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星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第一話 手記と骨 ~エピの物語~
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第一話(04)

 しかし、それでもザッドは二人に追いつけなかった。二人はいつまで経っても定住しようとはせず、歩き続けていたのだ。だがやがて、希望が見えてきた。


『この街でも、無事に二人の情報を得られた。そして、旅の終わりが少しだけ、感じられた。どうやら二人は、ある男の旅人と共に旅を始めたようだった。それがどうも、叔母と仲が良いらしく、今日二人のことを憶えていて話してくれた交換屋曰く、家族のように見えたそうだ。それで俺は思ったんだ。もしかしたら、そのまま家族になって、近いうちどこかの街に定住するのではないかと。叔母も、誰かいれば落ち着くだろうし、我に返って「幼い子を連れて旅をする」なんて危険なことをしていると、気付くかもしれない。』


 その文章は希望に溢れていた。手を伸ばしても届かなかったものに、ついに触れられるといった希望に。そして次の街での手記では、はっきりと希望が現れていた。


『この街で、とてもいいことを聞いた。やはり叔母と妹、そして一緒に旅をしていた男は、どこかに定住することを考え始めていたらしい。今日聞いた話によると、昔、両親と幼い娘の一家が、この町に住む場所はないかと尋ねて来たらしい。その一家の特徴を聞けば、間違いなく妹達だった。しかし、当時食糧難だったこの街は、新しい住人はもちろん、旅人もあまり歓迎していなく、結局三人はここには住まず、またどこかへ行ってしまったのだという。だが、やはり叔母は、旅をやめてどこかに定住しようと考え始めたのだ。この街ではそうはできなかったが、もしかすると、この次の街、あるいはまた付近の街で、住む場所を見つけられたかもしれない。』


 街を後にして、またザッドは暗闇の中へと歩いていく。しかし、暗闇の中で綴った手記も、希望に溢れていた。


『もし妹に再会できたなら、何を話そうか。』


 はっきりと書かれたその文字が、黄色い星油ランタンの光に照らされる。


『もう随分成長しているだろう。ああ、でも、俺のことを、憶えていないかもしれない。事実、俺も言われておぼろげに思い出したのだ。きっと妹は、叔母のことを母親だと思っているだろうし、叔母が旅の道中で出会った男を父親だと思っているに違いない。』


 どこか寂しげな空気も、漂わせた文字。


『もしそうなっているようなら、俺は、詳しい話を妹にしないつもりだ。混乱させたくないし、何より幸せに暮らしていたのなら、それでいい。ただ俺は、妹が幸せにやっているか、この世界で生きているのか、それだけを確認したいのだ。話したいことはたくさんあるけれども、最低限にしよう。ただそこにいることだけを、確かめたい。』


 けれども。

 エピは壊れ物を扱うかのような手つきで、ページをめくった。この時点でザッドはまだ暗闇の中にいるらしい。また次のページをめくれば、そろそろ街が見えてくるはずだという記述がある。そして再びページをめくったものの、


『おかしい、街が見つからない。』


 不吉な一文が、光に照らされる。


『予定では、昨日、街に着いているはずだった。けれども光が見えてこない。街が近くにあるのなら、その光が見えるはずなのに。歩く距離を調整したわけではない。道を間違えたか、方角を間違えたか。どちらにせよ、ほんの少しずれただけだと信じたい。いままで問題なく旅を続けてきたのだから。今回もきっとそうだろう、明日には街が見つけられるはずだ。幸い、水も食料も多めに持っている。想定外のことが起こることも想定済みだ。大丈夫、何としてでも次の街を見つける。妹に会うのだ。そこに、いるかもしれないから』


 ページをめくろうとしたエピの手が止まる。手記にはまだ残りのページが沢山あった。けれどもわかる――その大半が白紙だ。ペンが走らせてあるのは、あと数ページだけ。


 これ以上、読みたいとは思わなかった。読みたくないと思った。恐らくこの先は、死へと向かった手記なのだから。


 しかし、ここで自分が骨を見つけた。ここで自分が手記を開いた。

 だから最後まで読まなければ、と思ったのだ。


『どこを見ても、どこに行っても暗闇だ。同じ道を歩いているのか。俺は一体どこへ向かっているのか。』


 焦りの手記が綴られていた。読み進めていくと、やがて、短い文章に辿りついた。


『食料がなくなった。』


 暗闇の中をさまよい始めてから、数日後の手記だった。それでも、まるで自身に言い聞かせるかのように、文章が続いていた。


『水はまだある。星油も。希望はまだある。』


 けれどもザッドは弱っていた。


『悪いことは考えたくない。』


 ――次のページをめくれば、それが最後の手記だった。その前の手記からは、日付が随分と離れている。弱々しい文字だが、誰かに読んでもらうことを期待した手記。



 * * *



『これが最期になりそうで、やっと手記を書く気になれた。書いてしまえば弱気になって、そのまま終わってしまいそうな気がしたので、次に書くのは無事に助かった話にしたかったのだ。けれども、もう無理そうだ。俺には終わりを書くしかない。


 思うように歩けなくなって何日が経っただろうか。途中までは数えていたのだが、時間が経つにつれ弱ってきているのか、意識がはっきりとしなくなってきて、わからなくなってしまった。食料が随分前になくなってしまったことは確か。それでも水だけでいままでやってこられたが、その水もなくなってしまった。もう歩けない。結局光を見つけられず、また誰もここを通らなかった。誰も俺を見つけてくれなかった。しかし星油だけがあるのは幸いだった。俺は『暗闇』に呑まれて死ぬことはないのだ。星の光を見ながら死ねる。


 妹を探すため旅に出て、大体二年程か。この手記の最後は、妹との再会で終わりにしたかった。でもこれが終わりの記録になる。そして俺はもう妹に会えない。


 いや、もしかすると、死んだ向こうで妹に会えるかも。無事に住む場所が見つかったのか、そもそも何事もなく街についたのかもわからないのだから。


 ああ、でもそれは嫌だな。どこかで幸せにやっていてほしいものだ。

 再会できたのなら。幸せにやっている姿を見られたのなら。それから先のことなんて考えてはいなかった。何にせよ、ただ俺は、この暗い世界のどこかに家族がいると思うと、じっとしていられなかったのだ。ただ家族がいること、幸せにやっていること、それだけを感じたかった。


 もう少しで、妹に会えたかもしれないのに。それだけが悔しい。昔のことだし、情報も得られないから無謀だと思われた旅だったが、それでも入手した情報を手掛かりに、ここまでやってきた。俺は幸運だった。でも、運もここで尽きてしまった。


 母親は妹を死んだものとして考え、いなかったことにしていた。俺も話を聞いた時、そう思えたならば、こんな場所で死ぬことはなかったのに。


 けれども後悔はしていない。俺はいまの俺にできる最善を尽くしたつもりだ。

 ここまで書いたが、果たして、この手記を読んでくれる人はいるのだろうか。死んだ俺を見つけてくれる人はいるのだろうか。


 誰でもいい。もし俺の死体を見つけて、この手記を今読んでいる人がいたら、


 ああ、こんな、もし、なんて、ほんと、小説みたいだな。俺が書くなんて、思ってもいなかったよ。


 とにかく、だ。

 俺の荷物は、好きに持って行ってくれ。本もあるし、いままで旅してきた街の特産品も入っている。正直、見つけてもらった頃に、荷物がどういう状態になっているのかわからない。でもまだ使えそうなものがあるなら、役立ててくれ。星油も持って行ってくれ。俺を見つけたってことは、旅人か商人かわからないが、とにかく暗闇を歩いているということだろう。間違いなく、ないよりましなはずだ。それからランタンも持って行ってくれ。


 ただ、そのかわりといってはなんだが、二つ、頼みを聞いてほしい。


 一つ。この手記を世界に回るようにしてほしい。気に入って手元に置いておきたいと思ったのなら光栄だが、世界に回るよう、交換に出してほしいんだ。どれくらいの価値がつくかは、わからないけれども。でも、旅人の手記は基本的にそこそこいい価値がつく、お互い悪い話じゃない。


 二つ。俺の死体、どうなってるかわからないが、残っているのなら、埋めてほしい。真っ暗闇の荒れ地にずっと野晒しになっているのは、嫌なんだ。土の下で眠らせてくれ。街まで運ばなくていい。お荷物になるのは嫌だからな。ここでいいんだ。目も当てられない状態だったり、ちょっと難しかったりするかもしれないけれども、埋めてほしい。大地にとけ込んだ星の温もりを感じながら眠りたいんだ。


 頼みを聞いてくれなかったからといって、恨んだりはしない。こんな世界だ。余裕があったらでいいんだ。いまこの文を読んでいるってことは、ここまで読んでくれたってことだろう? それだけで、救われる気がするんだ。ありがとう、見知らぬ誰か。


 叶うなら、この手記が妹ジュディリアの手に渡りますように。


 ザッド』

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