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星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第九話 誰かの夢幻 ~エピとデューゴの物語~
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第九話(03)


 * * *



 部屋は、内側から施錠するにも開けるにも鍵が必要な扉だった。鍵を奪われ、外から施錠されてしまったものだから、部屋から出ることは叶わなくなった。


 鍵を奪われただけではなく、部屋の外に一人見張りを立たされた。どうしても自分達を部屋から出させる気がないらしい。


 今日は市場に行く予定だったんだけどな、と、エピは窓の外を見やる。

 見つめるのは街ではなく、その向こうにあるどこまでも続く闇。

 大人しく犯人が見つかるのを待とうと言ったのは、自分だけれども。


 ――どのくらい、この街にいることになるのかな。


 もし。

 もし犯人が見つからなかったのなら。


 星油ランタンは、次の旅に向けて、もう手入れを済ませてあるのに。

 ふと思い出したのは、昨日見た星空のスライド。確かに美しかった。しかし描かれた幻に間違いないそれ。


 ――探しているものは、あれじゃない。


 だからこそ、歩き続けなくてはいけないのに。

 一抹の不安が生まれる。その種は芽を出し、むくむくと生長してきているような気がした。


 気を改めてエピが視線を街に落とせば、せわしなく動く人々の姿があった。ものものしい雰囲気だ。街灯の一つが消えていたものの、その手入れを後回しにするほど、皆、あのスライドをなくした不安にかられているらしかった。


「――あ~! もうっ、くそっ!」


 唐突に、背後で痺れを切らしたような声が上がった。振り返れば、デューゴがベッドの上で跳ねて仁王立ちになっていた。


「腹立つなぁもう!」


 彼はずっと苛々しているようだった。疑いをかけられ、部屋をひっくり返すかのごとく荷物を漁られても、こうして軟禁されているのだから、いい気分ではないのだろう。顔が怒りに歪んでいる。

 しかしエピが宥めようと声をかける前、デューゴはエピの顔を見てはっとしたように真顔になる。その顔を見てエピもはっとして何も言えなくなった。

 デューゴはベッドから降りるとエピの隣に並んだ。


「悪い、俺ばっかり……お前、大丈夫か?」

「えっ? 何が?」

「いやお前……いますごい不安そうな顔をしてたから」


 そんな顔をしていたのかと、言われてエピは気付く。

 デューゴはエピと同じく街を見下ろした。人々は犯人探しに必死になっている。しかしデューゴは鋭い瞳を更に鋭利に輝かせると、深く溜息を吐いた。


「――犯人見つけようぜ、俺達で」


 そして腕を組む。エピは一瞬、何を言われたのかわからなくて首を傾げた。するとデューゴは声を荒らげる。


「俺達に罪をなすりつけようとしたんだぞ、犯人は! お前、怒ってないのかよ!」

「……僕は自由に動けないことに不安があるだけかな」

「お人好しかよ」


 そう言われてしまうものの、犯人を見つけようという意見には賛成だった。犯人が見つかれば、自分達の疑いも晴れる。そうすれば、旅を続けられる。

 しかし簡単ではない。こんな状況なのだから。


「でもどうやって手掛かりを見つけるの? 僕達、この街や街の人に詳しい訳じゃないし、部屋から出られないし」


 威勢の良かったデューゴだが、エピにそう言われて口を噤んだ。一度視線をよそに向ければ、窓の外を眺める。


「……こうして観察する」

「……」

「まあ少なくとも……街や街の人間達の様子は、こうして見られるだろ?」


 気休めにしかならないかもしれないけど、と彼は付け足す。そして窓の外を睨むのだった。

 外から入り込んでくる風が頬を撫でる。誘われるようにして、エピもデューゴと並んで外を眺めた。


 少しだけ、心地が良かった。デューゴは気休めにしかならないかもしれないと言ったものの、それでも、必要なものだったのだと、眺めながらエピは思う。少しだけ、落ち着いてきた。決して穏やかな時間とはいえないけれども、たまにはこうした時間を過ごしてもいいかもしれない。

 深く溜息を吐いて、瞬きをする。こうやってじっくりと街を観察するのは、考えてみれば初めてだったのかもしれない。旅人である自分は、暗闇の中で過ごしている時間の方が多いのだから。


 だが、それにしても、と思ってしまう。

 盗まれた星空のスライド――犯人はどうしてそれを盗んだのか。幻灯機がなければ意味をなさないものであるのに。そもそも盗んだのは、この街の住人でほぼ間違いないだろう、旅人は自分達だけ。自分達以外が犯人であるのなら、それは街の住人だ。ならばどうしてスライドが必要だったのだろうか、スライドは、街のものであるのに。

 一体誰が。何のために。理由がわからない。


 ――もしかすると。

 ――もしかすると理由は、難しそうに思えて単純なのかもしれない。


 ふと思う。

 何故ならあれは、自分の琴線には触れなかったものの、人々にとって美しいものなのだから。

 美しいものは、人の心を魅了する――。


 とんとん、と突然部屋にノックが響いた。我に返るようにして、二人は扉へ振り返った。


「――旅人さん、食事を持ってきました」


 まだ若い女の声。かちゃん、と鍵が開く音がした。トレーに二人分の食事を乗せて、少女が部屋の中に入ってきた。


 デューゴが苛立ちを隠さず表情を歪める。それもそのはずだった。部屋に入ってきたのは『幻灯の館』で幻灯機を操作していた少女――今朝、部屋に殴り込んできて一番に大声を上げた、リコと呼ばれた少女だった。


 リコは今朝とは打って変わって、大人しくテーブルの上に食事を並べ始める。エピとデューゴはそれを無言で眺めていた。と、並べ終えた彼女は、慎ましやかにトレーを持ち直せば、二人を見据えて頭を下げたのだった。


「今朝はごめんなさい、怒鳴ってしまって」


 二人は驚いた。ゆっくりと頭を上げたリコは、眼鏡の向こうで視線を落としたままだった。


「私、あれがなくなってしまって、本当に焦ってしまって……」


 声は消え入りそうだった。本来、消極的で大人しい性格なのだろう彼女は、誰が見ても気の毒なほどに弱々しくなってしまっていた。


「大丈夫ですよ。あのスライド、みんなの大切なものなんでしょう? 焦るのも仕方がないですよ」


 我に返ってエピはリコに笑いかけた。


「食事、ありがとうございます。食べ終わったら外の人に声をかけたほうがいいですか?」

「あ……えっと、置いといて大丈夫です。あとで取りに行きます」


 リコは少しだけほっとしたように微笑み返す。


「そうだ旅人さん達、何か必要なものがあったら、言ってください。私、持ってきますので……」


 と、そこで不意にリコは背後の扉を気にした。どうしたのかと二人は彼女を見つめるものの、彼女はさっとテーブルの上に銀色の小さなものを置いた。


「えっ? これ……」


 それを見て、エピは思わず声を上げそうになったが、リコが素早く自身の唇に人差し指を立てた。

 テーブルの上に置かれたのは、この部屋の鍵だった。


「……この部屋の合い鍵です。隙を見て、ここから出てください」


 リコは声を抑えてそう言った。そして再び彼女は頭を下げる。


「旅人さん達が犯人だと疑われたの……私のせいなんです。スライドがなくなって、私がまずあなた達が怪しいって言っちゃったから……でもお二人は違った。盗む理由もありません。なのに閉じこめられることになって……本当に、ごめんなさい」

「……これ、本当にいいのか?」


 デューゴは目を丸くしていた。エピも生唾を呑んで鍵を見つめる。

 これがあれば、街から出ることができる。


 リコは申し訳なさそうに微笑んだ。それからもう一度「必要なものがあれば、言ってくださいね」と、声を元に戻して部屋から出ていった。

 パンといい香りの湯気が立ち上るスープ。そして鍵が部屋に残された。


「……これで街から出られるね」


 外にいるのであろう見張りに聞こえないように、エピは囁く。デューゴが返す。


「見張りの隙をみて、鍵をあけてここから出られるってわけか」


 これで足止めに対する不安は消え失せた。すっと胸中のもやが消えていくのをエピは感じていた。

 ところが、別のもやもやがそれに取って代わる。


「でも……スライドはどこに行っちゃったんだろうね」


 街から出られると言っても、疑いが晴れたわけではないのだ。そのことにはデューゴも気付いていたらしく、また彼は更に深く考えたらしい。


「――変じゃないか?」


 不意にそう、瞳を鋭くさせる。


「俺は、めちゃくちゃ変だと思う」


 よくわからなくてエピは首を傾げる。とりあえずは料理が冷めてしまわないうちに食べようと席に着く。

 デューゴはエピの正面に座り、パンをちぎった。


「考えて見ろ……もしここで俺達が街から消えたのなら」

「逃げたって思われるね」

「でも犯人が見つかったのなら、俺達のことは忘れられる……が、見つからなかったら? 犯人も、スライドも」

「……僕達が犯人で、スライドを持って逃げたって思われるね」


 この街を出たのならば、もう二度と訪れることはないだろう。それが暗闇の中の旅というものだ。そして自分達が濡れ衣を着せられたままでも、その濡れ衣は暗闇に紛れて消えてしまうだろう。次の街、またその次の街で、自分達が罪人だと指さされることは、ほとんどないと言っていい。


 つまりこの街を出れば、自分達とこの事件の関係は全て終わるのである。

 けれども、この街の事件は終わらない。


「僕は……嫌かな。街の外に出られないのも嫌だけど、犯人が誰なのか、どうして盗んだのか知らないまま街を出るのは」


 そもそも、いくらリコが必要なものをそろえるからと言っても、旅に必要なものは多い。簡単に集まらないだろうし、きっとほかの街人に脱出計画がばれるだろう。そうなったのなら、話は余計にややこしくなるかもしれない。


 と、デューゴは行儀悪くもスプーンで皿の縁を軽く叩いて音を出した。きん、と部屋に響く。


「どうしてあの女、そこまでして俺達を街から追い出したいんだろうな?」

「……」


 ぴたりとエピは手を止めた。

 なるほど、と思う。テーブルの上に置かれたままの鍵は、部屋の明かりに輝いている。

 しかし簡単には思わない。


「あの人、自分のせいでって、慌ててるだけじゃないかなぁ」

「そうか? 俺は妙だと思う……なんか演技くさく思うんだよな」


 とはいえ、エピにはそう思えなかった。そう首を傾げていると、デューゴはスプーンでエピを指さす。


「お前……旅人として長いみたいだから、関わった人数こそ多そうだけど、こういう人間の妙な気配っていうのは、わからないんだな」


 そしてスープを一口飲めば続けるのだった。


「とにかく、いま俺達が消えて得するのは誰だって話だよ……相手はそう、悪知恵が働かないみたいだな」

「……僕は、信じられない、けど」


 まさかリコがそう企んで鍵を置いていったとは。ただ自分の間違いに気付き、償おうとしているだけにしか見えない。

 けれども言われてみれば、リコは決して、この事件を解決しようと行動しているわけではないのだ。


 今朝、大切なものが消えた故に、人が変わったように怒鳴り込んできた彼女。その大切なものを差し置いて、自分達を助けようとするだろうか。下手すると事件が複雑化しかねないのに。

 そして、自分達の疑いは完全に晴れたわけではないのだ。確かに部屋にスライドはなかった。盗む理由もない。しかし部屋以外の場所にスライドを隠すことだってできるし、盗む理由も、他人の想像できない理由がある可能性だって捨てられない。


 自分達の味方になるならば、つきっきりで犯人を一緒に探そうと言って、その実自分達を見張る方がむしろ理にかなっているように思える。

 ここで自分達を逃がすという選択は、被害者側として、確かに不自然で愚かかもしれなかった。


「――悪戯は結構得意なんだ」


 デューゴが口の端をつり上げた。敵よりも、少しばかり知恵を働かせる。


「ちょっと脅かしてやろう、案外簡単に尻尾を出すかもしれないぞ……ま、あいつが犯人じゃなかったら、その時はその時で信頼できる相手だってことで、真犯人を一緒に探せばいい……シモンだっけか? 見張りに言って、あの館の主をどうにか呼びたい。リコについて話を聞こう。あいつは信用できると思うんだ……スライドだけじゃ価値がないなんて、犯人なら不利なこと言わないと思うからな」

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