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星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第七話 尾の毒 ~カラスの物語~
34/98

第七話(02)


 * * *



 翌日、予定通り、カラスは交換屋へ向かった。質素な街にある交換屋らしく、目立ったものは多くなかった。あるものも多くはない。しかし交換屋の主は、カラスが店に入ってくるやいなや目を輝かせて、あれもこれも、といろいろおまけしてくれたのだった。それは申し訳なさを覚えるくらいに。


「あの……こんなにいっぱいあっても、私、荷物は少ない方がいいんだけど。それに……悪い気がするわ」


 だからこれは大丈夫、と、カウンターに出された本数冊をカラスが押せば、店主の若い男も押し返して。


「いやいや、持っていって財にしてくれよ! ないよりあった方がいいだろう? ……収穫祭の時期に旅人さんが来てくれたんだ、遠慮しないでくれ!」


 ――交換屋を出ても「収穫祭」という言葉が、街の至る所から聞こえてきた。


 来るときよりも増えてしまった荷物を背に、フードを目深に被ったカラスはあたりを見回す。街の人々は、皆、どこか忙しそうだった。ぽつぽつと街中にある樹――『紅玉星の実』と白い花をつけた樹の下に集まって、何か話している。それは街の中央、『星油の泉』がある広場でも同じだった。広場では、囲むようにあの樹が植えられている。それを見上げて心弾ませ話し合う人々もいれば、まさに「収穫祭」の準備をしているのだろう、ちょうど『星油の泉』の前で机を出して、簡単な店のようなものを造っている一団もいた。まさに、祭りを前にしているかのようだ。


 気まずくなって、広場を前にカラスは足を止めた――人が多すぎる。さっさと『星油の泉』で星油を補給して、宿屋に戻って旅立つ準備をする予定だったのだが。


 火の街灯に混じってある星油ランタンの街灯を見れば、白さは少し、黄みを帯びていた――昼を過ぎている。しまった。やること全てを終わらせて、昼にはここを出るつもりだったのに。交換屋で時間をとられすぎたのだ。背中を見れば、荷物の量も多い……整理するのにも時間がかかりそうだ。


 そして改めて見れば、『星油の泉』の前は賑わっている。

 人が多いところは、好きではなかった。思わずカラスは、フードを引っ張ってより目深に被っていた。人が多いと、自分の髪や目の色に気付く人間もいるかもしれない。そうなれば、騒ぎになるのはわかっていた。


 いくつか前に訪れた街でも、そうなったではないか。

 ――あれは完全に油断していた。人にぶつかられて、フードが外れてしまって。

 そして向けられたのは、畏怖の目。

 ……好きでこの見た目で生まれたわけではないのに。


 星油の補給は、明日にするか。今補給しても、今日ここを出るのは難しそうだ。全ての準備を終えるのは、夕方や夜になってしまう。しかし明日に回したところで、明日もこう賑わっていれば。


 ……いや、早朝なら、広場でも人はいないだろう。

 そう、人々を睨みながら、カラスが一人考えていると。


「収穫祭、明後日なんだよ!」

「……」


 ぱたぱたと隣に走ってきたのは、昨日窓から自分を見ていた少女、ノノだった。彼女は昨日のように目をきらきらとさせている。

 カラスは冷ややかに彼女を見つめた後に、小声で尋ねた。


「……あなた、ほかの人に私のこと、話してないでしょうね?」


 いまのところ、人々がひそひそと話しながら自分を見つめている様子はない。けれどももし、彼女がもう誰かに話してしまっていたら。

 尋ねればノノは、険しい顔をして自身の唇に人差し指を立てた。そして小声で返したのだった。


「話してないよ! ……内緒の話は、内緒だからね!」


 それが少し意外で、カラスは虚を突かれたような顔をしてしまった。

 この子はわりと「できる」子なのかもしれない――前にあった人々のように、自分の姿を見ても、悪い方向に騒がなかった。


 とはいえ、まだ幼いのだ。油断はできない。彼女が他人に話してしまうか、または他の人間に自分の姿を見られてしまう前に、街を出た方が賢いだろう。

 ところで、ちょうどよかったかもしれない。


「……収穫祭って、何なの? あの『紅玉星の実』とかいうのを収穫するお祭りなの?」


 至る所で耳にしていたものの、誰にも詳しいことを聞けなかった「収穫祭」。気にならないわけではなかったのだ。あの『紅玉星の実』というのも、初めて見る果物であるし。


「そうだよ! 旅人さん、知らないの? じゃあ、あたしが教えてあげる!」


 ノノは広場にある樹の、赤い実を指さした。


「収穫祭は、あの実をみんなで感謝しながら採って、食べるお祭りなの!」

「……何か特別な実なの?」

「うん……ママから聞いたんだけどね、十年前、旅人さんが種をこの街にくれて、それでみんなで植えたんだって」


 旅人からもらって植えた。つまり外から入ってきたものらしい。

 ノノは続ける。


「この街はね、旅人さんがなかなかこない街で、だから十年前にええと……他の街に、誰か行かなくちゃいけなかったんだって」

「――伝達役のことね」


 旅人が街と街の交流の要。存在を証明する役目。

 旅人がこなければ、街の誰かが隣街へ行き、まだ街があることを伝えたり、交換をしたり、人々とやりとりをしなくてはいけない。しなければ、街の存在は人々の中から消え去ってしまうから。


 けれども伝達役は危険だ。暗闇の中を歩かなくてはならない。

 それも、旅に慣れていない、街で生活していた者が。


「でも、その伝達役の人、迷子になっちゃって」


 珍しいことではない。そのままどこかで死に絶えるか、『暗闇』に呑まれて消える――伝達役だけではない、旅に慣れているはずの旅人も、時たま迎える終わりだった。

 しかしノノの話は終わらない。


「けど、その時に、たまたま他の街から、その伝達役の人が目指している街に行こうとしてた旅人さんに出会ってね! 伝達役の人は、その旅人さんと一緒になんとか隣街にたどり着いて、それだけじゃなくて、旅人さん、伝達役の人がこの街に帰ってくる時も、一緒に旅をしてくれたんだって!」


 それで、と彼女は再び赤い実を指さした。


「その時に……あの木の実の種をいっぱい街にくれたんだって。この街はね、もともと果物とかあんまりないし、他の街に比べて……樹とか草とか、あんまり育たなかったんだって。でも旅人さんがくれた種から出た芽はすくすく育って、一年で実をつけて……だからあの樹は大切な樹で、みんなあの旅人さんに感謝してるんだって!」


 だから旅人が妙に歓迎されているのか、とカラスは納得した。おまけに収穫祭の時期……この街にとって旅人とは「幸運」の象徴のようなものなのかもしれない。


「去年食べたけど……甘くておいしいんだぁ……今年も楽しみ!」


 ノノはうっとりと樹を見上げている。

 それにしても、とカラスも見上げる。


 ――どこかで見たことある気がする。


 やはり本だろうか。しかし、こうも綺麗な赤色の果物を、見た記憶がなかった。

 ……そもそも、本で見たというのなら、薬草や薬の材料になるものだろう。自分が読んでいた本は、そういったものだったのだから。


 似ているものを、見たのかもしれない。

 と。


「ねえ! 旅人さん! 旅人さんも、収穫祭で食べるんだよね? 一緒に食べようよ!」


 くいくいと、ノノがマントの裾を引っ張った。反射的にカラスがばっとマントを引っ張れば、裾は小さなノノの手から流れるように離れた。けれどもノノは微笑んでいる。


「収穫祭、明後日なんだよ! おいしいんだよ、あれ!」


 他の街では見たことのない果物だ。種はもちろん、日持ちする加工品がもらえれば、次の街での交換に役立つかもしれない。しかし。


「私、明日ここを出る予定なの」


 淡々と、カラスはノノを見ずに答えた。


「えっ? 収穫祭があるから、来たんじゃないの……?」


 ノノはひどく驚いて悲しそうな顔をするが、カラスは頭を横に振った。収穫祭なんて、この街に来てはじめて知ったのだ。


「長居するのは嫌いなの。収穫祭も、興味ないし」


 広場に背を向ければ、宿屋へと歩き出す。星油の補給は、やはり明日に。今日は荷物の整理をして、それで終わりにしよう。明日になったら、宿屋を後にして、街を出る際に星油を補給して……。


「そんなぁ……収穫祭があるから、来たんじゃないの……?」


 早足で歩き出したカラスを、ノノは慌てて追いかけてくる。


「……お姉さん、髪の毛きらきらで、お祭りだから星の人も来たって思ったのに」 

「……その話はしないで」


 カラスがより足を早めれば、ノノとの距離は開いていく。それでもノノは、駆け足で追ってきて。


「……もしかして、どこか目指して旅をしてるの? だから急いでるの?」

「――別に」


 その時だった。不意にノノが立ち止まり、大きなくしゃみをしたのは。

 あまりにも大きなくしゃみだったために、カラスも立ち止まって振り返ってしまった。ノノは鼻を押さえている。


「風邪をひいてるなら、収穫祭の日は出ちゃだめって、お母さんに言われるかもね」


 両手を広げて鼻で笑えば、ノノは眉を寄せていた。


「熱とかはないもん……風邪じゃないもん……」

「……まあ、家でおとなしくしていた方がいいわよ。収穫祭の日にひどくなっていたら嫌でしょ? お大事に」


 ひらひらと手を振れば、ノノはやがて、頷いて手を振り返してくれた。そして街道の人混みへと去っていく。


「……大した風邪じゃないと思うけど」


 呟いて、カラスも再び宿屋を目指し歩き出す。しかし。


 ――再び、大きなくしゃみ。

 痛そうなほどのくしゃみで、またノノかと振り返れば。


「おいおい、お前、大丈夫か? さっきもくしゃみしてたな……」

「大丈夫大丈夫、鼻血出るかと思ったけど」


 街道を歩いていた、二人組だった。くしゃみをした方であろう男は、鼻をすすった次にはせき込んでいる。


 ……そうして、ようやくカラスは気がついた。


 ――みんな風邪気味なの? この街は。


 よく見れば、街の人々は、くしゃみをしたり鼻をすすったり、せき込んでいた。流行病であるかのように、そう目立ってはいない。どの症状も、日常にとけ込んでいるように思えて、気がつけなかった。その上、熱を出してだるそうにしている人もいない。

 しかし確かに、見回せば、風邪のような症状を出している人が、多かった。


 だが……明日には旅立つ予定なのだ。

 関係は、ない。


 正面を見れば、カラスはフードを目深に被りなおした。宿屋に帰ったら何からやるべきか、考えながら足を動かす。


 ――けれども翌日、カラスは旅立たなかった。

 ただ『紅玉星の実』を見つめていた。そして明日の収穫祭に向けて準備する人々を、眺めていた。

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