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星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第十六話 幕が下りた世界で ~デューゴとエピの物語~
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第十六話(03)


 * * *



 先に行ってしまった老人に追いつくのは、難しくなかった。杖をついて歩いている彼は、どうやら足を悪くしているらしく、歩く速度は遅い上に動きはぎこちなかった。

 その後ろを、エピがついていく。そのエピの後に、デューゴは続く。


 違和感を覚えて、デューゴは老人の背を見つめる。何かがおかしい――そうだ、この老人は星油ランタンを持っていないではないか。いま自分とエピがランタンを持っているからいいものの、この老人一人だったら全てが暗闇になってしまっているはずだ。


 先程『星油の泉』に潜んでいた時といい、どうも気味の悪い老人だ。「私の言うことを聞いてくれたのなら」と言っていたが、信じていいのかどうか。

 しかしエピが黙って老人の後に続くものだから、デューゴもそれにならうしかなかった。


 歩みが遅いために到着には時間がかかったが、老人は『星油の泉』から少し離れた場所にある家に入っていった。ドアを開けたのなら暗い廊下の先に、本当に小さな光が見えた。老人に続いて進んでいくと、そこは談話室だった。テーブルの上にたった一つ、星油ランタンが光を放って待っていた。


 老人はまるで長い散歩からようやく帰って来たかのようにソファーに座り込んだ。


「……それで、僕達は何をしたらいいんですか?」


 身を沈めるように座り込んだ老人は、そのまま目を瞑って開けることはなかった。何か言葉を発することもない。そんな老人に、立ったままのエピはようやく問いかける。

 老人は目を瞑ったまま顔を歪めた。


「私の言うことを聞けと言っている」


 そして深く溜息を吐いたのなら、


「――花を探してこい、花だ」


 ――不可解のあまり、デューゴは眉をひそめてしまった。

 この妙な老人と花。まずその組み合わせがよくわからない。

 そして花を探してこいなんて――。


「この街で、ですが?」


 デューゴの代わりに、エピが尋ねる。


「……ごめんなさい、それは無理だと思います。だってこの街は」


 大通りにあった木々は、すっかり枯れてしまっていた。まるで冷たい石造りの彫刻のようだった。


 ――星油がある場所に、命が、文明が、世界ができると、いつかの書物で見たのをデューゴは思い出す。


 星油があるから、そこにものが存在し、生き物が生きていけるのだ。

 具体的に言うと、星油の近くでは水が湧く。暗闇の中では一切湧かないと言われる水が。


 そして星油の光や燃焼させた明かりによって、植物は育つ。本来植物とは、かつて空にあった「太陽」を必要としているらしいのだが、星油の光でも植物は育つ――星油は、星と月と太陽が溶けたものと言われているから。


 通常の街であれば、植物は育つ。街では人々が星油の灯りで生活をする。家の外でも、街灯が並んでいる。だから植物は当たり前にある。

 ところが、いまのこの街では。


「だってこの街は……恐らくですが、だいぶ前にみんな去ったでしょう? それなら……植物はもう、全部枯れてると思います」


 きっぱりと放たれたエピの声は、寒々とした部屋に凛と響いた。


「僕達にできることなら、手伝います。僕達は旅を続けたいから。でも無理難題を言われて『わかりました』って言えないです」


 外からは何の音も聞こえてこない。街であるのなら聞こえてくるはずの人々の声、鳥の声、そういったものは一つもない。


 老人はエピに対し、しばらくの間何も言わなかった。再び目を閉じたかと思えば、また溜息を吐く。


 エピも何も言わない。話は止まってしまった。


「……花の種なら持ってたはずだけど」


 このままでは物資をわけてもらえないのではないか。不意に不安になったデューゴは、慌てて荷物を漁りだす。だが、


「花の種が欲しいんじゃない! 花そのものがほしいんだ! 種をもらってもいまこの街で育つと思っているのか!」


 それまで大人しかった老人が突然怒鳴りだす。デューゴへそう怒鳴ったかと思えば、エピにも怒鳴る。


「探してもいないのにないとは、よく言えたな! とにかく探してこい!」

「僕達物資が少ないんです。見つけられない可能性が高い花探しに使えるほど、ものが多くありません」


 エピは一切ひるまなかった。


「では」


 と、老人はゆっくりと立ち上がる。


「私から最低限の物資はやろう。星油と水、それから食料か?」


 戸棚から老人はものを取り出したのなら、乱雑にテーブルに投げ出す。量は多くはなかった。

 だがまだ問題はあると、デューゴは口を開く。


「物資があっても、花を見つけられる可能性は低いんだ」


 こんな死んだ街で見つけられるわけがない、なんて言えはしなかったが。


「ないもの探して何日もここにいろなんて、それも無理な話だぞ」

「文句の多い若者どもだな!」


 ばん、と派手な音を立て、テーブルにオイルのボトルが置かれる。老人は指を指し言った。


「では三日。三日だ。お前達は三日、この街でまだ咲いている花を探してこい。その間、私はお前達に最低限の物資を提供する。それでいいな?」


 果てに、二人に出て行けというように手を払った。


「わかったのならさっさと外に行け! 花を探してくるんだ! 行かなければ今晩の水も食事も星油もなしだ!」

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