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星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第十五話 箱の中身の証明 ~ジェラームの物語~
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第十五話(05)


 * * *



 「アーディの旅」をもとにした絵数枚は、数日後に完成した。


「まあこんな感じよ」


 旅立ちの日、宿屋を出たジェラームが向かったのはアーディの家だった。家の中に上がったのなら、テーブルに描き上げた絵を並べる。


 歌う花のある街。逆さ滝のある街。他にも、アーディが「旅をしたかった場所や風景」の絵、複数枚。

 旅人が見たのなら、現実味のないその額縁の向こう。だが写実的に描かれ優しく色付けられたそれらは、おとぎ話にも思えるものの過去に確かにあった世界のようにも見えた。


 ところでと、ジェラームは顔を上げる。


「あんた、まさかまた旅に出ようとか考えてるのか?」


 ――数日前に比べて、アーディの家の中は少し荒れていた。あたかもひっくり返したかのようで、しかし暴れたようにも思えない。一度全てを崩して、ものを整理しようとしているように見えたために、ジェラームは首を傾げた。

 老いた元旅人は苦笑いをして。


「本当はそうできたらよかったのだがね! いや、もう歳だし、足のこともあって長旅はやはりできない……それでも、昔旅をしていた時に手に入れたものや手記を、改めて見ようと考えてな」


 特にその手記が見当たらなくて、家の中のものをひっくり返すことになったのだと彼は説明する。


「手記には……私の本当のことが書いてある。つまらない手記だ。だから封印するようにどこかに押し込んでしまってな。それでも、あの時私が何を考えていたのか、改めて読みたくなったんだ」


 ジェラームが来ている最中でも、アーディは片付けを続けていた。古いものは箱にまとめている、捨てる予定らしい。その手が止まって。


「あの旅があったからこそ、私は『自分がしたかった旅』を生み出したわけだからな」


 アーディは腰を押さえつつ立ち上がったのなら、テーブルの上に並べられたジェラームの絵を、改めて見下ろした。その表情はふと、神妙なものになる。


「しかし、こう見ると確かに……あってもおかしくないような気がしてきたな。時々だがね、私は自分の作り話をしている時、本当にその街や場所を見てきたような感覚になるのだよ! ボケが始まっただけかもしれないがね!」

「あんた、確かに本当に見てきたように喋るしなぁ」


 それもあったからこそ、ジェラームはアーディの話を描きたかったのだと、気付く。


「そういう画家さんこそ、まるで見てきたように描いたな」

「俺は見えないものを描くのが得意でね……」


 それにしても随分絵を描いたし、そのために沢山の話を聞かせてもらったなと、この街でのことを思い出した。話の最中、紅茶や菓子もよくもらった。そこでジェラームは片手を上げた。


「いい機会だったよ。秘密を黙ってる代わりに、話を聞かせろって俺は言ったけど……それにしちゃあ、随分聞かせてもらった気がするぜ。家にも長居させてもらったしな。お詫びに、一枚絵を贈るよ。そもそもこれ、あんたの話から描いた絵だし……他の絵でもいいぜ」


 荷物の中から、更に絵を取り出しテーブルの上に並べた。どれもが水彩で描かれた絵で、旅する際に持ち運べるよう、大きな絵ではない。だが緻密に描かれていたり、鮮やかに彩られていたり、素朴な仕上がりのものでも雰囲気を湛えたような絵が並び始める。


「それなら私は、私の話したもの以外の絵画がいい……想像であることは、私が一番よく知っているからな」


 アーディはジェラームが過去に描いてきた絵に目を通し始める。アーディの話から描いた絵に比べて、現実的であり、言葉を選ばずに言ってしまえば退屈とも言える絵。

 すらすらとそれらの絵を見る中で、アーディの目が、一枚の絵に留まる。


「これは?」


 ――尋ねられても、ジェラームは答えなかった。

 アーディが手に取った絵。それはまるで真っ黒に塗りつぶされたかのような絵だった。

 黒一色で塗りつぶされた絵ではなかった。沢山の色、そしてたくさんの黒色を使って紙を着色した、その絵。


「……それを手に取るとは、お目が高いねぇ。俺のお気に入りだよ」


 街の外に広がる闇に似た、その色。


「それじゃあ、これを頂こうかね」


 やがてアーディは黒塗りの絵を壁にかける。新しい窓がそこに出来上がったように見えた。向こう側には闇だけが続いているような窓が。


「妙な絵だが、どうしてか、これが非常に気になる」


 眺めて、老いた元旅人は呟く。絵に向けられた瞳は、遥か彼方を見つめていた。

 その黒塗りの絵の向こう側に隠された何かを、見つけようとするかのように。


「外の暗闇にそっくりだ……いつか光が見えてくる気がするよ。いつもそんな気持ちで旅をしていたんだった」



 * * *



 ジェラームが去り、街は何一つ変わることなく日々を過ごしていく。一年、二年と過ぎていったのなら、アーディは歳を重ね、老いを深めていく。


 アーディの話を信じた子供達は青年となり、それでもまだ、元旅人の話を本当だと信じ続けていた。暗闇の向こうに何があるのか、誰も知らない故に。アーディの話が嘘だという証拠もないために、疑うこともない。旅に出る者もいるが、この街に戻ってくることはない。老いたアーディの代わりに伝達役として隣街に向かう者もいるが、アーディの話を本当だと信じて疑わない。


 時に、街にやって来た旅人だけは、彼の話はおかしいと口にすることがあった。けれどもどうやっても、それが嘘だと証明できなかった。


 街の人々はアーディの話を信じ。

 アーディ自身も「作り話だとしても、存在しないとは言い切れない」と言ったのなら、旅人は口を閉ざすしかなかった。

 太陽と月と星がなくなった世界のことは、誰にもわからない。


 そんなある日のことだった。


「ねえアーディ! いるんでしょ!」

「旅人さんが来たんだよアーディ!」


 今日も子供達が、アーディの家の扉を叩く。アーディが外に出たのなら、見慣れた子供達と、初めて見る一人の青年の姿があった。

 不思議な服装の青年だった。だから街の外から、それもかなり遠くから来た旅人であるのだろうことは、すぐに察せられた。


「やあ初めまして! 君も、私の偉大な旅の話を聞きに来たのかい?」


 それが作り話だとしても。

 自分がしたかった旅がそこにあるから。

 胸を張って、アーディは微笑む。

 ――けれども青年の言葉に、目を丸くすることになる。


「――あなたも空飛ぶ街をご存じで?」


 青年は子供達よりも無邪気な顔をして、前に出てきた。


「いやあよかった! 僕、過去に空飛ぶ街に行ったことがあるんですけど、誰も信じてくれなくて……」

「でも、この人の話、アーディの話と違うんだよー」

「だから嘘じゃないかって、アーディのところに連れて来たんだ!」


 子供達がわあわあと声を上げる。しばらく唖然としていたアーディは、ようやく手で子供達を制した。


「……どうぞ、中に。ゆっくり話そうじゃないか!」


 旅人の青年だけを、家の中に案内する。リビングで椅子に座らせたのなら、紅茶を淹れて、アーディは彼の正面に座った。


「話を聞かせておくれ。私も、全てを話そうじゃないか」


 本当に全てを話すつもりだった。

 見たかったものが、本当にあるというのなら。

 嘘吐きと言われるかもしれなかったが、それでもよかった。

 夢見たものの、本当の話を聞けるのなら。


 青年が旅の話をし始める。漆黒の絵が飾られたリビングで、アーディはその話に耳を傾け続けていた。



【第十五話 箱の中身の証明 終】

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