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星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第一話 手記と骨 ~エピの物語~
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第一章(05)


 * * *



 これ以上は、何も書かれていなかった。最後までページをめくっても、白紙だった。


 本を閉じる。すると、長い夢が終わったような気分になった。ザッドはこの場所で力尽きた。だがエピはここにいた。顔を上げれば、星油ランタンが月の光を放っている。けれどもあたりを見回せば、やはり暗闇で。傍らには物語の果ての骨が転がっていて。


 エピは荷物から小さなスコップを取り出した。ところどころ錆びた鉄色。それで、穴を掘り始める。地面は温かい。かつて地上に落ちた星が地下に溶け込み、温もりを放っている。土は最初こそ固かったが、掘っていくうちに柔らかくなっていった。


 長い時間をかけて、穴を掘り進めた。一人分の人骨全てと、諸々が入る程の穴だ、簡単ではなかった。やっとある程度の大きさになれば、エピはスコップを傍らに置き、そしてザッドの骨に手を伸ばした。


 触れる直前で、急に怖くなってびくついてしまい、一瞬手を引っ込めてしまった。それでも改めて手を伸ばす。指先が触れる。思っていたよりも、冷たかった。この暗くも暖かな大地の上にあったのに。長い間、こうして冷え切っていたのだ。


 一つ一つ丁寧に拾い上げれば、温かな穴底へ入れていく。大きさが十分かどうか不安だったが、どうやらちょうどよかったらしい。全てしまい込めば、土を被せる。まるで、植物の種を植えるように。


 こうやって、一体何人の人間が暗闇の中で死んでいったのだろうか。旅の道中で死んでしまえば、最悪の場合、誰にもそのことを知られず、世界から消えていく。それでも、旅に出たいと願う人間はいる。それぞれ目的があるから。


 埋め終わって、エピは自身の手記に今日の出来事を記した。エピにも、自分の手記がある。旅の経緯がある。


 その後、眠った。大地の温もりを感じながら、確かに息をして。それから、星油ランタンの色が太陽の色になって、朝になって、


「……頂いていきます」


 ザッドの荷物から、いくつかのものを頂いた。本や特産品、星油にランタン、そして彼の手記も。

 出発の支度を済ませて、立ち上がる。いつまでもここにいるわけにはいかない。先は暗闇だが、街があると信じて歩き出さなくてはいけない。


 後には、焚き火の跡と、小さな墓が残された。



 * * *



 無事に街にたどり着き、ザッドの遺言通り、彼の持ち物は旅のために使わせてもらった。水や食料、新しい本や特産品などと交換した。彼の星油ランタンも、物々交換の材料として使わせてもらった。古いランタンではあったが、交換屋の店主はまだ十分に使えると言ってくれた。


 それから、ザッドの手記も渡した。


「その手記、なるべく交換に出してほしいんです。対価はいらないから」


 手記をぱらぱらとめくる店主に、エピはそう願い出た。壮齢の男の店主は、しばらく何も答えなかった。手記を読んでいた。やがて、


「……わかった、そうしよう。でも、対価は出させておくれ、これには価値があるから」


 閉じればそっと、カウンターに置く。大きなその手が、表紙を撫でる。


「手記は、旅人の生き様だ。暗闇の中で力尽きた旅人は、死んでしまったことを誰にも知らせることができない……けれども、この手記の主は、運が良かったな。そしてもっと良ければ……妹の手に、手記が渡るかもしれないな」


 つと、店主は窓の外を見た。そこは、光溢れる街だった。しかし店主の瞳は、その向こう、暗闇を見ているようだった。世界を包む暗闇。


「こんな真っ暗な世界だ、そんな奇跡を願おうじゃないか」


 賑やかな街であっても、この世界ではちっぽけな光だ。世界のほとんどは、暗闇に塗り潰されている。


「でもお前さん、よく怖いと思わないね。私も交換屋だ、何人もの旅人を見てきたが……正直、彼らが不思議で堪らないよ」


 と、店主が苦笑いを浮かべる。その質問は、よく尋ねられるものだった。エピは、窓の外を見たまま、いつもの通り答える。


「僕は……歩きたいから。先に行きたいから」


 ――それから二日後の朝。エピは再び暗闇へと旅立った。

 星の光を携えて。



【第一話 手記と骨 終】

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