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星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第七話 尾の毒 ~カラスの物語~
35/98

第七話(03)


 * * *



 一日中街を眺めて考え事をして潰した、次の日。

 収穫祭の日だった。


 街は広場を中心に賑わっている――どうやら、街の数カ所に机を出して、収穫した『紅玉星の実』をそこで切り分けて食べるようだった。その中でも、街中央の広場の設営が一番大きいらしく、一番に人が集まっているようだった。

 しかし。


「――ねえ! これだけしか採ってこられなかったの? 足りないわ、もう一度行ってきて!」

「待って、こっちはこっちで食器を用意しなくちゃいけないのよ!」

「はい、みんな、もうちょっと待ってちょうだい! ――誰か、手が空いてる人いないの?」


 ……どうやら、人手が足りていないようだった。


「……何人か、風邪をひいちゃったんだって」


 カラスがじっと運営の人間達を見つめていると、隣に立っていたノノが教えてくれた。


 ――本当は、こんなにも人が多い広場に来るつもりはなかった。広場以外の場所で、ちょっとだけ収穫祭の様子を見て、ついでに『紅玉星の実』をもらおうと思っていたのだ。

 そうであるのに、朝からノノが宿屋にやってきて、手をひかれてカラスはここまでやってきてしまった。


「……風邪ね」


 改めて周囲を見回せば、くしゃみをして鼻をすすっている人がいる。咳をしている人がいる。

 どうも、流行っているらしかった。それでも人々は、生き生きと収穫祭に参加していた。先程、人手が足りないと叫んでいたものの、集まっていた人々が協力し始めた。収穫した果物を持ってきたり、皿を用意したり、そしてあの赤い実を切り分けて人々に渡す――。


「俺、ちょっと寝込んでる奴らに、これ持って行くわ!」


 一人が声を上げた。手に持っているのは、切り分けた果物を山盛りに乗せた皿だった。


「お願いするわ! みんなも、これを食べたら元気になるはずよ!」


 一人が手を振れば、皿を持った彼は広場を離れていった。

 果たして本当に、風邪が治るのだろうか、とカラスが首を傾げていると。


「ほら! 旅人さんももらいにいこうよ!」


 ぐいぐいと、ノノがマントの裾を引っ張った。

 カラスは溜息を吐けばノノとともに歩き出した。広場の中央、果物を切り分けている場所を目指す。人々はそこで、皿に盛られた『紅玉星の実』をもらっているようだった。一人に一つ。もらった人々は、目を輝かせて、その皮の赤色と、中の乳白色を見つめている。口にすれば、幸せそうに微笑んでいた。


「そういえば、旅人さん、結局旅立たなかったんだね!」


 振り返りながら、ノノは無邪気に笑う。


「……忘れ物をしたのよ」


 カラスはそう適当に答えた――忘れ物なんて、もちろんない。

 ……かといって、収穫祭が気になって残ったわけでもない。


 気になるのは、あの『紅玉星の実』と。

 ――ごほっ、と聞こえて、カラスが見下ろせば、ノノの顔は少し赤かった。赤くて眠たさそうで――だるそうだった。

 一昨日、風邪気味だったノノ。まだ元気に笑ってはしゃいでいるものの、明らかに悪化していた。


 一体この子の親は何をしているのだろうか、と考えてしまう。けれども、もしかするとノノは、大人しくしていろと言われたにもかかわらず、抜け出してきたのかもしれない――辺りを見れば、親子で収穫祭に来ている家族が多いものの、ノノは一人なのだ。ノノは一人で宿屋まで来て、自分を引っ張り出した。


「……あなた、大丈夫なの?」


 尋ねれば、ノノは咳を一つして、けれども微笑んだ。


「大丈夫だよ! ……実はね、宿屋に行く途中に……『紅玉星の実』をつまみ食いしちゃったんだ! だから大丈夫!」

「……あのね。あの果物、薬じゃないのよ」


 そう、薬ではないのだ。


 どうも街の人々は、この『紅玉星の実』を信じているようだった。街にとっては希望の実ではあるのだろうが、少し変だと感じるほどに、この街では信仰されているらしい。


 『紅玉星の実』を切り分けているテーブルの前まで来れば、カラスとノノは、できていた列に並んだ。周囲の人々が、旅人だ、旅人さんだ、と声を上げて、まさにいいものを見たと言うように微笑む。目立ちたくはなかったのに、とカラスはフードを引っ張ってより目深に被るものの、そこまで悪い気はしなかった。

 こんなに歓迎されているのは、初めてかもしれなかった。


「今年はきっと、いいことがあるわ……!」


 そんな声も聞こえてくる。それが、嬉しくて。

 ――色素のない髪に、赤い瞳。不気味な見た目だと、いままで何度も言われてきたから。


 やがて、果物を切り分けているまさに目の前に、カラスとノノはやって来た。


「ああ旅人さん! ぜひ食べてくれ! 食べたらきっと、幸福が訪れるぞ!」


 『紅玉星の実』を切っていたのは、中年の男だった。カラスを見ればひどく嬉しそうに微笑んで、そして籠に積まれた赤い実を一つ、手に取る。林檎ほどの大きさだ。男はそれを、包丁で切っていく。美しい赤色の皮をむかないまま、簡単に四つに分ければ、中の真珠のような白色が露わになる。林檎のようにしゃきしゃきとしているようではないらしい。水分が多く、桃を思わせた。


「さあどうぞ……皮と種は食べないように。それからノノも……」


 男は切り分けた『紅玉星の実』を、皿に乗せてカラスに渡してきた。続いて彼はノノの分も切って渡してきたが。


「……そういえばノノ、昨日、風邪を引いているから明日は出られないかもって、お前の母さんが言っていたけど」

「……ん? んーん! 大丈夫!」


 そう笑って皿を受け取った彼女は、やはり顔が赤く、熱がありそうだった。


 ――食べ終わったら、家まで送り届けるか。


 本人はまだ元気そうだった。熱がありそうに見えるものの、実際にはないかのようにはしゃいでいる。しかし油断はできない。

 いま、無理やり返してしまっても、ノノはまた家を抜け出して来てしまうだろう。果物を食べれば、満足するはずだ。


 皿を受け取って、二人は広場の隅へと向かった。座る場所はないし、フォークやスプーンはないため、立ちながら手で食べることになる。


「これが『紅玉星の実』だよ! こうやってね、かぶりつくの!」


 ノノは片手で実を手にすれば、白い中身にかぶりつく。幸せそうな笑みを漏らしながら咀嚼して、そして小さな種をいくつか、皿に戻した。


「種は食べちゃだめだよ! 小さいから気をつけてね!」


 そして次は旅人さんの番だよ! とこちらを見るものだから、ノノにならうようにして、カラスも『紅玉星の実』にかぶりついた。

 その味は。


「……お、思ったより酸っぱいのね」


 思わず、顔を歪めてしまった。

 甘い、と聞いていたけれども、それが何かの間違いではと思うくらい、酸っぱかったのだ。しかし、咀嚼しているうちに。


 ――急にすごく甘くなってきた。


 それは不思議な味だった。酸っぱいのは、最初の一瞬だけ。すぐに味は甘くなってきて、最後には蜂蜜のような甘さになっていた。フードの下、赤い瞳を丸くさせる。


「どう、旅人さん! うちの果物の味は?」


 近くにいた街人が、肘で軽くつついてくる。まだ口の中にものはある、カラスは無言で頷くしかなかった。けれどもそれで、ノノや周囲の街人は喜んでいた。


「美味しいって!」

「気に入ってもらえてよかったねぇ」

「あっ、あとでみんなでジャムも作るんだ! 旅人さん、良かったら一緒に作らない?」


 気付けば周囲は、カラスを囲むようにして賑わっていた。あまりにも人が多いために、カラスは戸惑ってしまったものの、悪い気はしなかった。


 ――不思議な果物。


 咀嚼しながら、皿の上にまだある切れ端を見つめる。皮の赤色は、間近でみればひどくつやつやしていて、自然に出来たとは思えないほど美しかった。

 と、かりっ、と何かが歯に当たって、反射的に顔を顰めた。


「旅人さん、種は出さなきゃ」


 ノノに言われて思い出す。そうだ、種があったのだ。口元を隠しながら、皿に小さな種を戻す。真っ白な皿に、黒い粒のような種がいくつか、転がり出る。

 その種の形が奇妙で、カラスははたと、見つめてしまった。


 それはまるで、かつて別の街で見た「金平糖」と呼ばれるものに似ていた。ちくちくとした何か。といっても、鋭いわけではない。先の丸い角が、いくつも生えているかのような種。

 しかしその特徴的な形の種を、金平糖以外でも、見たことがあって。


「――この種」


 脳裏をよぎったのは、かつて読んだ薬草図鑑の一ページ。

 ――紫色の、紡錘形の実。中身は薄い桃色。しかし並んだ小さな種は、いま目の前にある種と全く同じ形。


 その果物の名前は。


「……これってもしかして、カルル・コの仲間なの?」


 はっとして、口元を押さえた。

 何故なら、その果物は、薬にもなる実ではあるけれども。


 ――同時に、毒となる実でもあるのだ。

 その実も、その花の花粉も――。


 ――皿の割れる音がした。それも間近で。

 何かが寄りかかってきて、カラスは片手でそれを支えた。


 ノノだった。力が入らなくなった手から皿が滑り落ちて割れて、それでも何とか立っていようと、カラスに寄りかかったのだった。


「ノノ!」


 片手で彼女を支えながら、カラスはゆっくりと座り込んだ。ノノはそのままくずおれる。

 ノノの息は乱れていた。先程まで元気そうに浮かべていた笑みは消え失せ、苦しそうな表情に変わっていた。目はまだぼんやりと開けている。


「しっかりしなさい、ノノ!」


 自身の皿を地面におけば、カラスは両手でノノを支えた。

 ノノの身体は熱かった。高熱を出しているようだった。


 一体どうしたんだと、周囲の人々がざわつく。と、少し離れたところでも、妙にざわつきはじめた。

 カラスが顔を上げて見据えれば、そこでも、体調を悪そうにした男が、座り込んでしまっていた。その顔は赤く、熱っぽい。咳をして、鼻もすすってる。やがてその男は、地面に横になってしまって。


 収穫祭に賑わっていた広場は、徐々に騒然とし始めた。あちこちで、人が倒れはじめていた。


「――カルル・コの実よ! 毒に当たったんだわ!」


 我に返って、カラスは叫んだ。

 しかし街人達は、何もわからないと言うように愕然としていた。


 ……ちっ、とカラスは舌打ちをした。


「ああもう! 知らないのね!」


 そうしてノノの小さな身体を背負えば、フードの下からかすかに白い髪がこぼれてしまうのも気にせず、人々に怒鳴った。


「この街の病院はどこ! 早く解毒しないと、命に関わるわよ!」

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