第十四話(02)
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宿屋に到着するまでのその道中。街の街灯は、やはり全て星油ランタンでできているようだった。
宿屋に到着した際、主に言われた。
「ようこそ旅人さん! この街には、星油ランタンを買いにきたのかい? それとも単に寄っただけかい?」
「星油ランタンを買いにきたって?」
デューゴが聞き返す。宿の主の男は、にこにこと頷いた。そうして指さしたのは、机の上に置いてあったランタン――これも星油ランタンだった。
「おや、ということは、たまたまこの街に来ただけみたいだね……でも、特別急いでもいないのなら、うちのランタン工房を見ていくといいよ! このあたりの街で一番大きな工房があるんだよ」
そう説明を受けたのなら、見に行かないわけにはいかなかった。
星油ランタンは生活に欠かせないものだが、どの街でも懸命に作られているわけではない――技術や材料が必要になるからだ。多くの場合、星油ランタンというのは、家で代々引き継いで使ったり、街を巡る星油ランタンの行商人から買ったりすることになる。それを人々は大事に使っていく。
「……大きいね、僕もこのくらい大きい工房は、初めて見たかも」
翌日、エピとデューゴは、街の散策も兼ねて、宿屋の主から聞いた星油ランタン工房を目指した。
それは民家の何倍も広い建物だった。壁の一面が取り払われたようになくなっていて、中の様子が見える――ごちゃごちゃとした工房内。星油ランタンになる前の、ガラスの材料、金属の材料、そのほかにも様々な材料が見える。そこで何人かの者が、慌ただしく働いている。壁には設計図が貼ってあった。それから、日程表らしいものも。
「なんかかっこいいな……俺の街にも、小さな工房があったけど、なんかもっとどんくさいというか、古くさいというか……物置って感じだったな」
デューゴも、エピと並んで、外から工房内を眺める。きん、きん、と音がする。星油ランタンのどのパーツかわからないものの、何かが作られているようだった。星油ランタンが生まれてくる音だ。
と、一つの星油ランタンが、工房の奥から出てくる。軍手をつけた女に運ばれたそれは、工房内の隅にあったテーブルに置かれる――そこにはすでに、いくつもの星油ランタンが置かれていた。
「目標まであと何個?」
別の職人が、そのテーブルから一つ星油ランタンを手に取る。何もないテーブルの上に置けばまじまじと眺める。ハリケーンランタンを元に作られた、星油を燃料に輝くランタン。近くのボトルを手に取れば、タンクにそのボトルの中身を少し注ぐ。星油らしい。そうしてしばらく待って、職人は星油ランタンに火を入れる。温かな輝きが生まれる。
「あと……二十個は作りたい! それで十分?」
「正直に言うともっとほしいかなぁ、今回の行商、結構な街回る予定だから……」
「えーっ! 無理だよそんなに」
「でも星油ランタンを待ってる人はいっぱいいるし……」
そんな会話が聞こえてくる――どうやらいま、この工房は、ほかの街に向けての行商の準備に追われているらしかった。
「すごいな! 星油ランタンって、あって当たり前だと思ってたけど……こうして改めて考えてみると、すごいんだよな」
デューゴが近くにあった星油ランタンを眺める。汚れ一つなく、どうやらそれは新品らしかった。最終チェックは終わったのだろうが、まだ火は入っていない。誰かの生活を照らす時を待っているように見えた。
「おや……昨日の旅人さん?」
そこで、工房内でせっせと星油ランタンを並べていた男一人が、エピとデューゴに気付いた。
「もしかして、ランタンを買いにきましたか? うちのはいいよ、こうして工房があるから、ほかの街で買うより安いし新品だ! それだけじゃない……街中に星油ランタンがあるの、気付いた? あれは、ここで作られるランタンの燃費がすごくいいからできることなんだ!」
つかつかと、彼は歩いてくる。昨日、街で出会った若い男だった。エピとデューゴは軽く挨拶をした。それからエピが、
「すみません、ランタンを買いに来たわけじゃなくて……大きな工房があるから、見に来たんです」
「なるほどね、ぜひ見てってくれよ! ちょうど、行商旅を控えていてね……」
そう、男は二人を工房内へ案内してくれた。先程からきん、きん、と聞こえる音が、工房内を進むにつれて、いくつも聞こえてくる。高い音ではあるが、耳障りな音ではない。まるで楽器が音を響かせているかのようだった。
星油ランタンが組み立てられていく様子を、二人は眺めた。最初は玩具のような部品が、見慣れたものになっていくのが少し不思議だった。それもただ見慣れたものではなく、街で生活するにも、旅をするにもかかせないものである。命にかかわるものでもある。それが、人の手で作られていくのは、どこかあっさりしているように思えた。
けれども、火をいれたのなら、あの優しい光が放たれる。周囲は光に包まれる。
闇を払ってくれる光だ。
「不思議だね、デューゴくん」
思わずエピは言葉を持らした。
「星油ランタンって……この光がないと、僕達、何にもできないのに、これって、魔法でできてるわけじゃないんだよ、人の手でできてるんだね……あっ、でも、魔法っぽいって言ったら……星油って考えてみたらそうなのかな?」
「星油も魔法じゃねぇよ……」
その時だった。きん、きん、というハーモニーの中、がちゃん、と不協和音が入り込んだのは。
はっとして、二人と、二人を案内してくれていた男が顔を上げて振り返る――様々な機材や設備の向こう、人影二つが見えた。
「お前、また失敗したのか!」
怒鳴り声が聞こえる。対して、気の抜けた声が、
「あはー、ごめんなさい……」
どこかで聞いたことがある声で、エピは思い出す。
ごちゃごちゃとした向こう側にいるのは、昨日大通りで声をかけてきた、あの少女だった。初老の男に怒鳴られている。
「はあ……もういい、今回はお前にもランタンを作って貰わないとと思ったが、仕事が逆に増えちまう。お前は墓地の灯り管理へ行け――サロモン、サロモンはいるか!」
「――はい、ここです!」
と、エピとデューゴを案内していた男が声を上げる。彼は残念そうに二人に視線を戻した。
「すみません、呼ばれちまった……多分これから、ランタン作りに参加しなくちゃいけないから、もう案内はできないや」
「いやもう十分見せてもらったぜ。こっちこそ、忙しい時期だったのに、悪いな!」
デューゴが答えれば、サロモンは「せめて出入り口まで案内するよ」と歩き出した。
そうして一行が出入り口まで進んだところだった。
設備の影から、人影が飛び出してきた。
「うわっと……フリア、お前いつもそう慌ててるから、ミスするんだって!」
飛び出してきた人影にぶつかられかけ、サロモンが顔を歪めた。影の正体は確かにフリアだった。様々な道具を抱えていて、中には光の灯っていないランタンもある。
「わっ! ごめんなさいね~! 親方に言われて、墓地の灯り管理に行かなくちゃならなくなったんだ! それが終わったら、またランタン作りさせてくれるってぇ……」
小動物のような少女の、これまた小動物のように丸い瞳が、エピとデューゴを捉えた。その瞬間、彼女は抱えていたものをいくつか落としながらも、二人を指さしたのだった。
「昨日の人達! ランタン見に来たの? でもあのランタン、まだ全然使えるはずだよ! あっ、わかった! ここのランタンを買って、よその街で売る気だな~? 賢いっ! ここの工房のランタンは、きっといい値で売れるからねっ!」
「いろいろ落ちたんだけど……」
エピは戸惑いながらも、フリアの落とした道具を拾い集めた。そうしてフリアの抱える山に加えようと思ったが、どう加えたらいいか、わからない。そこで思い出す。
「……墓地の灯り管理って、何?」
「墓地の灯り管理は、墓地の灯り管理だよ? ……うわぁ! 急がなきゃ!」
フリアは我に返ったように、早足で歩き出す。エピから荷物を受け取らないまま。その姿はどんどん遠のいていく。
「……ごめん、あいつ、いつもああなんだ。それはもらうよ……」
深い溜息をついて、サロモンがエピに手を伸ばした。しかしエピは少し考えて、
「これって……墓地の灯り管理、に必要なものなんですよね? 僕達、特にやることないですし……届けますよ」
それを聞いて、デューゴは一瞬ぎょっとした顔をしたが、頭の後ろで手を組んだ。
「……まあ、工房案内してもらった分もあるか。あのフリアとか言う奴には何にもないけれど」
「サロモンさん、墓地の場所、教えてください」
エピが頼めば、すぐにサロモンは工房から墓地への道を教えてくれた。簡単な地図を、紙に書いて渡してくれた。
「いやあ、すまないね」
「ところで、墓地の灯り管理って、何なんだ? 無駄に道具持ってたように見えたけど」
ふと、デューゴが尋ねる。そうしながら、エピが手に持つ道具を見る――それが星油ランタンを手入れするためのものだと、気付いた。
灯りの管理――星油ランタンの管理というのなら、ランタンの手入れ道具を持っていてもおかしくはないが、それにしては、量が多いような気がした。
サロモンが答える。
「ランタン職人の墓地の管理さ。墓にある星油ランタン一つ一つの手入れをするのさ」




