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星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第九話 誰かの夢幻 ~エピとデューゴの物語~
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第九話(05)

 風が部屋を駆け抜けた。扉から、窓へと向かって。


「――エピ!」


 デューゴが悲鳴に似た声を上げたけれども、エピは気にしなかった。


 窓枠に足をかける。蹴る。身体を包む浮遊感。

 迷うことなく窓の外に飛び出したエピは、しかし手を伸ばしてもぎりぎり小袋を掴めないことを察して、被っていた帽子を手に取った。それを使って、すくうかのように小袋を拾い上げる。


 襲い来る重力。回転する天地。

 帽子に入った小袋を抱えて、エピは地上に落ちていく。

 再び悲鳴が聞こえた。誰のものだったか。


 しかし。

 ――がさり、ぱきぱき、と、耳元で音が爆ぜる。


 落下が止まる。エピがおそるおそる目を開けば、草木の鮮やかな緑が見えた。肌に触れる葉は冷たく、くすぐったい。けれどもエピは深く考えずに、抱きしめた帽子の中に小袋があるのを確認すれば溜息を吐いた。


 身じろぎすれば、またぱきぱきと枝が折れた。緑の中から滑り出れば、どこに自分が落ちたのか、エピはようやく理解した――並ぶ茂み、自分が落ちたところだけ、妙な形にへこんでいた。


 帽子の中の小袋を手に取り、中を確認すれば、スライドは確かにそこにあった。黒塗りに、白い点が描かれただけのガラス板。じいと見つめてエピは口を閉ざす。


 やはり綺麗だとは思わない。このままでも、光を通しても。

 だが動かずにはいられなかった。


「――エピ! 怪我は!」


 声がして我に返る。急いで外に出てきたのだろう、ひどく慌てた様子でデューゴがやってきていた。その後ろにはシモンとリコ。


「……ちょっと切り傷ができただけみたい」


 自身を見下ろして、エピは微笑んだ。あの茂みがクッションになったおかげで、大きな怪我はないし、骨も折れていないようだった。

 と、エピは気付く。シモンの後ろで、リコが顔を真っ青にしていることに。


「――た、ただ綺麗だったから」


 目が合えば、彼女は声を震わせる。それはどこか、冷や水を浴びせられ目を覚ましたかのように見えた。


「自分のものに、したくて……」

「――僕はこれを、綺麗なものだとは思わないよ」


 エピは服についた葉を軽く払えば、スライドの入った小袋をシモンではなく、リコに差し出した。

 リコは驚き、決して受け取ろうとはしなかったものの、エピは続ける。


「でも、これは、君や街の人にとっては、綺麗なものだから」


 やがてリコが震える手を差し出す。エピは静かに小袋を渡して、帽子を被り直した。

 リコは、これを受け取っていいのか、わからないような顔のままでいた。他人を陥れるほどに欲した彼女だったが、もうその様子はどこにもなかった。



 * * *



 疑いは晴れた。それから二日後、二人は旅立つ準備をしていた。忘れ物がないことを確認すれば、借りた部屋を一通り綺麗に片付ける。


「疑ったこと……本当にすまなかった」


 その際に、町長がやってきた。エピは微笑んで返す。


「仕方がないですよ……それにもう、大丈夫ですって」


 犯人が捕まりスライドが見つかった際、すでに町長をはじめとした街の住人に謝られていた。お詫びにと、この街での織物や植物の種ももらっていた。

 町長に続いて、シモンがリコを連れて宿屋を訪れた。


「改めて、この街の大切なものを見つけてくれて、ありがとうございます」


 シモンは笑って、しかし頭を下げる。


「それから……リコが迷惑をかけてすみませんでした」


 リコも無言で頭を下げる。その顔には申し訳なさがひどく滲んでいた――話によると、リコは自分でスライドを投げてしまったこと、またそれを追って目の前で人が窓の外に飛び出したことに大きなショックを受けて、我に返ったらしかった。犯人として町会議に連れて行かれた時は、ひどく反省した様子で謝ったらしい。


「ところでそいつ、どうなるんだ?」


 デューゴが腕を組み、目を鋭くさせてリコを顎で示す。リコは縮こまったままで、シモンが答えた。


「『幻灯の館』での仕事は剥奪されました……街を追い出されることはありませんが、しばらくは奉仕活動として、街や『星油の泉』の掃除、街灯の手入れをしてもらうことになりました」

「幻灯機にかかわる仕事、できなくなるんですね……」


 それは少しかわいそうな気がして、エピは思わず眉を寄せた。確かに彼女のしたことは自分達を巻き込んだだけではなく、街の宝を盗んだのだ、人によっては軽すぎる処罰と言うかもしれない。しかし、リコが幻灯機とそれによって映し出される星空を愛していたこと、それも確かなことだった。


「……二度とできないかもしれないですね。残念ですが、それほどに大きなことをしたのですから」


 シモンは哀れむかのように溜息を吐いていた。


 二人が去って、しばらくして、エピとデューゴは宿屋を出た。向かうはこの街の門。星油ランタンも十分に手入れしてある。暗闇の中を進む旅が再開される。


「そういや、お前、本当に無茶したな。まさか窓から飛び出すなんて。三階だぞ? 正気か?」


 歩く中、ふと思い出したのか、デューゴが言う。エピの頬や手には、未だあの時に負った擦り傷切り傷があった。


「あれ、好きじゃなかったんだろ?」

「……でもみんなが大切にしてるものだったし。僕はそう思ったけど、みんなにとってあれは星だったからね。つい」


 苦笑いを浮かべる。気付けばもう門は目の前で、二人は星油ランタンに火をいれた。

 星油ランタンの光は、優しく暗闇を照らし出す。足下を、行く先を、そしてこれまで歩いてきた道をも照らす。


「……綺麗だったから盗んだってな」


 その光に何を感じたのか、デューゴは思い出し口にする。


「でも、綺麗なものなんて、思えばたくさんあるよな……俺は、この光も綺麗だと思うぞ。いままで当たり前にありすぎて思わなかったけど……色んな街でいろんなものを見て来たからかなぁ」

「綺麗なものって、考えれば、いっぱいあるよね」


 思えば、幻灯機が映し出す風景と同じく綺麗なものを、いくつも見てきた。

 あの街にとって、幻灯機の作り出す幻の星空が一番美しいものだったのかもしれない。けれども世界には、様々な「美しいもの」がある。

 旅をしてきたから、知っている。


 ――ああ、でも、手に入れたいだなんて。


 暗闇の中、二つの光が進んでいく。街が放つ大きな光から離れ、二つの星油ランタンの輝きは、あの星空のスライドにあった星のように小さくなっていく。


「――でもね、デューゴくん、僕、思うんだけど」


 片方の光が揺れた。


「本当に綺麗なものって、手に入れたいと願わないと思うんだよね……自分でそれを、どうこうしたいって思えないものこそ、本当に綺麗なものだと思うんだ」

「なんだそれ」

「……なんとなく、僕が思ってることだよ」


 二つの小さな星の灯りは、暗闇に消えていった。



【第九話 誰かの夢幻 終】

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