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星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第七話 尾の毒 ~カラスの物語~
37/98

第七話(05)

「何よ、それ……」


 誰かの声が聞こえる。


「病気、なの? ……もしかして、あんたがこの街に妙な病気を持ってきて……!」


 全てはカルル・コの実のためであるのに。


 しかし指をさされるのに、カラスは十分な見た目をしていたのだ。

 色素のない髪に、赤い瞳。


 それは、この街では誰も見たことがない人間で。

 ――けれども確かに、人間で。

 カラスは。


「……」


 いま、何と言えばいいのか、わからなかった。

 何かされる前に、騒がれる前にさっさと街を出てもよかった。いままでのように。


 ……けれども、いまこの街は、毒に冒されている。

 見捨てるわけには、いかない。


 ――色素のない子、と聞こえた。

 はっとして顔を上げると、驚いたように医者がこちらを見ていた。だが恐れている様子は一切ない。


 ……カルル・コの実については知らなかったものの、そういうものは、知っているようだ。


「――おおい、種をもらってきたよ!」


 ちょうどその時だった。先程、種を持ってきてほしいと頼んだ男が、小さなかごを手に戻ってきたのは。彼は騒然としている病院を見て、何があったのかと辺りを見回す。そしてカラスを見れば、さらに驚いて瞬きをした。


 ――手を止めている場合ではない。


「それちょうだい」


 立ち上がって、カラスはもう髪と瞳を隠すことなく、男からかごをひったくった。中には確かに、小さな種いくつもが入っていた。それを、また乳鉢ですりつぶし始める。


「……何してるの、ちゃんと動いて」


 近くにいた、医者の手伝いにそう声をかける。彼女は呆然としてカラスを見つめ、突っ立っていたのだ。カラスに声をかけられ、彼女はぶるっ、と震える。そして足がすくんでしまったらしく、またしばらく動こうとしなかったために、


「さっさと手伝って。死なせたいの?」


 患者はいまもこの瞬間に、新しく病院に運び込まれてきている。街全体で収穫祭が行われているのだ、間違いなくこの病院だけでは足りなくなる。もう、現地へ行って解毒薬を飲ませないと。

 しかし、手伝いは動かないまま。すっかり怯えてしまっていた。その手はまさに未知の生き物を前に、震えていた。

 強く言ってしまったことをカラスは後悔した。けれども。


「――これを持って、君は広場に向かってくれ。このやかんに、すりつぶしたものを溶かした……病院は私と、彼女でやる」


 医者が手伝いにそう言って、やかんとコップを持たせた。手伝いは「でもあの白い人、変……」と、そこからまた何か続けようとしたが、医者にとんと、背を叩かれて、それで我に返ったかのように病院から出て行った。


「君は、とりあえずここにいた方がいい」


 カラスへ振り返った医者は、新しいやかんに、またすりつぶしたものを溶かし始める。そして近くにいたまだ元気な街人に持たせ、指示を出す。街人は急いで病院を出て行く。


「君の見た目では、みんな怯えてしまうからね……とにかく私達はここで」


 静かに、カラスは頷いた。これ以上自分が何か発言するのは、よくないとわかっていた。

 そして、この騒動が落ち着いたのなら、明日にでもここを出なくてはいけない。

 もうこの街にはいられない。髪を見られてしまったのだから。瞳を見られてしまったのだから。

 あんな目を、向けられてしまったのだから。


「……旅人さんの髪は、綺麗だよ」


 声が、聞こえた。


「星の人だもん。悪い人じゃないもん」

「……ノノ」


 手を止めて、カラスはノノに駆け寄った。ノノは少し、意識がはっきりしてきたようだった。先程のことを、見聞きしていたのかもしれない。


「寝てなさい」


 もうマントは意味がない。カラスはマントをとれば床に敷き、その上にノノを寝かせた。何もないよりはいいはずだ。マントの裾で、ノノの額に浮いた汗を拭き取ってあげた。


「また後で来て……」


 ノノがそう言うものだから、カラスは。


「他の人を看たらね」


 ――けれども、カラスがノノのもとに戻ることはなかった。



 * * *



 翌日のこと。


 何とか病人を看終えて、人々の視線を感じながらも宿屋に戻れば、カラスは一眠りする間もなく、荷物をまとめはじめた。忙しさに乱れてしまった色素のない髪をまとめて、マントのフードを深く被る。そうして出入り口へと向かえば、途中で宿屋の主にびくりと怯えられてしまった――もう、街中に自分の話は広まっているようだった。それもこの怯え方だ、悪い噂となっているのだろう。


 カラスは、何も言わなかった。口を結んだまま、宿屋の外に出た。


 昨日の昼間は「収穫祭」で賑わっていた街だが、いまはすっかり乱れてしまっていた。飾り付けや、外に出されたテーブルはそのまま。けれども襲われたかのように、椅子や食器、かごが転がっていて、ごみ箱も倒れて中身が飛び散っていた。それを、街の人々が静かに片付け始めていた。だがその姿は少ない――昨日、多くの人間が倒れてしまったのだ。幸い、『紅玉星の実』を食べず、また花の毒にもあたらなかった人間や、毒にあたっても症状が軽く、解毒薬を飲んですぐに元気になった者だけが、外に出ている状態だった。しかし彼らの表情は暗く、まるで街全体が葬式でもしているかのようだった。


 けれどももう大丈夫だ、とカラスは周囲を見なかった。通り過ぎた家から、苦しそうにうめく声が聞こえたが、それと同時に励ましの声が聞こえた――大丈夫よ、お医者様から薬をもらってきたから、と。飲めば元気になるそうよ、と。

 それから、街から聞こえてくるのは、自分の話だった。


「……あの旅人よ、あの旅人……きっと、あの人がいたからこんなことに」

「あの人が妙な病気を持ち込んだって聞いたわ……! ああやって姿を隠しているのは、病気で恐ろしい姿だからそうよ……」

「ああ恐ろしい……」


 そうひそひそと話している集団を、カラスは思わずちらりと見てしまった。とたんに彼らは震え上がって、ぱっと逃げ出す。かたや視線を動かせば、逃げることなく自分を睨んでいる集団もいる。その手は、箒やへらをあたかも鈍器であるかのように構えている。しかし彼らは襲いかかってこない。逃げもしないが、ただカラスを睨んでいた。


 その正面をカラスは通り過ぎて、街の外に続く門へまっすぐに歩いていった。

 言われなくとも、出ていくつもりだった。

 前の街のように、石を投げられる前に。


 ――やっと門にたどり着けば、星油ランタンに火を灯した。

 星油は星が溶けたものといわれている。


 ――かつて、この色のない髪の輝きを、星のようだと言ってくれた人がいた。

 単純に、自分に色素がないだけであるけれども。


 ……人間は、群れを作って生きる生き物だ。だから皆で『星油の泉』の周りに街を作って、いまも歴史を紡いでいる。

 しかし、稀有な見た目の人間は――「自分達と明らかに違う人間」は恐れられ、理解されることもなく、もはや人間と思われないのだ。


 星油ランタンを手に持てば、先には暗闇があった。

 似合っているのだろう、自分には。

 人の街よりも、この漆黒が。


 ――しかし、人を探しているから。

 一歩、カラスは暗闇に踏み出した。

 その時だった。


「――旅人さん! 星のお姉さん!」


 幼い声が、引き留める。

 思わずぎょっとして振り返れば、ノノがいた。


 ノノは寝間着姿だった。靴を見れば、踵の部分を潰すようにして裸足ではいていた。髪も少し乱れていて、誰が見ても、慌ててベッドから出てきたのだろうとわかった。


 その顔色はよく、最初こそ眉尻を下げていたものの、カラスと目があえば、ノノはぱっと顔を輝かせた。ぱたぱたと走ってくる。


 どうやら、一晩で体調はすっかりよくなったようだ。自然と溜息を吐いて、フードの下、カラスは気付かないうちにかすかに微笑んでいた。


 ――まだ寝ていた方がいいのに。


 暗闇へ歩き出していた爪先を、街の明かりの方へと戻す。しかし。


「――だめよ! ノノ!」


 一人の女が、ノノを追いかけて背後から捕まえた。彼女はノノの肩を掴んで正面にしゃがみ込めば、


「どうしてお外に出たの! あなた、まだ病気がちゃんと治ったわけじゃないのよ!」

「病気じゃないよ、ママ。食べちゃいけないものを食べたから、変になっちゃったんだよ! それに……お礼を言わなきゃ! 助けてもらったら、ありがとう、でしょう?」


 そうノノはカラスを指さす。何を言っているのか、と、ノノの母親であろう彼女は一瞬怪訝な顔をしたが、娘が指さした先に一人の旅人を認めれば、その顔をひきつらせた。


「近付いちゃだめよノノ! あの人のせいで……!」


 母親はノノを抱きしめる。けれどもノノは、その腕から抜け出そうともがいていた。


「どうしてみんなそんなこと言うの? あの人は、そんな人じゃないよ!」

「あなた、見なかったの? あの人の恐ろしい本当の姿……!」

「すっごく綺麗な人だよ! それだけじゃないよ、あの人がみんなを助けてくれたんだよ!」

「ノノ!」


 無邪気に笑うノノに、ついに母親の怒鳴り声が街中に響いた。周囲の人々は、心配そうに二人を見つめていた。


 ――その間に、カラスは街の外の暗闇へと、歩き出していた。

 待ってよ、と声が聞こえた気がした。けれども振り返らなかった。


 暗闇が周囲を包んでく。星油ランタンを手にしているものの、その黒色に溶け込むようにして、カラスは消えていった。



【第七話 尾の毒 終】

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