表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第五話 恋文の行方 ~デューゴとエピの物語~
28/98

第五話(04)


 * * *



 ロミウの隣人の家を飛び出したその足で、デューゴはまっすぐに宿屋へと帰ってきた。あのリェッタの手紙を握りしめたまま。部屋まで戻ってくれば、溜息をついて椅子に腰を下ろし、その手紙をしばらく見つめていた。


 返事を書いてほしい、と言われた。

 ロミウが死んでいることを知られないために。リェッタを落ち込ませないために。

 ――あのリェッタの顔が、瞼の裏に焼きついて離れない。


 ……長いこと、デューゴは手紙を前に、机で頬杖をついていた。ちらりとエピを見れば、もう一つの机の方で、何か手記を綴っている。先程のことを書いているのだろうか。その手記を見れば、いままで書いてきたであろうページの量は多い。半分以上、すでに記録を綴っているらしかった。


 手紙。届けるのも、旅人の役目。思いを運ぶのも、旅人の役目。

 手紙が渡せないなんて。


 ――初めての手紙だったのだ。

 けれども。


 ――確かにあの男が言ったとおり、返事を書くことは、できる。

 その上、いままでそうしてきたとも言っていたし。


 だが。それは。


「……」


 手紙の破れ目からは、中身が見える。折り畳まれて何が綴られているのかわからないものの、少し引っ張れば、見えてしまうであろう、リェッタの想い。


 ――この想いに答えられる人物は、もういない。

 しかし。


 ……デューゴはついに、その中身へ手を伸ばした。指で摘んで、だがそこまで来て、引き出すことはできなくて。

 悩んだ果てに。


「――なあ、お前なら、どうする?」


 顔を上げて、エピへと尋ねた。

 エピはしばらくの間、手記から顔を上げなかった。ペンを手放そうとしなかった。けれども尋ねられた瞬間、ぴたりとその筆が止まり、それでもさらさらと何か書き続けたかと思えば、ようやく顔を上げてくれた。


「デューゴくんはどうしたいの?」


 逆に聞き返された。

 どうしたらいいのかわからないから、尋ねたというのに。


 思わずデューゴは顔を顰めた。だがつと、破れた手紙と、向かい合う。

 ――自分は。


「……悪いことしたなって、思ってるんだ」


 手紙をこんな姿にして。性格の悪いことに、ロミウがいないと知ってほっとしたことにも対して。

 だから、もし、リェッタが返事を待っているというのなら。


「――でも、嘘になっちゃうよ?」


 と、その思考を遮るように、エピは声を上げた。


「確かにリェッタさん、かわいそうだけど……嘘を吐くのも、かわいそうだと思うよ」

「……じゃあお前は、書くなって言うんだな?」

「ちょっと違うよ。『僕なら書かない』って言ってるの……僕なら、もうその手紙のことは忘れる。だって、受け取ってくれる人がいないんだもの。だから……捨てちゃう。変に持ったまま、どこかで死んじゃうのも、そのあと手紙がどうなるかわからないし……」


 エピは手記を閉じれば、火のついていない星油ランタンへと手を伸ばした。手入れを始める。まだこの街を旅立つには、日数があるものの、次の旅のために。


「……僕も何度か、手紙を届けられなかったことはあるよ。だからといって、どうにかしようとするのはね、大変なんだよ。デューゴくん、手紙って気持ちだから、重いものなんだよ。いつまでも背負うには重いんだ……だから、僕なら、捨てちゃう」

「……結構ひどい奴だな、お前」


 思わずデューゴはそう言ってしまった。するとエピは、笑いもせずに、


「旅をするって、そういうことなんだと思う」


 そう言われてしまえば、デューゴはもう、何も言えなかった。

 机の上にある、エピの手記。彼は、間違いなく長いこと旅をしているのだから。


 ……しかし彼は彼で、自分は自分だ。

 深く溜息を吐く。そうですか、とは、簡単に言えない。


「でも、その手紙は僕じゃなくて、デューゴくんに託されたものだからね」


 そこでエピは、わずかに微笑んだ。


「デューゴくんが自分で考えたらいいと思うよ。僕はああ言ったけど、君は僕じゃないんだから」


 結局、自分だけで、決着をつけるしかないようだ。

 また改めて、デューゴは手紙と向き合う。エピはといえば、ランタンの手入れに集中しはじめていた。


 手紙を見つめれば見つめるほど、リェッタの顔が思い浮かぶ。

 手紙を預かった責任。気持ちを預かった責任。

 どうしたいかと言えば。


 ――誰かを、喜ばせたかった。

 ――誰かの役に、立ちたかった。


 ……それならば。

 ――破れた手紙を、封筒から、抜き取る。


 まだ開かない。中身は見えない。想いは見えない。

 ロミウにあてた想い。けれどもロミウはもういない。死んだ。


 それでも返事を待つリェッタのために。

 ロミウは死んだのだから。届けてくれと言われた相手は、いないのだから。

 いないのだから――。


 その時だった。


「……ああ、そうか」


 思わず、デューゴは言葉を漏らした。それはエピにも聞こえていない声だった。


 ――届けてくれと、言われたのだった。


 我に返る。この想いを、ロミウに届けてくれと、頼まれたのだった。

 ……難しく考えすぎていた。


「――ちょっと行ってくる!」


 もやもやしていた頭の中が、一気に晴れたような気がした。その勢いに押されるように、デューゴは手紙を手に立ち上がったかと思えば、部屋を飛び出した。エピが驚いたように顔を上げるものの、デューゴは急ぎ足で、部屋を出ていく。


 もしここでロミウの代わりに返事を書いたとしても。

 ――死んだロミウは、悲しむかもしれない。


 しかし思いついたのだ。

 ――きっと、二人の想いを繋ぐことができる、方法を。


 そして思い出したのだ。

 ――一体自分が、何を頼まれたのか。


「――ああ、宿屋のおっさん!  ちょっと!」


 玄関まで走って、デューゴはそこで宿屋の主の姿を捉えた。声をかければ、彼は驚いたように振り返ったが、デューゴは構わず続けた。


「どこにあるか、聞きたい場所があるんだ――」



 * * *



 星油ランタンの手入れを終えたエピは、再び手記に向かっていた。ペンを滑らせる。文字を綴る。けれども時折窓の外を見つめる。もう夜になっていた。外の星油ランタンの街灯は黄色に染まっている。


 部屋を飛び出したデューゴは、まだ戻ってきていなかった。そのことを考えて、また一文を、手記に綴る。

 少し不安に思っていた。だが。


 ――ばたん、と音がした。扉の閉まる音。


「……あ、デューゴくん」


 エピが振り返れば、扉の前に、デューゴがいた。


「どうしたの、急に飛び出したから、びっくりしちゃったよ……帰ってくるのも、遅かったし」


 安心にエピは表情を和らげたものの、ふと、真顔に戻る。

 デューゴを見れば、その手には何もなかった。

 あの破いてしまった手紙を持って、飛び出したにもかかわらず。


「……手紙は、どうしたの?」


 尋ねれば――デューゴは笑った。


「墓に置いてきた」

「……墓?」


 一瞬、何を言われているのかわからなくて、エピは首を傾げてしまった。

 けれども。


「――ああ、そっか」


 ――デューゴは。

 頼み事を、無事にやり遂げたのだ。


「ロミウさんのお墓に、置いてきたんだね?」

「ああ……多分それが、本当にやるべき事だと思ってな」


 デューゴはベッドへと腰を下ろせば、また笑った。


「これが、本来頼まれた事だったんだ。深く考えすぎてた……俺のやることは、手紙を届けること。そうだろ? これが……多分リェッタも、それにロミウも納得する方法だ……」


 だがデューゴはふと表情を曇らせた。


「……もしかすると、これからもリェッタはロミウに手紙を出すかもしれないけどな。それで他の旅人は返事を書いて……リェッタはこのまま、ロミウが死んでることを知らないままかもしれない……だから、俺が教えるべきだったのかもしれない」


 それでも、デューゴは。


「でも……悪いけど、俺にはそんなことできないし……まあ、世の中、知らない方がいいこともある。多分これは、その一つ……だと信じたい」

「そう、かもね」


 エピもただ曖昧に微笑んだ。だが。


「……でも、君はちゃんとロミウさんへの手紙を、ロミウさんに届けたんだね。きっと、リェッタさんの想いは、ロミウさんに届いてるよ! 君が返事を書いちゃうと……ロミウさんは手紙を読めなかったからね」


 きっと、想いは届いただろう。

 エピは深く溜息を吐いて、手記を閉じた。


 ――どうなるかと、思っていたけれども。

 デューゴを見据える。

 やがて、エピは椅子から立ち上がった。


「デューゴくん、さっき宿屋の人が来てね、もう夕食、できてるんだって。僕、もう少し君が帰ってくるの遅かったら、一人でいこうかと思ってたんだ」

「ん? なんだ、待たせて悪かったな、一人で行っても、よかったのに」

「君があの手紙をどうするのか、気になってね……じゃあ、一緒に食堂行こう、冷めちゃう前に、食べに行こう」


 そうして二人は部屋を出ていった。

 この場所に、もうリェッタの想いはない。



【第五話 恋文の行方 終】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ