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星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第七話 尾の毒 ~カラスの物語~
36/98

第七話(04)


 * * *



 ノノを背負って病院に向かえば。


「――何よこれ」


 カラスは思わず声を漏らしてしまった。

 全てのベッドで、苦痛の表情を浮かべた人が横になっている。それだけではなく、椅子や床に座ってだるそうにしている人が、何人も。


「この方に水を! それから、解熱剤を……!」


 そして医者であろう初老の男と、助手であろう女一人が、駆け回っていた。

 カラスが入り口で唖然としていると、


「――先生! 兄さんが……!」


 ぐったりとした一人に肩を貸しながら、男が病院に入ってきた。入り口のすぐで立ち止まっていたカラスに、ぶつかりそうになる。

 医者がひどく困惑し疲弊しきった顔を上げた。


「一体……一体何が起きてるんだ! 今日は収穫祭だと言うのに……どうして今日、皆急に……」


 はっとしてカラスが近くのテーブルを見れば、切り分けられた『紅玉星の実』――カルル・コの実が、手つかずのままおいてあった。子供が持ってきたのだろうか、「お忙しいお医者さんへ」と拙く書かれたメッセージカードが添えられている。


 と、病院の奥で、誰かがひどく咳込んだ。ベッドに横たわる若い女だった。傍らには幼い男の子がいて、ぐしゃぐしゃに泣きながら「お母さんお母さん」と叫んでいる――。


「――無能なの! あんた達!」


 ついにカラスは怒鳴ってしまった。泣きじゃくる声や不安の声、熱にうなされる病院内を切り裂くかのように轟いた。


 驚いた全員がカラスに視線を向けた。けれどもカラスは気にすることなく、熱に苦しむノノをゆっくりと床に降ろした。ノノは固く目を瞑っていて、意識があるのかどうか、わからない状態だった。壁際に座らせる。


「カルル・コの実よ! カルル・コの実と、花のせい……あんた達、わからないの!」


 カラスは怒鳴りながらも、テーブルにあった『紅玉星の実』に素手を伸ばした。柔らかい実をほぐすようにして、小さな種をころころと皿に出す。そして実がすっかり潰れてしまうほどに種を絞るようにして取り出せば叫ぶ。


「何かすり潰すものは!」

「……は、はいっ」


 叫べば、近くにいた医者の助手である女が、怯えたように乳鉢と乳棒を持ってきた。カラスは奪い取れば、鉢の中に種を入れて潰し始める。種は固く、がりがりと最初は音を立てていた。しかしびしりと割れると、中身が白い粉となって溢れ出た。


「な、何を……しているんだ……?」


 戸惑いながらも、医者がやってくる。カラスは振り返らなかった。


「カルル・コの実よ! あれ、全部十年前に植えたものなんでしょ?」


 そう尋ねても、医者は戸惑ったままだった。

 どうやら知らないようだった。そもそも知っていたのならば、収穫祭を前にして体調不良の人間もいなかっただろうし、今日だってこんなことにはならなかっただろう。


「――白湯をちょうだい! それからシュラーの葉ってわかる? ここではなんて呼んでるの? 解熱に使う薬の材料なんだけど」

「シュラーならわかる! 君、戸棚から出してくれ!」


 医者が指示を出せば、すぐに助手が瓶を持ってきた。中には乾燥した細長い葉が入っている。カラスは一枚を取り出せば、破くというよりも砕くようにして乳鉢に入れた。そして医者が白湯の入ったやかんを持ってくれば、カラスは近くにあった綺麗なコップと匙を手にとった。


「……これくらいでいいと思うけど」


 乳鉢の中の粉末二匙をコップに。そして白湯で溶かして、まずはノノに持っていった。


「……カルル・コの実には毒がある。それでも食べるのなら、種も食べなくちゃいけない」


 説明しつつ、ノノの唇にコップの縁をあてる。


「……飲んでちょうだい、ノノ」


 小さなノノの背を片手で支えながら、コップを少し傾ける。

 ノノはうっすらと目を開けた。声が聞こえていたのか、それとも反射的になのか、少しずつ飲み始める。

 コップの中身が徐々に減っていく。険しかったカラスの顔が、ようやくほぐれていった。しかし毒にあたった人は、ノノだけではないのだ。


「あんた。あんた、元気なの? 実はまだ食べてない?」


 兄を助けてと、自分の後に病院に入ってきた男に、カラスは振り返った。彼は肩を貸しここまで連れてきた兄を床に座らせていた。


「あ……ああ。俺は、『紅玉星の実』を切り分ける係で、忙しかったから……まだ食べてない」

「……花の毒にあたってる様子もないから、途中で倒れたりしないわね。いい? カルル・コの……『紅玉星の実』の種を集めてきて。それがないと、解毒ができないわ」


 言われてすぐに、男は病院を飛び出していった。その後にノノのコップが空になる。カラスはそのコップに再び粉末をいれ、白湯で溶かした。患者はノノだけではない。あの男が新しい種を持ってくるまでに、他の人間にも解毒薬を飲ませなければ――。


「分量は、大人だといくらだ?」


 と、隣に、新しいコップと匙を手に、医者がやってきた。乳鉢から、まずは二匙とって、コップに入れる。

 カラスは、一瞬はっとして彼を見上げてしまったものの、


「大人も子供も変わらないはず……」

「わかった……おーい、白湯をどんどん準備してくれ! それから、種が来るから新しい乳鉢を!」


 すぐに判断してくれる医者でよかったと、カラスは溜息を吐いた。医者だけではなく、その助手も解毒薬を作り始める。まるでリレーのように、粉末をコップに入れて白湯で溶かせば、次々に患者に飲ませていく。


「……いまは症状の重い人を優先するべきだけど、カルル・コの実を食べてない人も解毒薬を飲んだ方がいいわ。花粉にも毒があるから。全員飲まないとまずいかも」


 最中、白湯をコップに注ぎつつ、カラスは言った。それで医者は納得したような顔をした。


「それで最近病人が多かったわけか……すまない、カルル・コなんて、初めて聞いたよ。まさか『紅玉星の実』に毒があるなんて……」


 そこで叫んだのは、ここに運ばれてきた病人の家族であろう、若い女だった。


「でも先生! そんなのおかしいわよ! だって去年も私達、『紅玉星の実』を食べたじゃないですか! その時はこんなことにならなかった……!」


 彼女がしがみつくベッドには、若い男がいた。恋人同士なのだろうか。彼女は顔を涙で濡らしていた。ベッドの男を見れば、呼吸を乱し、苦しそうに目を瞑っている。


「あんた達が『紅玉星の実』って呼んでる種類の樹は、成長すると毒を持つようになるのよ」


 淡々とカラスは説明した――本で読んだことが、目の前で起きていた。

 カルル・コの実。まさに死の果実。


「ちょうど十年目あたりから、毒を持つようになるのよ……この樹は下手すると街を滅ぼすわよ、そうやって動物を殺して、養分にしていく樹なんだから」


 正しく使えば薬にもなるけどね、と付け足して、カラスはまた、患者に解毒薬を飲ませ始める。


「――あ、あんた、あの樹になんてことを言うんだ?」


 そう仰天した声を上げたのは、ベッドに横たわっていた老人だった。年寄りではあるものの、他の患者と違って、意識はまだはっきりしているようだった。咳をしながらも、彼はカラスを睨んだ。


「あれは……わしらの大切な樹。大切な実なんだぞ! それを、なんて言い方……!」


 怒りのあまり、身体を起こし始める。とたんに激しく咳込んでベッドから転げ落ちそうになったものだから、ちょうど近くにいた医者が慌ててその身体を支えた。


 ――きっと、この街にあの果実の種をもたらした旅人も、知らなかったのだろう。

 そうでなければ、何故もたらしたのか、理由がわからない。きっと善意だったのだ。カルル・コの樹、ほかの植物がなかなか育たない場所でもたくましく育つ……これも本で読んだことだが、それ故に、毒に気をつけながら食料としている地域もあるらしいのだ。


「毒は種で解毒できるわ。でも花粉にも毒がある……花が咲いてると、いつまで経っても毒が漂っている状態になるわ」


 カラスは怒鳴った老人を見ずに、淡々と医者に告げた。


「必要ないのなら、花はできる限り切り落とした方がいいわ」

「切り落とすって……!」


 次に声を上げたのは、病人に寄り添っていた女だった。若くはない。かといって、そう歳もとっていない。彼女は金切り声を上げた。


「『紅玉星の実』の花を……! なんてことを言うのよ、あなた! それに毒があるなんて……! おかしいじゃない!」


 病院中に響く金切り声に、いよいよ、病人も、その付き添いも、不安そうにカラスを見つめる。その顔には、どうしたらいいのかわからないといったものもあるが――怒りを滲ませたものも、確かにあった。


 ……この街の住人は、皆、『紅玉星の実』に、信仰に近いものを抱いている。

 こんな状況を目の前にしても。

 けれども、カルル・コの実の仲間であることは、毒であることは、事実なのだ。

 すると。


「あなたの仕業なんじゃないの! 去年はこんなことなかったし、旅人だっていなかった! 今年はあなたがいるから……!」


 本当に因果関係があると思っているのか。それとも混乱のあまり出た言葉なのか。金切り声は、半ば泣き出していた。


「何を言ってるんだか……」


 呆れてカラスは溜息を吐く。しかし自分に怒りを向ける人々の目が、さらに鋭くなったのを確かに感じていた。

 彼らにとって、自分は敵なのだろう。『紅玉星の実』の名誉を傷つけようとし、嘘をでっち上げる敵。


 ……だが、いまはそのことで、わあわあ言っている暇はないのだ。

 新しく作った解毒薬の入ったコップを持って、カラスは次の患者へと向かった。少年だった、目を開けてはいるものの、床にぐったりと座っている。


「ほら、飲んで。飲める?」


 そう、コップを差し出したが。


「――いらない!」


 半ばパニックを起こし始めた大人達に怯えていた彼は、カラスを突き飛ばすようにして、拒絶したのだった。

 その時だった。


「――ひぃっ!」


 どこからともなく、悲鳴が上がった。それを見た人間全員が、目を見開いた。

 彼らが見たもの、それは。


 ――突き飛ばされ、フードが外れて露わになってしまった、カラスの銀の髪だった。

 突き飛ばされた際、コップの中身が胸にかかってしまった。けれどもカラスはそれよりも、コップを投げ出すようにして床におけば、慌ててフードを被り直そうとした。けれども。


「……」


 振り返れば、畏怖の表情を浮かべた人々が。

 全て、手遅れだった。

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