部屋になっていた。本がぎっしりと並んだ棚に、壁に張られた地図やスケッチ資料のようなもの。本が並んでいない棚には、見たことのない道具がいくつも並んでいる。


「やあ、水路に何か落とした……あれ、見かけない顔だな?」


 何人かがそこにいて、一人の男がカラスに声をかける。


「これを」


 カラスは書類を彼に手渡した――宿屋を出る前に医者から預かった手紙だった。ディアナに何が起きているのかも書いている。


 男は内容を確認したのなら、すぐに建物の奥へと向かっていった。しばらくして、別の男が奥から現れる。彼は手を叩くと。


「お前達、地下水路に行く準備をしてくれ! いよいよ万能薬の薬草を採りに行くぞ」


 ――一気に建物内がざわめき始める。しかしそれは、やる気に満ちたものではなかった。戸惑い、嫌悪、恐怖、そんな表情を、カラスは確かに見た。


「初めまして、シバロニだ。ここのリーダーをやってる」


 皆に指示を出した男は、カラスの前に来れば挨拶をしてきた。カラスも簡単に挨拶をし、名乗る……その最中、無意識にだろう、シバロニがフードの下を気にしたようだったので、少しだけ身を引いた。と、


「リーダー、本当に行くんですか?」


 若い班員だった。カラスと同じ年ぐらいか、もしかするとそれよりも若い少女だった。不安そうに眉を寄せている。

 他の班員も不安そうな瞳をシバロニに向ける。だがシバロニは、


「お前達がびびって行けないでいるから、いま病人が苦しんでいるんだ」


 そして改めてカラスに向き合えば、


「手紙には、君も連れて行ってほしいと書いてあった……ぜひついてきて欲しいんだが、どうだろう」


 ちらりと、背後の班員達に彼は瞳を動かす。小声で。


「……ここ最近入って来た班員達が臆病すぎて仕事になってないんだ。だから、手本というか、勇気があれば誰にでもできるというか……そんなところを見せてほしいんだ。旅人なら、暗いところは問題ないと思う」

「構わないけど。薬草についても知りたいし」

「よし――彼女も一緒に行くそうだ! 彼女の分の道具も用意してくれ!」


 室内が更にざわついた。そんな中でも、シバロニは一人を捕まえれば指示を出す。


「お前は町長のもとに行け。薬草採取には許可が必要だからね……報告するんだ」


 すぐにその一人は外へ出ていった。残された者達は、気乗りしない様子で準備をしているが、見た目からして熟練者であろう者が声を上げる。


「早く準備を済ませること! シバロニ、もう町長の返事も待たずに行くつもりだろう?」

「うん。どうしても必要なものだし、町長も理解してくれるさ」


 班員達が準備する様子を、カラスは眺めていた。大きな槍のようなものを持つ者もいれば、身軽な者の姿もある。それぞれ役割が決まっているのだろう。


「万能薬の薬草を採りに行くなんて……あれ、一番奥にあるんでしょ?」


 会話が聞こえる。


「無事に戻って来られるのかな……以前、大怪我した人もいるって聞いたよ」


 そんな話が聞こえてしまったものだから、カラスはシバロニに尋ねる。


「地下水路って、そんなに危険なの?」


 昨日、子供でも道を知っていたのだ。確かに暗く思えたものの、そんなに危険には見えなかった。


「パニックを起こせば」


 シバロニは短く答える。


「水路に落ちる者もいる。幻覚を見る者もいる。梯子から落ちる者も」

「……先に言っておくけど、私、泳げないわよ」


 街によっては、川や泉がある。そこで生まれた者ならば、水泳ができる者も少なくなかった。泳ぐ場所があるからだ。ところが、そういった街の方が珍しく、人間というのは泳げないのが当たり前だった。

 街の様子から、きっとここの住人は泳ぐことができるのだろうが、カラスは違った。


「落ちなければ大丈夫。落ちたのなら、泳げる者が助けにいく」


 と、シバロニのもとに、荷物をいくらか抱えた班員がやって来た。確認すると、彼はそのまま、荷物をカラスへ渡した。


 これが地下水路へ行くための道具なのだと、カラスは察する。ゴム製の靴に、厚手の外套、地図に携帯食料、そして星油ランタン――。


 そのランタンを見て、カラスは目を疑ってしまった。非常に小さいランタンだったのだ。

 街の外に行くわけではないものの、少し不安を覚えてしまった。果たしてこの大きさで、あの水路の暗闇を十分に照らすことができるのだろうか。


 きっと、ぎりぎり足元が見えるか見えないか。予想通りであるのなら、班員達が危険視するのにも納得がいく。

 加えて彼らはおそらく、街の外に出たことがない者ばかりだろう。

 暗い顔をして準備をしているのは、いままで行かなくてはいけないものの行けなかったのは、当たり前なのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ