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星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第八話 一夜一灯物語 ~カラスの物語~
43/98

第八話(06)


 * * *



 その日の夜、カラスは再び『銀ヴェインの窓』の元へ向かった。一座は五日間、滞在する予定らしかった。幻想を提供するのは、その内の四日間。最後の一日は片付けと旅立ちの準備にあてられるらしい。


 一座は昨日よりも多くの人で盛り上がっていた。彼らに懐疑的だった、興味がなかった人々も、昨日見てきた人々から熱狂した感想を聞いて、興味を持ったようだった。


 ハウクトを探してカラスは昨晩の場所へ向かったものの、そこに語り部の絨毯はなかった。どうやら一座は日によって移動するらしい。近くにいた一座の人間を捕まえて尋ねると、今日は西側にいると答えをもらえた。


 人混みの間を縫うようにして向かえば、ようやく盲目の語り部の姿が見えてきた。集まっている人々は、昨日よりも多い。ハウクトが少しそわそわしたようにあたりを見回しているのを、カラスは見逃さなかった。何せ、彼は今日、自分が考えた物語を初めて人前で語るというのだから、無理はないと思う。カラスは半笑いで溜息を吐いた。それでハウクトはカラスに気付いたようだった。目隠しをした顔をふと上げた。


 ハウクトの隣にいた補助している青年が、彼の肩を叩いて時間を告げた。ハウクトは手元にあったベルを摘んで鳴らし、集まっていた人々が黙り込む。


「やあみんな。集まってくれてありがとう。さあ楽にして。そろそろ、世界を始めるよ」


 ハウクトは軽く挨拶をし、語り始める。


「みんな――星を見たことはあるかい?」


 唐突な問いかけから始まる物語。前に座り込む子供達が、言葉なく首を傾げる。

 そんなのはもちろん、見たことない、と。


「――これより語るは、遠い場所の、遠い時の物語」


 物語の扉が開く。


「……消えたはずの星を、探し続ける旅人の物語」


 水面に一滴、雫が落ちたかのような感覚をカラスは覚えた。



 * * *



 星を見たことがあるか、と尋ねて回る旅人がいた。


 人々は彼を笑った。何故なら星は、大昔こそあったものの、いまはないものだから。

 星があったのなら、街の外もきっと明るく安全だ。けれどもそうではない。


 人々は彼を憐れに思った。彼は星がまだあると信じている、現実を知らない人だと。

 そう笑って、人々は必要以上に彼に関わろうとしないものだから、誰も気付けなかったんだ。

 彼の真っ直ぐな瞳に。


 旅人は信じていたんだ。きっと、星はどこかにある、と。そうして、星が一つもない真っ暗な闇の中を、ずっと旅してきたんだ。


 彼は巡る街々で「星」と呼ばれるものを見て回った。

 ある時には、それは才能ある職人が作った星油ランタンだった。

 ある時には、見る人の心に灯りをともす絵画だった。

 ある時には、星油の中から生まれたといわれる宝石だった。

 はたまたある時には、仲睦まじい夫婦の間に生まれた赤子だった。


 ある時には――ある時には――。


 旅人は「星」と呼ばれるものに出会える度に、幸せを感じた。だってそれは美しいものだったり、心を込められたものだったり、愛されたものなのだから。


 ……あはは、君だって「星」だよ。お父さんやお母さん、近所の人や街の人に愛されているんだから。


 でも……旅人の心は「幸せ」で満たされていくだけじゃなくて、悲しみにも満たされていくんだ。


 どんなに探しても、自分の探す「星」ではない。

 大昔に世界にあった、この空に輝く光ではない。

 まるで「星」という言葉だけが生きているんだ。「星」は間違いなく大昔にはあったのに。


 本当に、全て落ちて星油になってしまったのかな。

 一つぐらい、まだ空にあってもいいんじゃないかな。

 もし残っていたのなら――その星は、寂しいんじゃないかな。


 そんなことを思いながら、彼は歩いていくんだ。星油ランタンの光を、仲間を求めるように携えながら。


 靴に穴が開いてしまっても、服が破けてしまっても、次の街で新しくして。

 素敵な街、素敵な人に出会っても、それは彼にとっての「星」ではないから。

 もはや暗闇だけが、彼の寂しさを知っている。


 けれども――そう。旅は過酷。暗闇は、友達ではない。

 ……ある日旅人は、ついに闇の中に捕らわれてしまった。沢山の経験を積んだ彼でも、道を見失い、漆黒の底に落ちることもある。


 旅はいつだって、危険と隣り合わせ。誰がどんな目的をもって旅をしようにも、変わりは一つもない……太陽と月、そして星がなくなった頃から続くもの。


 死の闇が彼にのしかかる。干からびていく彼は、死ぬ瞬間までは、星油ランタンの光を見つめていたいと願った。


 星油は、天から落ちた太陽や月、星が溶けたといわれるもの。

 火を灯せば、それは天体の光。


 星を見つけることはできなかった。でも、この光は、近いものだから……。



 * * *



「そうして眠るように、彼は目を瞑った」


 人々はまるで本当に誰かの死を看取るかのように、口を閉ざしていた。深く、ゆっくり息をすると、時が流れる。


「けれども……彼は再び、目覚めたんだ」


 ハウクトの声は、あたかも風に吹かれて消えそうだった蝋燭が、それでも小さな光を灯し続けている様を彷彿させる。目隠しの下、瞬きをしたのか、深く溜息を吐いて辺りを見回す。


「彼は光を見た。ずっと探し続けていた光を……見た」


 傍らにあった星油ランタンを、わずかに前に押し出す。


「星油ランタンの光とは違った光だった。それはもっと……悠久の時を過ごし年老いたかのように揺らいで、儚く、けれども強い意思を感じる光だった」

「――『星』の光」


 誰かが沈黙を破った。子供だったか、大人だったか。

 乾いていた唇を、カラスは舐めた。


「そう、『星』の光」


 見えない目に、その光はきっと見えている。


「その光は、旅人自身から溢れ出ていた。そうして彼はやっと気がついた……身体が浮いていたんだ。暗闇の中、ぽつりと、彼は漂っていた」


 星を探し続けていた彼は。その死の果てに。


「旅人は、彼自身が星になったんだ。ずっと探し続けていたものに……」


 けれども旅は、終わらない。


「星になった旅人は、宙を駆けた。暗闇の中に走る、一筋の光……それを見た人々は、間違いなくあれこそ星だと目を輝かせた。まるで一つの希望。まさに暗闇の中にある光……」


 語り部は、空を指さす。いまは何もない空。けれどもかつては、光り輝く球体と粒があった終わりなき場所を。


「もし暗闇の中で光が見えたのなら……それは彼かもしれないね」



 * * *



「悪くなかったんじゃないの? 最初の物語でしょ、自分が考えたお話って」


 今夜の全ての物語が終われば、星油ランタンの光も金貨のように眩しい黄色を帯びる。一座の賑わいは治まっていき、人々は街へと帰っていく。そして家々を見れば、灯りが消えていく。街の光こそ消えないものの、夜が世界を包んでいる。

 手伝いと共に片付けをしようとしていたハウクトに、カラスは声をかけた。


「なんていうか……最後は無難、って感じがしたけど」

「正直だね」

「でも悪くないと思ったわ……私がどうこう言えるものじゃないと思うけど」


 頬をかすかに赤らめてハウクトは笑みを浮かべた。

 その笑い方が、好きだとカラスは思う。


 と、ハウクトはまるで照れ隠しをするかのように話し出した。


「実はあのお話……作ろうと思ったきっかけがあってね。一年くらい前に、実際に聞かれたことがあるんだ……星をみたことはあるか、じゃなくて、星について何か物語があったり、知ってることはないかって」

「……実際に星を探してる人に出会ったってこと?」


 ハウクトは頷き、その時を懐かしむかのようにわずかに俯いた。


「旅人だったんだけど、珍しいことにとても若い旅人で、年齢を聞いたら、彼十四歳だっていうんだ……君と同じくらいかな?」


 ――十四歳の、少年の旅人。

 そわり、と、そよ風が肌を撫でていく。わずかにカラスのフードがずれる、白い髪が溢れる。

 目の見えないハウクトは、気付かず続ける。


「いくつか物語があるから教えてあげたけど、どうやら目当てのものじゃなかったらしくてね。彼、がっかりした様子で……それで、彼は決してそんなこと言わなかったけれど、まるで星を探しているように思えたんだ」


 少年。星を探している、旅人。

 まさか。


 カラスは少しためらった。まさかそんなことがあるとは、到底思えなかったから。

 世界は広い。暗闇はどこまでも続いている。

 けれども。


「……その少年、何て名前だったの?」


 恐る恐る尋ねてみると、その声色から何かおかしいと気付いたのだろう、ハウクトはふと顔を上げ、わずかに首を傾げた。それでも深いことは気にせず、笑顔を見せて教えてくれた。


「確か、彼の名前は……エピ。エピって少年だったよ」



 * * *



 宿屋に戻ってきたカラスは、部屋の傍らに置いてあった自分の荷物へ飛びついた。中を乱暴に漁るものの、最後にはそろそろと布に包まれた四角いものを取り出した。結び目を解けば、一冊の本が現れる。表紙にも背にも、裏表紙にも何も表題のない本。旅人の日記として、ありふれた装丁の、紺色の本。

 机に置き、震えてしまう手で、カラスは一ページ目をめくる。


『伝達役を引き受けてしまったことを、いまは後悔している。旅に興味はあったけど、こんなにも心細くて怖いなんて、知らなかった。昔に出会った旅人のおじさんは、教えてくれなかった。』

『でも、僕が嫌だといっても、結局僕が伝達役になったと思う。みんな嫌がるし、僕だって嫌だって思っても、好奇心があったから。』


 黒のインクで綴られた手記。後悔から始まった記録。

 筆者の名前は。


『僕の名前はエピ。街に旅人が来ないから、伝達役として旅に出た。』


 そして息をするのも忘れてカラスは慎重に数ページ飛ばして、ある文章へと辿りつく。何度も開いたのであろう、かすかに開き癖がついてしまった、そのページ。


『僕は見た。僕は確かに見たんだ。』


 その文章は、震えていた。


『街のみんなには、話せない。きっと、信じてはもらえない気がする。それに、伝達役なんてみんなが怖がる役になって、人生で初めての旅だから、きっと怖さでおかしくなったんだと言われそうだし、僕自身もそうかもしれないと思っている。』

『けれども、言えない理由はそれだけじゃない。』

『なんだか、他の人に言ったら、消えてしまいそうな気がする。』

『それでも見たんだ。』

『暗闇の先、何もないはずの空にあったんだ。』

『とても弱々しくて、瞬きをしたら消えてしまった。けれども忘れられない。泣きたくなるほど、綺麗な光。』


 ――気付けば、自身の赤い瞳が潤んでいて、カラスは慌てて拭った。

 このページに雫を落とすことは許されない。けれども声は抑えられなかった。


「生きてる……まだどこかにいるんだ……」


 ――姉さん、あなたが会いたいと願った人は、確かにこの世界にいる。


 本をそっと閉じて、白い髪に赤い瞳を持つ少女は、それを抱きしめた。


「姉さん……この手記、絶対にエピに返すから」



【第八話 一夜一灯物語 終】

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