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星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第九話 誰かの夢幻 ~エピとデューゴの物語~
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第九話(04)


 * * *



 ――買い出しに行っていたリコが『幻灯の館』に戻ってくると、館に入る前に、管理人であるシモンが飛び出してきた。


「ああリコ! 大変だ!」

「……どうしたんですか?」


 シモンはひどく焦ったような顔をしていた。リコはこの館の手伝いをして、決しては長くはないものの、短くもない。その中でシモンがこれほどに焦っているのを、リコは初めて見た気がした。いつも冷静だったのだ。今朝、星空のスライドがなくなったときですらも、こうも焦ってはいなかった。

 シモンは眉を寄せて言った。


「盗人にまた入られたんだ! 展示物は問題ないようだけど、今度は私達の部屋が荒らされたみたいで……」

「えっ?」


 きょとんとして、リコはシモンを見上げた。

 ――それはあり得ないと、リコ自身が知っていた。だから何故シモンがそう言ったのか、理解できなかったのだ。


 とりあえずはシモンとともに館に戻る。この館は「かつての世界」の展示館であるものの、管理人であるシモンと、その手伝いであるリコの居住スペースがある。その三階にある居住スペースに戻り、リコは目を疑った――キッチンやダイニング、まるでひっくり返されたかのように荒らされている。


「ど、どうして……?」


 リコは抱えるようにして持っていた食材をがさりと落としてしまった。と、シモンが言葉をかける前に、彼女は自室へと飛び込んだ。


 整えられていたはずのリコの自室。そこもひどく荒らされていた。棚に並べてあった本は床に散り、引き出しもどれもが中途半端に開けられている。クローゼットも開けられ、服がくしゃくしゃになって床に落ちている。


 まさに家捜しされた後。すっとリコは顔を青ざめさせた。まさか、と言葉を漏らす。

 しばらく彼女は部屋の前で立ち尽くしていた。しかしやっと入れば、向かったのはタンス。タンスの引き出しも全てが開けられていて、一部は完全に抜かれて無造作に床に落とされている。リコはその、落とされた引き出しの前にしゃがみ込んだ。しまわれていた服は、幸い少し乱れただけで、中に残されていた。


 その服をのけて、下にあった小袋に手を伸ばす。中を確認すれば、リコは深く溜息を吐いた。静かに中身を取り出す――木枠のついた、黒塗りのガラス。よくみれば白い点がいくつも描かれている。

 星空のスライド。窓から差し込む街灯の明かりに、きらりと輝く。


「――ほら見ろ!」


 聞き慣れない声が突然して、リコは慌ててスライドを小袋にしまった。はっとして振り返る。


 ――そんな彼女を、半分は得意げに、そして残りの半分は怒りに瞳をぎらつかせデューゴは睨んだ。腕を組み、吐き捨てるように笑う。


「お前、そんなに賢くないみたいだったな! 妙だと思ったんだよ!」


 リコは唖然としてデューゴを見つめていた――どうやら、何が起きているのか、いまいちわかっていないようだった。

 と、デューゴの背後から、エピはそろそろと出てきた。


「……本当にデューゴくんの言うとおりだったね」


 ――この計画に、エピは反対していた。「部屋を荒らして、スライドを盗まれたと思わせる」なんて。適当に部屋を荒らせば、スライドの安否が気になるはず。部屋にあれば取り出すだろうし、別の場所に保管しているのなら確認しに行くだろうと、デューゴが考えたのだ。


 そもそも、デューゴはリコこそが真犯人だと信じて疑わなかったが、エピはそうではないかもしれないと、最後まで信じきれなかった。だからこそ、この計画に反対した。他人の部屋を荒らすのも、やりすぎだと思ったこともある。


 けれども「リコが犯人ではない」と証明するために、最終的に計画に加わった――それにしても、まさか自分が適当に引き抜いたタンスの引き出しに隠していたとは。

 そして、彼女が犯人ではないと信じて、それを証明したと願ったのは、エピだけではない。


「――リコ、まさか本当に、君が……」


 エピに続いてやってきたのは、シモンだった。シモンはひどく悲しそうに、しかしどこかやはり、といった顔をリコに向ける。

 何が起きているのか察してきたのだろう、驚きに無表情だったリコの顔が焦りにか、怒りにか、赤くなりはじめた。そして彼女は、今朝のように高い声で怒鳴った。


「シ、シモン先生! これは……これはこいつらが仕組んだんです! こいつらが私の部屋にこれを隠して、私を犯人にしようと……!」

「おいおい苦しい言い訳だなぁ?」


 デューゴが鼻で笑う。その隣を抜けて、シモンはしずしずとリコの前に立つ。リコは続ける。


「先生は騙されてるんですよ! こいつらに、利用されてるんですよ!」


 しかしシモンは、じいと彼女を見下ろして、残念そうに口を開いた。


「リコ……私は君じゃないと、信じていたんだ。でも彼らから君が犯人かもしれないと言われて……君がよく、一人で星空のスライドを眺めていたのを、思い出してしまったんだ……映し出された星空を、食い入るように眺める君を」


 ――デューゴとエピがシモンを呼び出し、リコが犯人かもしれないと告げた際、彼は否定するものの、どきりとした様子だった。

 かすかに疑念を抱いていたのかもしれない。もとより、シモンはこの館でリコと過ごしている。


『少し、様子がおかしい気がするんだ。大切なスライドが盗まれたからと言っても』


 少しの異変、少しの違和感を覚えていたらしかった。


 リコは何も言わずにシモンを見上げていた。その手に、スライドの入った小袋を手にしたまま。

 シモンは無言で手を差し伸べる。


 ところが、リコはさっと小袋を引っ込めてしまった。反射的な行動だったのだろう、けれどもリコは決してシモンにスライドを返そうとしなかった。


「……どうしてこんなことを?」


 沈黙を破り、エピが訪ねる。リコは眼鏡の向こう、ちらりとエピを見て、そして再びシモンを見上げて、


「――綺麗だったから」


 苦々しく答える。


「綺麗だったから、自分だけのものにしたかったの」

「それだけの理由で街の大切なものを盗んだのか? 俺達を犯人に仕立て上げて?」


 呆れたと、デューゴが手を広げた。


「ガキかよ、やり方も雑だし――」

「それだけの理由って言うな!」


 と、唐突にリコの怒声が響き渡る。見れば彼女は、人が変わったように表情を歪めていて、シモンも驚いて一歩下がった。


「……私がこうしなくちゃ、いつか誰かがこうしてた」


 リコは全てが敵だというように、三人を睨み、小袋を大切そうに両手で抱える。


「これはそれほどに綺麗なものよ! 確かにこんなに綺麗なもの、みんなに見せるべきかもしれない。でも……そうすると、欲しくなってたまらない人が出てくる。そんな悪い人が、これを盗んでいったら? これは、本当は人に見せるべきものじゃなかったのよ!」

「まるで自分は悪くないって言ってるみたいだな? お前最初に、自分だけのものにしたかったって言ったじゃねぇか! 屁理屈並べても無駄だぞ!」


 足音を響かせて、デューゴが部屋の中に入る。リコへと威嚇するように歩み寄れば、素早く小袋に手を伸ばした。しかしリコは絶対に奪われまいと身を翻す。が、デューゴががしりと彼女の手首を掴んだ。


「大人しく返せ、このやろう!」

「さわるな!」


 リコは抵抗し続けた。横からシモンが割り入ろうとするが、その隙もなくリコとデューゴは攻防を続ける。エピもどうにかしなければと思うものの、部屋の入り口に立ったまま、どうしたらいいのかわからなかった。


「さわるなって言ってるだろ!」


 リコが一段と大きく声を張り上げ、ぶんとデューゴの手を払った。


 その時だった――彼女の小さな手から、小袋が離れたのは。

 勢いのあまり、手が滑ってしまったのだろう。星空のスライドのはいった小袋は、宙に放り出される。風を切って――窓の外へ。


 誰もが息を呑んだ。投げてしまった張本人であるリコは、悲痛に表情を歪ませた。

 小さな袋は、一見して鳥のように見えたものの、羽はない。失速すると重力に従い落ち始める。


 ここは三階。

 ガラス製のスライドが地面に落ち、叩きつけられたのなら、どうなるのか。

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