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星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第十六話 幕が下りた世界で ~デューゴとエピの物語~
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第十六話(07)


 * * *



 消えかけた果樹園の中、それでも花を探した。星油ランタンを掲げ、残されたものを照らす。枯れた木や石ころの影が、ゆらゆらと伸びる。その中に、花の影はない。


 地図上では果樹園の敷地は広かったものの、もはや「果樹園」の部分と「無」の部分に分かれてしまっていた。希望をなくさず、花を探す。指定はされていないのだから、どんな花でもよかった。地面に咲く花でもいい。樹に咲いている花でもいい。残されたもの一つ一つに、点呼をとるように光を照らす。


 結局のところ、花は見つからなかった。


 探索中に『暗闇』に襲われることはなかった。二人はただ星油を消費しただけで、老人の家に帰った。

 また老人に文句を言われるのか、とデューゴは溜息を吐きながら家の中に入ったが、老人の姿はなかった。代わりに、物資だけが置かれていた――どうやら老人は、先に物資を置いてまた姿を消したらしい。


「ここまで戻ってくるときに、他の光は見えなかったけどね」


 エピが首を傾げる。その通り、道中どこにも光は見えなかった。老人は自分達に見えない場所にいるのか。それとも、光を持たずに外に出ていた様子から、そもそも光を持っていないのか……。


 そうして花探し二日目が終わりを迎える。


「――あんな風に消えていくなんて、思ってなかった」


 寝る前に、デューゴは口にする。

 自分が知っている『暗闇』の襲撃というのは――思い出したくないことではあるのだが――一瞬で人を消してしまうものだった。だから、街も『暗闇』に呑まれたのなら、一瞬で消えてしまうものだと思っていた。ところが違うらしい。


「じわじわ消えていくもんなんだな……」


 まるで。

 まるで、記憶みたいだと、ふと思ってしまう。


 いつの間にか消えてしまうのだ。そして場合によっては、消えたことそのものもわからない。

 完全な消失。あったことすらも消える。全てから消える。


 エピは何も言わずに手記を書き続けていた。だからデューゴは眠ることにした。


 明日は公園に向かう予定になっている。



 * * *



 ――かつ、かつ、と音がする。


「……」


 ふとデューゴが目を開けると、星油ランタンの光が目に入る。寝ている間も、念のため勢いを弱めず火を灯しているランタン。その色は黄色で、まだ夜中なのだと気付かされる。


 一度上半身を起こして、隣のベッドでエピが静かに寝息を立てているのを見下ろす。

 さっき聞こえた物音は気のせいだろうか。そう考えてデューゴはゆっくりとベッドに横たわる。こんな街なのだ、やはり落ち着かなくて当然で、いつも通り眠れないのも仕方がない――。


 ……かつ、かつ、と音が聞こえた。


 もう一度、デューゴは起き上がる。気のせいではない。かすかだが、外から聞こえた。

 そっとベッドから降り、カーテンをめくって窓の外を見る。だが忘れていた。ここは星油が枯れて死んだ街。外に光は一つもなく、何も見えない。


 しかし物音は確かに聞こえたのだ。

 『暗闇』だろうか。いや、どこかで聞いたことがある音だった。


 ――杖。


 思い出して、自然とデューゴは一階へ向かう。玄関の前まで来て、足を止める。


 あれは、杖をつく音だ。あの老人が杖をつく音。

 あの謎の老人は外にいるのだ。


 だからとっさに外に出てみようと思ったが、先程窓の外に光は一つも見えなかったことを思い出す。


 あの老人、やはり灯りの一つも持っていないのではないだろうか。もちろん、窓から光が見えない場所にいたかもしれないが。

 そもそもこんな夜中に何をやっているのか。


 そう考えてしまったのなら、外に出るのが怖くなってしまったのだ。

 他人は自分ではない。自分に理解できないものがあるのは当たり前だ。それはわかっているが、あの老人はあまりにも謎が多すぎる――。


 ……二階に戻る。ベッドに横になる。目を瞑る。もう一度眠って、いまのことを夢にしてしまいたかった。


 ところが、うまく寝付けず、自分でも眠っているのか眠れていないのかわからないまま時間が過ぎて、目を開けたのなら、星油ランタンの色が白く染まり始める。


 やがてエピがもぞもぞと動き始めたかと思うと、寝返りを打って、薄く目を開けこちらを見る。


「……あれ、デューゴくんおはよう……なんか顔色悪いね……」


 まともに寝られず、朝になってしまった。花探し三日目。最終日。

 眠れなかったからと言って、ここで待機しているわけにはいかず、デューゴは探索の準備をする。正直、やはりあの老人のために花探しをするなんて、しているふりだけでいいのではないかと思うものの、エピは違うらしい。それなら、彼に付き合うしかない。


「公園、あるといいね」


 家を出る前、エピは帽子を被り直す。


「今日が最後だから、花もあればいいんだけど……」


 幸い、公園はあった。街を歩いて目的地に着くと、枯れた樹が何本も立っている場所が見つかった。

 星油ランタンの光が、ぼんやりと開けた場所を照らし出す。水が止まってしまった噴水に、通常の街灯とは違って凝ったデザインの街灯。その下にはベンチ。かつては憩いの場だったとわかるそこ。


 花壇も見える。いまは何もない、土の上。果たして生き残っている花はあるのだろうか。

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