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星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第十七話 世界のかたち ~カラスの物語~
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第十七話(03)


 * * *



 ディアナは、どうやら高熱を出したようだった。カラスが呼び掛けても返事はなく、意識が朦朧としているらしい。


 幸い、ディアナの部屋は食堂のすぐ近くにあった。一人でもカラスはなんとか病人を運び、ベッドに横たわらせる。そして簡単に処置した後で、宿屋を飛び出した――どこに薬があるのかわからないし、ただの熱風邪とは限らない。自分にわかること、できる範囲はここまでだ。昨日もらった地図を頼りに、この街の病院を目指す。


 朝早くから駆け込んできた見知らぬ人間に、医者は驚いていたが、話を聞いてすぐに宿屋に来てくれた。


「――大丈夫、ただ熱を出しただけさ」


 診てくれた医者の男の言葉に、カラスは安堵した――本当に、驚いてしまったのだ。厨房で宿屋の主が倒れているのを発見した時は。

 医者は言う。


「もともとディアナは、身体が丈夫ではなくてね。だから宿屋をやるのも、もうやめにした方がいいんじゃないかって、話が出ていてね……」

「……そうだったんですね」


 宿屋の仕事が、楽な仕事ではなさそうなことは、薄々カラスも感じていた。

 なんといっても、人の面倒を見る仕事なのだ。


「……この街に旅人が来るのは、多いんですか?」

「少なくはないけどね。大半が大きな馬車や荷車を持った行商人さ。しかも複数人で旅しているタイプの……だから、宿屋に泊る人自体は、そんなにいない」


 ふと浮かんだカラスの疑問に、医者は答えてくれた。


「もしかするとディアナは、これが最後の仕事になるかもと、頑張りすぎてしまったのかもしれない」


 昨晩、楽しそうに食事をしていた彼女の姿を、カラスは思い出した。と、


「――ごめんなさいね」


 弱々しい声に、はっとする。ディアナが目を覚ましたらしい。うっすらと目を開けた彼女は、カラスを見据えていた。


「せっかく来てくれたのに……」

「身体を無理に起こそうとしないで。水、飲めますか」


 すかさずカラスは制し、水差しからコップに水を注ぐ。手伝いながらもディアナに水を飲ませれば、彼女はそのまま、また眠ってしまった。


「……慣れているな」


 その様子に、医者が言葉を零す。カラスは、


「熱さましの薬や、ほかに効きそうな薬は、ないんですか?」

「それが……どれもないんだ。切らしている。というか、そもそもこういった症状に対して、この街では一種類の薬しか使ってなくてね」

「――一種類だけ?」


 熱さましと言っても、色々種類があるはずだった。原因や病気に種類があるように。


「……この街には万能薬と呼ばれる薬がある。それがあれば、熱でも咳でも頭痛でも、腹痛や吐き気まで、この程度の病は全部治る薬があるんだ」


 あまり信じられない話だった。カラスの持ち得る知識の中では、確かに、複数の症状に効く薬は存在している。だが医者本人が『全て治る薬』というなんて、妙な話だった。


「そんな薬、本当に存在しているとしても、ないんでしょ?」


 医者はいま、切らしている、といったではないか。


「ああ、材料となる薬草を切らしている。そろそろ採りに行かなくてはいけない時期だった」

「どこに?」

「――地下水道の、奥の奥に」


 思わずカラスは眉をひそめた――そもそも、そんな万能薬があるという話から、地下水道の奥に薬草があるという話。どれも不思議な話だった。


「地下水道の奥に、薬草が生えてるの?」


 水辺に生える薬草があることは、もちろん知っている。だが万能薬となる薬草の存在自体は、知らない。そんなものは、過去本で学んだことも、実際に目にしたこともない。


 しかし本当にあるのなら――それは興味深い。


 わかっている。自分が学んだこと、見てきたことが、世界の全てではないのだと。


「採取班を手配しないと。なにせ、地下水道は危ない道も多いし迷いやすい。慣れた人間に向かわせる必要がある。街のお偉方にも許可を取らないと……貴重な薬草だからね」


 医者はカバンから書類を取り出せば、すらすらとペンを滑らせ始めた。と、


「――よかったら君も行くか?」

「えっ?」


 何故そう言われるのか、カラスにはわからなかった。今しがた『お偉方にも許可を取らないと』といったほどのものであるのに、何故旅人である自分に声がかけられるのか。


「興味は、あるけど」


 なにせ、そんな薬草の話は聞いたことがないからだ。


「それじゃあ、ぜひ採取班と一緒に行ってほしい」

「……貴重な薬草を採りに?」

「採取班は地下水道を歩くのに慣れてはいるが……旅人より、勇気を持ってはいない。たまに怯えて諦めてしまう若い班員もいるんだ」


 それに、と医者は続けた。


「街の一住人の危機を知らせてくれたお礼さ。この街の秘密の一つ、知ってもいいだろう」

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