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星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第六話 祈りの響き ~エピとデューゴの物語~
31/98

第六話(03)


 * * *



 静けさが街を包んでいる。街灯に混じってある星油の光は、絵の具で塗ったかのような黄色になっていた。


 すっかり夜の更けた街に、人の姿はない。一人くらい歩いていてもいいのではないかとエピは思ったものの、まるで皆示し合わせているかのように、街には誰の姿もなかった。何の影も動かない。街そのものが眠っていた。


 それでもエピが起きていたのは、あの屋敷が気になったからだった。

 窓辺、頬杖をついて、屋敷を見据える。風が吹けばカーテンがふわりと膨らんで揺れた。と、街に落ちている色濃い影もわずかに揺れて、どきりとしてしまうものの、それも風のせい。木々が揺れただけだった。


 屋敷の窓も揺れていた。ガラスが割れ、開け放たれた窓。ぱたぱたと音もなく、まるで手招きをしているように見える。


 ――幽霊と言えば、夜に出てくると聞いたことがあるけれども。もしかしたら。

 そう思ったからこそ、エピは眠れずに、こうして屋敷を眺めることにしたのだ。


 少し怖いけれども、幽霊が本当にいたのなら。

 聞いてみたいことは、いろいろと、あった。


 もし、その幽霊が、世界が真っ暗になる前に生きていた人間だったなら、と考えてしまえばなおさら。


 デューゴが起きていれば、何か言われたかもしれない。しかしそのデューゴはベッドで毛布にくるまって眠っている。眠る前までは、幽霊はいないよな、呪いなんてないよな、なんて怯えていたにもかかわらず。

 その時だった。


「……?」


 何か聞こえたような気がして、エピは窓の外に目を見張った。


 白い何かが、無人の街を飛んでいた。ぴぴ、と鳴いて、木々の緑の中へ。

 鳥だった。しかしその鳥は。


「……あっ」


 一度緑の中に姿を消してしまった白い小鳥。すぐにまた飛び出してきた。今度は複数羽。あたかも待ち合わせをしていたかのように、その白い小鳥達は群れて、真っ暗な空の高くに舞い上がって、旋回して、そして。


「……入ってっちゃった」


 割れた窓から器用に、あの屋敷の中へ。

 もう鳴き声は聞こえない。小鳥が外に出てくる様子もない。再び街の時は止まった。

 じっと、エピは屋敷の中の暗闇を見つめていた。


 ……動物は、人間が危険だとわからないところでも、危険だとわかることがある。

 逆を言えば、安全な場所は安全だとわかるのだ。

 ということは――いや、けれども――。


 食い入るように、屋敷を睨む。小鳥は未だに出てこない。まるで屋敷に食われてしまったかのようだ――それがもし、本当なら。


 そう思っていると、街道に人影一つが現れた。

 小柄で、白い人影だった。ふわふわと進んでいく。

 それこそ、幽霊のようだった。


 息を呑んで、エピは見つめていた。その白い影は一度建物の影に隠れて見えなくなってしまうものの、やがてあの屋敷の門の前に現れて、門をゆっくり音を立てないように開けたかと思えば、中へと姿を消していった。


 夢ではない。


「――デューゴくん! デューゴくん!」


 とっさにエピはデューゴを叩き起こした。激しく揺さぶれば「うう」と声が漏れてきた。


「……なんだよ、朝?」


 不機嫌そうにデューゴは金の目を開いた。そして更に不機嫌そうに。


「……まだ夜なんじゃないのか? 外、黄色い……」


 そこでエピは、はたと我に返った。


 いま、デューゴを起こす必要はなかったのでは?

 一人で静かに行けばよかったのでは?

 デューゴは怯えていたではないか。


「……」


 冷静になった果てに。


「……僕寝ぼけてたみたい」

「……はぁ?」


 エピは誤魔化した。作り笑いを浮かべて。けれどもその笑みが間違いだった。


「……いや、何かあんだろ」


 しばらくの静寂のあと、デューゴの寝ぼけ眼が、鋭くなった。


「ううん、何も」


 エピは繰り返したけれども、デューゴは睨んだまま。

 そして彼は全てを察し、顔を青くさせた。


「まさか……幽霊か……?」

「えっ? 違うよ……?」

「いやそうなんだろ?」


 デューゴは起き上がれば、乱れた髪をそのままに、身構えて辺りを見回した。


「何だ……今度は何なんだ……」


 怯えに目が大きく開かれている。だからエピは全部言ってしまった。


「ここじゃないよ、あのお屋敷に入っていくのを見たんだ」

「何?」


 ぎこちない動きで、デューゴは窓の外に視線を向けた。ぎゅっと毛布を握っている。ベッドからは、屋敷の屋根だけがぼんやりと見えた。

 デューゴが震え上がった。


「な、何でそのことを俺に言ったんだ……! どうしろっていうんだよ!」

「ごめん……だから何でもないって言ったんだけど」


 でも、とエピは続ける。


「でもね、あれ多分、幽霊じゃないよ! だからびっくりして起こそうと思っちゃって……」

「お前まだ誤魔化すのか!」


 小さな声でも、デューゴの声は激しかった。それでも弱々しく、


「……もう眠れねぇじゃねぇか……うう」

「大丈夫だよデューゴくん、あれ幽霊じゃないから」


 確かに、あれは幽霊ではなかった。そうあれは。


「呪いが何なのかはわからないけど……絶対に幽霊じゃなかったよ、人だったよ、人の姿だったもの」

「……いや、人が死んだら幽霊になるんだぞ、そりゃあ人っぽいだろ」

「そうじゃなくて……」


 つと、エピはベッドで怯えているデューゴに背を向けた。外に出られる格好に着替えて、帽子を被る。そして少し考えた後に、星油ランタンとマッチを持つ。


 屋敷の中は、どうも真っ暗のようだから、明かりが必要だった。


「……待て、どこに行くつもりだ?」


 準備を終えると、そろそろとデューゴがベッドの上を這ってきた。しかしエピは気にせず扉へと向かう。


「あのお屋敷に。絶対幽霊じゃないから、ちょっと見てくる」

「――いや待てって」


 ばっと、デューゴがベッドから降りた。


「余計なことはしないって、言っただろ、お前!」

「でも、幽霊じゃないし、多分呪いっていうのも……きっと何か違うんだと思う、だから、それを確かめに、こっそり」

「止めておけって!」


 それでもエピは、扉を開けて廊下へと出て行った。忍び足で廊下を進み、階段へ向かう。

 間違いなく、幽霊ではなかった。姿は人であったし、それに。


 ――幽霊だったのなら、果たして門を開ける必要があっただろうか。

 それも音を立てないように、そっと。

 と。


 ぎぃ、と音がしてエピは固まった。踏んだ床が鳴ったわけではない。背後から。

 幽霊はいない、そう思ったけれども、寒気が走る。


「――待てって! 頼む……」


 振り返れば、デューゴが扉をわずかに開けて廊下に出ていた――いまのは、扉を開けた音だったらしい。

 思っていたよりも自分が怯えていて、エピは妙な顔をしてしまった。しかしデューゴは気付かない様子で、


「……俺も行く。だからちょっと戻ってきてくれ」

「……行くの?」


 身を縮めているデューゴは、明らかに怯えている。そうであるのに、行くというのだろうか。

 デューゴは。


「幽霊じゃないって言うのなら……確かめなきゃ眠れないだろ! それに……頼むからそんな怖い話した後に一人にしないでくれ!」


 髪を結えば、赤い上着を羽織った。



 * * *



 屋敷の周囲の街灯は、皆避けて手入れしていないのか、明かりの灯っていないものが多く、そこだけ暗かった。その中でも屋敷は浮かぶようにあって、そこから先は別の空気があるかのように、門は堅く閉ざされていた。

 しかし門をよく見れば、錆の擦れた跡があった――誰かが出入りしている証拠だった。


「なあ……ほ、本当に、入るのか?」


 エピは門の前に立っていたものの、デューゴはまだ距離をとっていた。


「幽霊じゃないからね、だから一体誰なのか、見に行かないと」


 それでもエピは、門をそっと開けた。そして敷地内へ。数歩遅れて、まるで取り残されたくないと言わんばかりに、デューゴもついてくる。

 屋敷の扉は、ちょうど人一人が通れるほどに開いていた。中は暗い。


「ほ、本当に、行くのか?」


 再びデューゴが尋ねてくるが、エピは手際よく、星油ランタンに火を灯していた。それを見て、デューゴも渋々と持ってきた自分のランタンに火を入れるが、

 かたん、と、わずかな物音。暗闇の中から。


「ひぅ……っ!」


 びくついたデューゴが、マッチを落としそうになる。


「ゆ、幽霊か……?」

「幽霊じゃないよ。誰かがいて、何かしてるんだよ」


 颯爽とエピは中へと入っていく。星油の光が、荒れた辺りを照らし出す。


「ま、待ってくれよぉ……」


 情けない声を上げながらも、デューゴも続いた。

 屋敷の中は、埃っぽかった。蜘蛛の巣がところどころにあり、埃や外から入ってきたのだろう枯れ葉が隅に溜まっていた。割れた花瓶や、色あせた小物が転がっていて、朽ちた家具もくずおれたかのようにそこにあった。交換屋に持って行けば間違いなく価値がつくはずの本も転がっているが、誰にも触られず、埃に包まれている。そして抜けた床からは、挨拶するかのように緑が生えていた。


「暗い、なぁ……街の外みたいだ」


 デューゴがその緑を見つめながら言った。よくみると、その緑の中には小さな白い蕾が見える。


「でも変だ、なんで植物が育ってるんだ? おまけに蕾までついてる」

「……誰かが星油の光を当ててるんじゃないかな」


 星油の光は、植物の成長も促す。


「それに、多分水もあげてるんだよ」


 抜けた床の近く。じょうろがあった。埃は積もっていない。植物の周りも埃は薄かった。

 誰かが歩いて、道を作ったのだ。


「……上の階に続いてるぞ」


 デューゴから怯えた様子が消え失せた。冷静になってきたらしい。道を照らしながら歩いて、階段へとたどり着く。


「誰かがいたんだ……歩いて……」


 道に沿って、階段を上る。いまにも抜けてしまいそうな見た目だが、階段は音も立てなかった。エピも一緒に、階段を上る。そうして二階の床が見えたところで。


 揺れる白色――白のワンピース。

 それが、奥の部屋へ。ほのかに光が漏れているその場所へ入っていく。


 エピとデューゴは何も言わずに数秒止まって、そしてゆっくりと階段を上りきればその部屋へと向かっていった。わずかに開いていた扉を静かに開ければ、弱い光が溢れ出す。


 あっ、と声がした。慌てて立ち上がった音。ことん、と何かが落ちた音。

 そしていくつもの羽ばたき。ぴぴぴという鳴き声。混じるぴゅるぴゅるというさえずり。


「幽霊……じゃない……」


 デューゴが唖然と星油ランタンを下げた。


「だから言ったでしょ」


 そんなデューゴをエピは見て、そして改めて正面へ向けば、


「えっと……君が、幽霊って言われてる子? ここで、何してるの?」


 緊張した顔で立っている白いワンピースの少女に、問いかけた。


 ――その少女の足下で、また、ぴぴぴと悲鳴のような声が上がる。

 鳥の巣があった。雛鳥達が少女を見上げていた。


 部屋の中をよく見れば、家具の上や窓枠の上に、あの白い鳥達の姿があった。


「……来ちゃったね、旅人さん。あのくらい怖がらせておけば、大丈夫だと思ったんだけど」


 やがて少女は溜息を吐いた。


「街の人達には内緒にしてくれる? 私のことと、この子達のこと」

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