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星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第九話 誰かの夢幻 ~エピとデューゴの物語~
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第九話(02)


 * * *



「暗くなる前の世界って、本当に鮮やかですごかったんだな!」


 宿屋に帰った後でも、デューゴは興奮を残したまま、まるでまだ幻を見ようとしているかのように窓の外を見つめていた。


「本当に信じられないな! 空がどこまでも青かったなんて! そりゃあ話は聞いてたけど、あの幻灯機って奴を見て、初めてそのすごさがわかったよ……昔の人は、随分と眩しい世界に生きてたんだなぁ」

「いまじゃどこまでも真っ暗なのにね」


 エピは手記を綴りながらデューゴに返した。今日見た幻灯機について、手記に記録している最中だった。


『昔の世界。あれほどまでに強烈に感じられたのは、初めてだった。幻灯機が描く世界は、絵とは全く違っていた。』


「どうして空ってあんなにも色が変わるんだ? それに雲っていうのもよくわからないな……でもすごく綺麗だったな!」


 デューゴは一人、抑えきれないかのように語り続けている。エピは手記をすらすらと綴りながら、彼の声を聞き流していた。だが。


「――何より星空! それから星! 星油のもとの一つだって聞いてたけど、あんなに綺麗でたくさんあったなんてな! 見ただろ? 植物の種みたいにいっぱいあってさ、あの一つ一つが街灯みたいに全部光ってたんだぜ?」


 ぴたりと、その声に文章が止まった。


「あんなに綺麗なもの、初めて見たかもしれない!」

「……そう」


 まるで漏れ出てしまったかのように、エピは短く相槌を打った。ペンは握ったままで、次の文章を書こうにも思考が止まってしまった。


『僕は、多分、』


 しばらくその文字を眺めるものの、言葉が見つからない、感情が表せない。

 ――幻灯機の星空を見た時に生じた、胸がざわついた感覚。あれを整理できなかった。


『僕は、多分、あれが嫌いだ。』


 続けて見るものの、しかししっくりとした言葉でなくて、また悩む。

 けれども――良いと思わなかったのは、確かなのだ。

 あの壁に映し出された星空を思い出すと、胸中で何ともいえない感覚が渦巻く。溜息が出た。と。


「――お前まさか、あの星空、嫌いなのか?」

「えっ?」


 思わず振り返れば、デューゴは窓辺にいた。手記の内容が見られた訳ではないらしい。

 デューゴは逆に驚いてきょとんとしていた。


「いやだって、お前いま露骨に嫌そうな顔してたぞ。それに……星空のスライドの時、なんかすげーつまらなさそうにしてたじゃん」

「そんなつもりは……」


 全く意識していなかったが、デューゴの表情から見るに、無意識に顔に出ていたようだ。

 エピは再び手記に視線を落として、溜息を吐く。


 ――つまらなさそうにしていた、か。


「……別に嫌いなわけじゃないよ」


 自らが書いた文章。その「あれが嫌いだ。」という記述をペンで塗りつぶす。滅多にしないことだったが、間違った言葉だと確信した。


「でも、つまらないって思ったのは、その通りかも」


 昼の青空から夕方のスライドへ。そしてその次にくるものは。

 夜空のスライドを見る直前に感じた胸騒ぎは、負のものではなかった。


「――期待しすぎちゃったんだと思う」


 これが、正しい言葉だ。やっと見つけてエピは微笑みをデューゴに向けた。


「なんていうか……がっかりしちゃったんだ。だって星って、綺麗なもの、でしょ? だから、きっとすごいものが見られると思って……」


 けれども幻灯機が映し出すのは、本物ではなかった。

 その機械の名前の通り、あれは幻なのだ。


「……俺は初めてあんなに綺麗なものを見たってくらい、綺麗に思えたけどなぁ」


 デューゴが口をとがらしたものだから「変な意味じゃないよ」とエピは苦笑いを浮かべる。

 そして手記に向き直る。


『僕は、多分、』

『ほっとしたんだと思う。』


「けど、あれでよかったと思う」


 そう、きっとよかったのだ。

 あれは星の美しさを知らない人々のためのものなのだろう。

 もし綺麗すぎたのなら。


「……綺麗すぎたら、僕、どうかしてたかもしれないし」


 口にすれば、デューゴが怪訝そうな顔をする。思わずエピは苦笑いを浮かべた。


「いや……綺麗すぎたら、僕、ずっと見てたいって思うだろうから」

「急に何を言い出すんだ?」


 デューゴの怪訝そうな顔は直らない。


「……そういえばお前、前に『どうして旅をしてるんだ』って聞いた時に、妙なこと言ってたな」


 ――暗闇の先に、何があるのか見たくて。


 そうエピが答えたのをデューゴは憶えていたらしかった。エピ自身も、そう答えたことを憶えていた。


「幻灯機は違ったらしいけど、ああいう、綺麗なものを探してるのか?」


 エピはしばらく答えに悩んだ。決して答えが見つからなかったわけではなく、答え方を探していた。


「そうだね」


 やがて肯定だけした。


「そうだね」


 繰り返す。手記にペンの先を滑らせる。


『僕は歩かなくちゃいけない。』

『また出会うために。』


 デューゴはそれ以上何も言わなかったが、もの言いたげにエピの背を見つめていた。再び窓の外に視線を向けるものの、興奮は冷めていて、今の会話を思い返していた。



 * * *



 翌日。乱暴なノックに、二人は飛び起きた。

 まるで破ろうとするかのように扉が叩かれている。音に叩き起こされたデューゴは苛立ちに表情を歪め、エピは寝ぼけ眼を擦りつつ、素早く身なりを整えれば「いま行きます」と扉に向かう。


「朝から何なんだよ……」


 簡単な服のまま、デューゴは毛布に埋もれて扉を睨む。


「何かあったんじゃないかな――」


 そうエピが扉に手を伸ばし、鍵を開けようとした瞬間、かちゃり、と勝手に鍵が外される音がした。

 開け放たれる扉。見えたのは合鍵を持った宿屋の主と、他数人の人物。

 そして部屋に殴り込んできた、眼鏡の少女。


「――あなた達が星空を盗んでったんでしょ!」


 彼女は勢いのままエピの胸ぐらを掴むやいなや、そう怒鳴り散らした。

 どこかで見た覚えのある彼女――『幻灯の館』で幻灯機を操作していた少女だった。


「どこにやったの! 隠してるんでしょ!」


 あの時は非常に大人しそうに見えたが、いまはまるで別人になったかのように声を張り上げ、怒りに表情を歪ませている。

 怒鳴り声を浴びせられたエピはもちろん、デューゴも目を剥いた。


「おい! お前何言ってんだ? ていうか礼儀もくそもないのかよ、人が寝てるところを叩き起こして、勝手に入ってきたと思ったらぎゃーぎゃー騒いでよ!」


 驚いて何も言えなくなっているエピと違って、デューゴは文句を言いながら二人の間に分け入った。少女の手を叩いて、エピから手を放させる。

 しかし少女に続いて、ぞろぞろと部屋に入ってきた者達に、デューゴも息を呑んだ。彼らは皆、険しい顔をして二人を睨んでいた。


「……何かあったんですか?」


 部屋に入ってきたのは、全員街の人間だろう。睨むだけで特に何もしてこない彼らに対し、エピが怖気づくことなく尋ねる。

 しらばっくれんなよ、と彼らの背後から声がした。


「……幻灯機のスライドがなくなった」


 口を開いたのは、集団の先頭に立っていた男だった。直感でエピはこの街の町長だと気付いた。


「お前達が盗ったんだろ!」


 と、彼の背後から男一人が飛び出し、飛びついたのはエピとデューゴの荷物だった。「おい!」ととっさにデューゴが声を上げて止めようとするものの、エピはそれを止める。デューゴは驚くものの、エピは彼を見ず、町長を見上げ続けていた。


「……スライドって、幻灯機に使う絵のことですよね。僕達は、何も知りませんよ」

「けれども昨日お前達は『幻灯の館』に行ってあれを見たんだろ? そして昨日からこの街にいる旅人は、お前達だけだ」


 だからこそ「よそ者」である自分達を疑っているようだった。


「あれは貴重なものだ。いい値もつくだろう」


 町長は続けた。がらがらと音がする。振り返れば、荷物を漁っている男が、全てをひっくり返して中身を確認していた。しかしやがて頭を横に振る。


「どうしてなくなったのかは知りませんけど、僕達は盗ってませんよ。そんなことはしない」


 エピは決して焦ることなく、否定する。けれども他の者が部屋中を漁り始めた。どこかに隠していると思っているらしい。


「あんた達以外に考えられないじゃない! スライドを盗む奴なんて!」


 最初に怒鳴った少女が、再び騒ぎ出す。


「あんた達は昨日あれを見て、高価な値がつくと思って盗んだんでしょ!」

「そんなことしねぇって言ってんだろ!」


 デューゴが怒鳴り返す。


「そもそも冷静に考えてみろクソ女! 俺達が盗人なら、盗んだ後も悠々とこの街にいるか?」

「そう言って逃れるために残ってたんじゃないの! やっぱりこいつらが犯人よ!」


 しかし、どんなに町人達が部屋を調べても、盗まれたというスライドはもちろん出てこなかった。やがて彼らはこんなはずはない、という表情を浮かべて困惑し始める。


「……皆さんは、ちょうど僕達が街にいるから、僕達を疑ったんですよね?」


 エピは再び町長を見上げる。


「だからここに来たんですよね? でも、街の人は調べましたか?」

「街の人間が盗むわけがないだろう!」


 誰かが声を上げた。けれどもエピは、緑の瞳を鋭くさせて続ける。


「いま盗めば、僕達に疑いが向くから、街の誰かが盗んだ……その可能性も、あるんじゃないですか」

「けれども何のために盗む?」


 町長が言い返す。


「お前達旅人が盗んだと言う方が、納得がいく。あれは貴重なもの。高値がつくだろう?」

「……けれど、盗まれたのはスライドでしょう? スライドだけじゃ、意味がない」


 ――困惑していた何人かが、更にその色を濃くさせた。部屋にスライドはなかった。盗むにしても、幻灯機がなければ本当の価値を得られない。気付いて我に返り始めていた。


「――そうですね。スライドだけでは、意味がありません」


 声がする。『幻灯の館』の主の男だった。彼は前に出ると、旅人達を見て、そして町長へ視線を移す。


「盗まれたのは星空のスライド数枚……何も知らない人が見れば、ガラスに描かれた絵として、価値がつくかもしれない。けど、星空のスライドはそのまま見れば、ただいくつもの点が描かれただけのもの。幻灯機で映しだすからこそ、意味がある……」

「シモン先生! でも盗んだのは間違いなくこいつらですよ! そうとしか考えられないじゃないですか!」


 少女が声をあげる。シモンと呼ばれた彼は頭を横に振った。


「リコ、落ち着きなさい。私も一度は彼らを疑いましたが、こうしてスライドは出てこなかったし、彼らの言うことも理解できる……盗んだ人は、他の人かもしれない」

「けれども疑いが晴れたわけじゃない」


 町長が厳しく声を上げる。


「……街の大切なものがなくなったんだ。お前達には、犯人が見つかるまでこの部屋にいてもらう。勝手に外に出るな」

「はぁ? ふざけんなよ!」


 デューゴが町長に怒鳴る。しかしエピは表情を険しくて睨んだままで、やがて頷いた。


「仕方ないよ」


 デューゴに何か言われる前に、エピは言う。


「僕達、犯人じゃないけど、確かに疑われても仕方がないんだもの。大人しく、犯人が見つかるのを待ってよう」

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