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星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第十三話 オアシスはまだ遠く ~カラスの物語~
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第十三話(03)


 * * *



 どのくらい、この街に留まることになるかわからない。

 その間、街の手伝いでもしようかと、カラスは考える。

 フードの下を見られたくないため、普段であれば、間違いなくそんなことは考えなかったものの。


 でも、この街で生まれようとしている光を見ると。

 こんなのは、はじめてだから。


 宿屋はないけれども、ここを使ってくれたら、と言われ、テントの一つに案内される。今回カラスは、甘えることにした。


 まるで芽が出たばかりの畑を歩くような気持ちで、街の中を進む。普通の街ならば、街灯があるから、高い位置にも光があるが、この街にはまだ街灯なんてものはない。星油ランタンや火の光はほとんど地面に置かれて、足元ばかりが光に包まれているように見える。その光の芝生の中で、人々が、未来を築こうとしている。新しい道具を作る者、種の数を数える者、今日の食事の配給について相談しあう者――。


 そんな風に、ぼうっとしながら歩いていたためだった。

 ――どん、と、勢いがあったものの軽い衝撃にカラスは襲われた。倒れはしなかった。

 しかしふらついた隙に、するりとバッグが滑ったかと思えば。


「あっ……」


 そのまま、持って行かれてしまった。


「……ちょっと!」


 少しの間、カラスは何が起きたのかわからなかった。ただ荷物の重さが消えたことを不思議に感じていた。自分のバッグを持って走り去っていく小さな背を見つめて、やがて、盗られたのだと気付く。


「返して!」


 カラスはすぐに走り出した。大声に周囲の人全員の視線が集まったが、気にしている余裕はなかった。

 あの中には、姉が大切にしていた手記だって入っているのだ!


 しかしどうして盗みなんて。それもあの姿――まだ幼い子供に見える。

 騒ぎに気付き、何が起きているのか察した住人の一人が、盗人の前に立ちはだかる。


「こら! お前、何をしてるんだ――」


 ところが盗人は、魚のように脇にそれて通り抜けてしまった。テントの影から影へ、追手を振り払おうとしながら進んでいく。

 しかしカラスは、見失うことはなかった。相手は素早いものの、目を離すことなく追う。


 やがて、盗人はテントに入り込んだ。そこか、とカラスも飛び込んだものの。


 ――やられた。


 そこに誰の姿もなかった。消えたわけではない――テントの反対側から抜けていったらしかった。

 慌ててカラスが外に出ると、もう盗人の姿は見えなかった。完全にまかれてしまった。


 まずい。焦燥に、カラスはフードがとれかかっていることに気付かず、辺りを見回す。だが人の姿を見つけて、フードを被りなおした。


「……すみません、この辺りで、子供を見かけませんでしたか?」


 カラスがそう尋ねた相手は、少し歳をとった女だった。


「あらぁ、あなたが噂の旅人さん? 見てないわねぇ、どうかしたのかしら?」

「その……子供に荷物を持って行かれてしまって……」

「ああそんな……ごめんなさいねぇ……」


 彼女はそう、眉を寄せて。


「……悪戯してるのは、あそこのテントに集まっている子達かもねぇ。あの子達、よく悪戯するから」


 指さされたのは、一つのテントだった。ぼろぼろではあるものの、大きい。

 女に礼を言って、カラスはそのテントに近付いた――子供の声がする。


「お菓子はある?」

「これ食べ物かな?」

「旅人って、ものをいっぱい持ってるんじゃないの? これ、全然ないよ!」

「――私はそんなに、ものを必要としていないからよ」


 声を上げながら、カラスはテントの幕をあげた。中にいたのは、十人近い子供達。中央にあるのは、自分の荷物。中身を広げられている――あの手記は、まだ触られていないらしい。

 ひいっ! と子供達の誰かが悲鳴を上げた。


「返してちょうだい……大人に言いつけるから」


 カラスは気にせずテントの中に入れば、自分の荷物を奪い返した。子供達は、あれで追い払えたと安心していたのだろう、現れた持ち主に硬直して動けずにいた。


 カラスはまず、荷物の奥底にあの手記があることを確認した。安心の溜息が出る。それから、散らかされた中身を戻していく。


「――ああ、やっぱりお前達か!」


 と、背後で声がする。振り返れば、街の大人達の姿があった。


「申し訳ない旅人さん……こいつらは、本当に悪戯好きで……俺達も困ってるくらいで」


 大人の一人が、申し訳なさそうに表情を歪めた。


「何か……なくなったものはありますか?」

「いいえ……大丈夫です」


 一番大切なものは、無事だったのだ。それ以外はどうでもいい。

 けれども、子供達には呆れてしまう。


「……なんでこんなことしたの」


 バッグを持っていった子供を睨み、カラスは尋ねる。薄暗いテントの中、子供は委縮していた。大人達も大勢集まって、まさかこんなことになるとは思っていなかったのかもしれない。普段から悪戯をしているようだが、こんな大騒ぎになったのは、初めてなのだろう。

 子供達は、黙ったままだった。沈黙が沈み込む。


「――旅人さん、本当に悪かった」


 やがて口を開いたのは、大人達の一人で。


「こいつらにはきつく言っておきますので――」


 ――ぐう、と。

 誰かの腹が鳴った。


 皆の視線がそちらに向く――的となっていたのは、テントの奥にいた、小さな子供だった。


「――お腹が、空いてたんだ……」


 ようやく荷物を盗んだ子供が口を開いた。


「だから……食べ物が欲しかった。旅人なら……何か持ってるんじゃないかって」


 ――少しカラスは驚いた。

 あまりにも、本能的な理由だった。


 ……背後で大人達がざわつく。振り返れば、皆困ったような、やるせないような顔をしていた。


「だからって盗みは……」

「配給が多いわけではないのは、確かだけど……」

「――悪いことは悪いことだ。お前達、やっていいことと、悪いことがあるんだぞ」


 大人の声に、子供達は更に身を小さくする。声を上げた男は続けた。


「罰として……畑仕事を手伝うんだ。畑が実れば、食料だって増える……いいな?」

「でもおじさん! すぐに食べ物はできないし……畑も大きくないでしょ!」


 と、女の子が声を上げた。


「それに、種だってないって、ママが言ってた……」


 皆、曇ったような顔をしていた。

 ――『星油の泉』を見つけた人々は、幸運を確かに手にしていた。

 けれども、そこから未来に進むことは決して簡単な事ではなく。

 ――実際には、人々は困窮していた。

 物資は確かに少ないのだ。居場所を見つけたとはいえ。

 見つけた光は、まだ、蝋燭に灯された火と同じほど、脆い。


 ――カラスは溜息を吐きながら、荷物を下ろした。


「……これでも食べなさい」


 取り出したのは小袋だった――中をひっくり返せば、いくつものキャンディが転がる。どこかの街で交換に使えるのではないかと、とっておいたものだった。

 子供達は目を丸くしたものの、キャンディの淡い色に、目を輝かせ始める。カラスは続いて、携帯食料もいくつか取り出した。


「美味しくはないかもしれないけど」

「――いいんですか? 旅人さん」


 大人達が慌て始める。カラスは頷くことはなかったが。


「飢えは一番よくないから」


 飢えの辛さは誰よりも知っている。


 それから、あれもあったな、と荷物の中を探って、紙封筒を取り出す。これもどこかの街で交換に使うかと、とっておいたもので。


「これは……作物の種。成長は早いらしいから、使って」


 大人達に、押し付けるように渡す。その他にも、種をいくつか。

 もともと重くはなかった荷物が、更に軽くなる。

 それは財産の減少も意味していたが、特にカラスは気にならなかった。


「た、旅人さん、でも私達、何もお返しできないんです……」


 一人の女が、ひどく困惑した様子で言う。


「それに……これって、旅人さんにとっては大切な財産でしょう? こんなになくしたら、交換するものが……」

「案外何とかなる」


 カラスはフードを深くかぶり直した。


「死ななければ、どうにかできる」


 ――子供達は、キャンディに集まって笑顔を浮かべていた。宝石のような一粒を口にすれば、より微笑んでいた。

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