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星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第六話 祈りの響き ~エピとデューゴの物語~
29/98

第六話(01)

 噂通り、どうやらこの街には、幽霊と会話ができる人間がいるらしい。

 幽霊! つまり死者だ。死者と会話ができるなんて!


 一体誰と話したいのか、と聞かれたために、私はもちろん、青空があった頃の人々と答えた。けれども、そう言ったら、幽霊と会話ができるという人物の使いの者は、困った顔をしてしまった。死んだ恋人とか、兄弟とか、友人ではないのか、と。


 だが私が会いたいのは、青空があった頃の人々だ。その頃の世界について知りたいのだ。


 使いの者は、少し悩んだ末に、その時代の人々は古すぎて会えないかも、と言っていた。その代わりに、あなたのそばについてまわっている彼、もしくは彼女となら、会話はできる、と。使いの者は、会話はできないものの「見る」ことはできるらしい。あなたの周りで亡くなった人は、と聞かれた。あなたについてまわっているのは、その人だ、と。


 しかし私の周りで死んだ人間なんていない。恨みでも買ったのだろうか、と思ったものの、使いのものが言うには、その幽霊は間違いなく私にとって親しい人らしい……が、そんな死者に心当たりはない。


 なのに使いの者は必死に誰なのか、私に聞いてくる……いや、私の方こそ知りたい。それならいっそのこと、幽霊と会話ができる人間に、彼だか彼女だかわからないけれども、この幽霊の正体を聞こうじゃないか。


 そう言ったら、使いの者は首を横に振って、都合の悪そうな顔をした。どうしたのだろうか。


【ある研究者の手記より】



 * * *



 その街は、大きな街だった。


「賑やかな街だな」


 大通りを歩いていると、デューゴがそう言った。大通りには人が多く行き交っていた。並ぶ店も様々で、色とりどりだった。


 いままで見てきた街の中では、確かに賑わっている方だった。並んだ街灯が、温かく街を照らしている。

 エピもデューゴと歩きながら、街並みを眺めていた。そうして珍しいものを探しながら、宿屋を探していたけれども。


「……?」


 ふと気がついて、足が止まった。少しして、デューゴがエピに気付いて振り返る。


「宿屋、見つけたか?」

「……ううん、そうじゃないんだけど」


 辺りを見回す。辺りの人々を。

 どうも、皆が変だった。

 それは、街がこんなにも明るく、温かいにもかかわらず、


「……何か、暗いと思って」


 人々は笑みを浮かべているが、どことなく暗い。心の奥底からの笑みではないから、というよりも――何かに怯えているようで。


「そうか?」


 デューゴが首を傾げて辺りを見回す。その時だった。


「――この街は呪われてるからねぇ」


 不意に声をかけられ、二人はびくりと振り返った。

 そこにいたのは、柔和な笑みを浮かべた老婆だった。老いて顔には皺が多いものの、どこかかわいらしく、純粋そうな老婆。


 だがその言葉は、意味不明で、それでも間違いなく不吉。


「旅人さん、ここからは、早く出た方がいいですよ。この街は、みんな呪われていますから」


 エピはきょとんとするほかなく、デューゴも怪訝な顔をするしかなかった。と、まるでその瞬間が夢だったかのように、老婆は。


「ああ、宿屋はねぇ、この通りを進んで、青い屋根の織物屋のある角を曲がった先にありますよ」


 指でさして教える。そして「それじゃあ」と、老婆は賑わいの中へと消えていった。

 エピとデューゴは、呼び止めることもできなかった。ただ見合って首を傾げ、仕方なく、教えてもらった宿屋へと向かうしかなかった。



 * * *



「それじゃあ、この部屋を使ってくれ」


 宿屋に着いて、エピとデューゴは三階の部屋に案内された。


「行き来は面倒かもしれないけど、景色はいい部屋だよ」


 宿屋の若い主は、そう言って窓を開けた。窓の外には、穏やかな街の風景が広がっていた。


「うわぁ……きれいですね」


 窓辺へ寄れば、エピは少し身を乗り出して外を眺めた。デューゴも荷物を置きながら、視線を外へ向ける。


 窓の外には、まるでおもちゃのような街の風景が広がっていた。今までの街に比べて、緑が多く思える街。街そのものが大きいためだろうか。小鳥の一家が、窓の外を横切った。

 宿屋の主は続ける。


「食事の時間は、さっき話したとおりだよ。あと、街の地図が必要なら、下であげてるから、もしいるんだったら来てくれ。この街は大きいからね、旅人さんには、地図をあげているんだ」


 主も窓辺へやってくれば、街を眺めた。


「それに、この街には、見てもらいたいものも多いからね。歴史館や植物園、まだ青空があった頃から残っているっていう建物……」


 ああ、それよりも、と、彼は。


「あれが『星油の泉』だよ。あの白い奴さ。周りに大きい建物があるから、ちょっとわかりにくいかもしれないけど……でも、街の中央にあるから、行くのに迷子にはならないと思うよ」


 そこでエピは気がついて、窓の外を指さした。


「あれは何ですか? 『星油の泉』のすぐ横にある、あの大きな家……」


 それは、屋敷と言っていい大きさの家だった。古びた門は、ここからでも錆びているのだとわかった。元は美しかったのであろう屋敷だが、外壁はすっかり汚れ、一部は蔦に覆われてしまっている。そこだけを見れば、まるで繊細な飾りのようだが、窓は割れていて、中にまで蔦は侵入していた。ほかにも割れた窓があって、よく目を凝らして中を見つめれば、ぼろぼろになったテーブルや、脚が折れ倒れた椅子が見えた。


 美しい街の中で、その屋敷だけは別のもののようだった。

 明らかに誰も住んでいないとわかる廃屋。周りの家はきれいに整えられているにもかかわらず。


「ほんとだ、空き家か? いい家なのに」


 デューゴもエピと並んで、窓から少し身を乗り出した。目を細める。


「……なんか、変な家だな。いや、ちゃんとしたら、すごくいい家だと思うけど」


 よく見れば、屋敷の前の道に、人の影はなかった。すぐ近くの大通りや広場、『星油の泉』の周囲は賑わっているものの。


「――あれには、近づかないほうがいいよ」


 と。


「呪われてるからね」


 宿屋の主の声が。

 エピとデューゴが振り返れば、彼は神妙な顔をしていた。けれどもすぐに、微笑みを取り戻した。それでも。


「旅人さん、この街には見てもらいたいものがいっぱいあるけど……長居はおすすめしないよ。この街は、呪われているからね」


 また呪いの話だ。


「呪いって、何ですか?」


 エピが尋ねたが、宿屋の主は忌み嫌うように答えてはくれなかった。微笑んだまま頭を横に振れば「それじゃあ、また何かあったら、下に来てくれ」と部屋から出ていってしまった。

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