第十四話(04)
* * *
それからエピとデューゴは、フリアを少し手伝った。作業をしながら、フリアは多くのランタン職人とその『相棒』の話をしてくれた。星油ランタンを作る際に『相棒』に祈る職人の話もあれば、よく『相棒』を置き去りにしてしまう職人の話もある。年老いた職人が先にだめになってしまった『相棒』を修理する話もあれば、師から弟子へと受け継がれた『相棒』の物語もある――。
「旅に大切なものだっていうのは、ずっと思ってたけど……相棒だって考えるのは、なんだかとってもいいね」
手伝いを終えて、旅人二人は宿屋へと戻る。他の街よりも星油ランタンの光に満ちた中を、並んで進む。けれどもその向こうにある暗闇は、巨大な壁のようになって息を潜めている。
「僕達も帰ったら手入れしなくちゃね、『相棒』の」
その暗闇を、また進んでいくために。エピは彼方を見据えながら微笑んでいた。
そんな彼の横顔を見つつ、デューゴも溜息を吐いた。
「そうだなぁ、そもそも旅ができるのって、星油ランタンのおかげだし……感謝して手入れしないとな」
星油ランタンの手入れとは、生活する中では当たり前のもの。けれども今日から少し、手入れをする時の気持ちが変わる。
星油ランタンとは、旅に欠かせないもの。あの光があるからこそ、旅ができるのだから。
「相棒っていえば、お前もそうだよな」
ふと、デューゴは口にする。
「お前がいなきゃ、俺は旅ができなかったわけで……」
半ば強引に、エピの旅についてきた。ほとんど旅の知識がない自分にあれこれ教えてくれたのは、間違いなくエピだった。エピがいたからこそ、旅ができていた。
そもそもエピがいなかったのなら、いま、自分はここにいないのだ。
暗闇の中で野垂れ死に、何も残らなかっただろう。
後悔すらも、できなかったかもしれない。
「そういえばデューゴくん、そろそろどうしたいとか、やりたいこととか、見つかった?」
唐突に、エピがくるりとデューゴに顔を向けた。物思いにふけり始めていたデューゴは、とたんに我に返る。
「そ、そうだなぁ……」
時々、旅が楽しくてわからなくなる。自分が何のために旅をしているのか。何のためにエピについてきたのか。
だから急にそう尋ねられてしまったのなら、まるで親にやれと言われた手伝いをしていなかったような気持ちになる。あたかも後回しにしていたかのように、自分自身で気付く。決して、そんなつもりはないのだが。
「なんか、悪いな……いや、文明都市とか、いろいろ気になることはあるんだけど……ていうか、俺、まだお前に何もしてやれてないな……」
「別に気にしてないよ。これだって思うものが見つかるのが、一番だろうからね」
エピは怒ったり呆れたりせず、歩き続けていた。
「それに、前にも言った……と思うけど、僕、君と旅するの、楽しいと思ってるし」
そうエピは微笑めば、もう一度デューゴに緑色の瞳を向ける。
――ふと、デューゴは思ってしまった。
「それなら……いいけどよ」
口ではそう言いながらも。
――もし自分にやりたいことが決まって、エピと別れることになったのなら。
――彼は、どうなってしまうのだろうか、なんて。
元々エピは一人で旅をしていた。理由は、どうやら旅をして様々なものを見るためのようだが。
おそらく自分と別れた後でも、エピは一人で旅を続けるのだろう。
たくさんのものが見られるものの、危険もある旅を。
旅がいかに危険かは、自分が一番知っている。唯一生き残った、自分だから。
だから、考えてしまう。
エピは一人で旅を続けて、大丈夫なのだろうか、と。
わかってはいる。自分が彼を心配する立場にないことに。なにせエピは、自分の何倍もの時間を一人で旅してきた。それほどに経験があるし、失敗したこともないだろうし、失敗したとしても、これまでどうにかしてきたから、彼はここにいるのだ。
――だた、再び暗闇に向けた瞳が、ずっと遠くを見ている気がしたから。
それでも、どこへ行こうとも、彼はやっていけるのだろうと、思う。
星油ランタンがあるのだから。たとえ、彼が遠くを見ていたとしても、その足下をランタンの光が照らし、闇を追い払ってくれる。
無意識に、デューゴは自身のペンダントを握っていた。星油の入ったペンダント。手の中で転がせばきらきらと輝き、ぎゅっと握ったのなら、温かい。
「……なあ、お前って、いつまで旅するつもりなんだ?」
思い切って尋ねてみたのなら。
……返事はなかった。賑わいにデューゴの声はかき消されてしまった。大通りに出たのなら、すぐ近くにある店に、多くの人が集まっていた。パン屋。賑わいの中から「焼きたて、お待ちどうさま!」と声が聞こえる。
「なんか、催し物やってるみたいだね!」
エピが立ち止まり、背伸びをする。
「ほかの街で仕入れた材料でパンを作ったんだって。今日はそのパンを、初めて売るみたい、看板に書いてある……甘そうなパンだよ」
「……買ってみるか?」
デューゴはいまの疑問を忘れることにした。もう口には出さなかった。
* * *
見習い星油ランタン職人だったフリアは、その後、数年がかりでちゃんとしたランタンを作り上げた。火をいれて、しばらく待つ。光は消えない。更に待って様子をみるが、消えることはない。持ち歩いても問題はなく、旅に使えるほどの性能を備えている。
まだところどころ甘いところがあり、歪なところもあった。それでも、それは「星油ランタン」と呼ぶべきものだった。
「初めてのランタンを作るのに、ここまで時間がかかった奴は、お前が初めてだよ」
工房の親方にそのランタンを見せて、少なくとも、見習いでも半人前でもなくなったことをフリアは証明する。親方はまじまじとフリアの作品を観察した後で、そっと返した。
「ほら、お前のようやくの『相棒』だ、おめでとう」
けれども、ランタンを受け取ったフリアは首を傾げたのだった。
「あんまり『相棒』ってカンジ、しませんけどね~」
「なんだ? それじゃあ、もっとしっかりしたランタンを作って『相棒』にするか?」
「いや、そうじゃなくて……」
フリアが取り出したのは、本当に最初に作った、あの機能しない星油ランタンだった。
「やっぱりこっちが『相棒』かなって」
「そのランタン、失敗作だろう? 光が灯らないやつじゃないか」
光が灯るからこそ、その光に願って、職人はランタンを『相棒』とするのに。
親方は呆れの溜息を吐いたものの、フリアは『相棒』であるランタンを掲げ、にこにこと笑っていた。
「うん! やっぱりこっちですよ! 光らなくてもいいんです、光ってるように思えるなら!」
工房に弟子入りして数年。初めてちゃんと機能する星油ランタンを作って、さらに数十年。
過去には「全く星油ランタンが作れない奴」と言われた彼女は、気付けば誰が作るよりも素晴らしい星油ランタンを作り上げるようになり、職人を目指す者なら、誰もが彼女のような職人を目指すようになっていた。
彼女の作るランタンは、街の誇りとなった。ほかの街に職人達が行商に向かったのなら「世界で一番美しく頼もしいランタン」として売られ、実際、どの街に持って行っても、彼女の作ったランタンはよく誉められ、その機能も、家庭ではもちろん、長旅でも優秀に役割を果たした。
そのため時折、彼女の話をする際に、言う者がいた。
「きっと、彼女は最初から天才だったんだろうね! だから『相棒』もきっと綺麗な星油ランタンなんだよ」
ところが、彼女は本当に最初に作った火の灯らないランタンを持ったまま。
そのランタンを生涯の『相棒』とし、死後墓標にかけられたのも、そのランタンだった。
だから街のランタン職人の墓地に、一つだけ、明かりを灯すことのない墓標が一つある。
しかし火の入らない星油ランタンは、ほかの星油ランタンの光を受けて輝き、静かに主の名前を照らし続けた。
幼い子供がその墓標を見つけて言う――あの星油ランタン、手入れしてないの? と。
その時に親は語る、光の灯らない星油ランタンを相棒とした、一人の職人の話を。
【第十四話 寄り添う存在 終】




