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星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第五話 恋文の行方 ~デューゴとエピの物語~
27/98

第五話(03)


 * * *



 宿屋の主に教えてもらった家は、街の端の方にあった。


「あの家だな!」


 デューゴが指さしたその家は、柵に囲まれた小さくてかわいらしい家だった。煙突からは、もくもくと煙が出ている。

 と、デューゴは足を止めた――その家の庭に、老婆の姿があったからだ。庭の掃除をしているらしい。


「……あの人、ロミウさんの家の人かな?」


 デューゴについてきていたエピが首を傾げる。デューゴは、


「宿屋のおっさんに教えてもらったのはあの家で間違いなさそうだし……声かけてみるか」

 そう再び進み出すと、柵の向こうにいる老婆へ「すみません!」と声をかけた。

 石畳のある庭を掃いていた老婆は、すぐには振り返らなかった。


「――すみません!」


 聞こえなかったのだろうか、と、デューゴは再び声をかける。

 ようやく老婆は振り返って、デューゴとエピを認めれば、やっと自分が呼ばれているのだと気がついたようだった。老婆はゆっくりと歩いてくるが、


「……何だいあんた達は。旅人かい?」


 笑顔は浮かべなかった。まるで掃除を中断されて苛立っているようだった。


「はい、旅人です。掃除中に、すみません。聞きたいことがあって」


 デューゴは怯まず尋ねる。家を指さした。


「ロミウさんという人を探してて、この家に住んでると聞いたんですけど……ロミウさんは、いますか?」

「ロミウ?」


 その名前を口にしたとたん、老婆の表情に、はっきりと苛立ちが現れた。苛立ちと――どこかやるせなさを帯びた顔。


「あんた達、ロミウに会いに来たのかい?」

「……ロミウさん、いないんですか?」


 エピが一歩前に出る。老婆はふんと鼻をならし、手にした箒で軽く石畳を突いた。


「いないよ。あの子は二年前に死んだよ! 病気でね……全く、嫌な話をさせるんじゃないよ……」


 ――二年前に死んだ?


 デューゴは首を傾げることもできなかった。手紙を預けてくれたリェッタは、まるで今でもロミウが生きているような素振りだったではないか。


 ……いや、リェッタは知らなかったのだろうか。

 しかし老婆が言うには、ロミウは二年前に死んでいるらしい。それならば、リェッタが知っていても、あるいは気付いていてもおかしくはない。


 手紙を破いてしまったことを、謝りたかったのに。


「……死んだって」


 手にしていた手紙が、抜け落ちそうになる。


「用があったのなら残念だけど……帰りな」


 老婆はあたかも、もう話すことはないというように二人に背を向けた。だが。


「――ちょっとお待ち。あんたが握ってるその手紙……」


 老婆がデューゴの握る手紙に気がついた。二度見するかのように、向き直る。


「まさか……あの隣街のリェッタからの手紙じゃないだろうね?」

「――そうです!」


 瞬間、デューゴは顔を輝かせて上げた。

 だが、老婆は――ひどく機嫌を損ねたように、溜息を吐いたのだった。


「またあの小娘からか! あんた達、あいつに手紙を届けるように頼まれてここまで来たんだね? 全く……」


 そしてずい、と寄れば。


「そんな手紙、さっさと捨ててくれ! ロミウはもういないんだし、あんな正体のわからない小娘からの手紙だなんて……」

「……え?」


 デューゴは度肝を抜かれてしまった。隣に並ぶエピも、言葉を失っていた。

 老婆は一人、怒っていた。


「全く……ロミウもロミウだよ。ずっと病気だったのに、正体のよくわからない女と文通するようになって……病気なのに、手紙をもらえば何日も夜更かししてその手紙を読んだり返事を考えたりして、元気になったら会いに行くなんて言って……病気が治らないとわかれば、無理矢理にでも行こうとして! そんなことを考えて大人しくしてないから、寿命が縮んだんだよ……!」


 果てに老婆は、きっ、とデューゴを睨んだ。


「そんな手紙、いらないよ! 捨てておくれ!」


 デューゴは唖然としてしまった。と、老婆はさらに気付いた。


「……おや、その手紙、破けてるね。もしかして、あんたが破いてくれたのかい? ……ありがとうね。さあ、そのゴミは捨てておくれ!」


 ――そうして老婆は、家の中へと入っていってしまった。ばたん、と扉の閉まった大きな音は、老婆の怒鳴り声のように大きかった。


 デューゴは、ただ、その扉を見つめていた。

 どうしたらいいのか、わからなかったのだ。


「……デューゴくん、大丈夫?」


 しばらくの時間が過ぎた。老婆は二度と家から出てこなかった。手紙を届けるべき人であったロミウも、もちろん現れない。静かな時間だけが過ぎていき、やがてエピが口を開いた。


「……帰ろう」


 そう、小さな声で、エピはデューゴの服の裾をくいと引っ張った。それでデューゴはやっと我に返った。


「そう、だな」


 破れた手紙は、まだ手の中にあった。ただ、視線を地面に落とす。

 いまの気持ちを、どう言い表したらいいのか、わからなかった。


 老婆にああ言われたこと、リェッタの頼みを果たせられなかったこと。そのことにやるせなさをもちろん感じたものの――妙な安心感もあったのだ。

 その安心感を覚えている自分に、腹が立つ。一人、顔をしかめる。

 ――大切な手紙を破いてしまった。そのことには、変わりないのだ。


 と。


「……」


 ゆっくりとロミウの家を離れようとしていく中、不意に、デューゴの先を歩くエピが立ち止まった。あまりにも急だったために、デューゴはその背にぶつかりそうになるが、寸前で立ち止まる。


 一体どうしたのだろうか、と青い帽子を見下ろせば、エピは何かを見ていた。

 視線の先にあったのは、ロミウの住んでいた家の、隣にある家。その玄関先。


 男が一人、そっと扉を開いて、二人を見ていた。まるで子供が人見知りをするかのように。しかし彼は、黙ったまま、手招きをする。


 二人はすぐには動かなかった。顔を見合わせて、やがてその男に案内され、家の中へと入っていった。



 * * *



「やあ、大変だったね。あのばあさん、昔から気が短いというかなんというか……」


 その男は、家に招いたエピとデューゴに、茶を淹れてくれた。それだけではなく、クッキーまでも出してくれた。


「ありがとうございます。びっくりしました……」


 エピはそう、クッキーに手をつける。だがデューゴはクッキーにも、茶にも手を伸ばさない。テーブルに置いた破けた手紙を、釈然としないような顔で見下ろしていた。


 リェッタについて考えていた。

 彼女は、ロミウが死んだことなんて、少しも知らないようだった。だからこうして手紙を預けてきた。


 けれども、妙なのだ。

 老婆は言っていた、ロミウは二年前に死んだ、と。それならば。


 ――老婆のあの様子から、二人はよく文通をしていたらしいが、死んだのなら、返事が来ないはずだ。それでリェッタは、ロミウに何かあったと察することができるはずだ。

 だが――。


「それ、リェッタさんからの手紙だよね? ……ごめん、話、聞いてたんだ」


 と、男が少しおどおどした様子で、ふと、手紙を指さす。


「……あ、ああ、そうだけど」


 すると男は目を輝かせた。


「やっぱり君達も、リェッタさんに頼まれて来た人達だったんだね! リェッタさんには、ロミウが死んだこと、まだばれてなかったんだ、よかったなぁ……」


 ――ばれてない?


 ぎょっとして、デューゴは男を見据えた。

 もしかすると。やはり、何かあるのだろうか。

 デューゴの隣のエピは、首を傾げていた。


「……ばれてないって、何ですか?」


 エピが尋ねれば、男はまたおどおどとし始める。それはまるで恥ずかしがるかのようで――あたかも、好きな子を前にした子供を彷彿させた。


「あの、頼みごとがあるんです!」


 男はエピの問いには答えず、声を上げた。そして見たのは、デューゴだった。


「……ロミウさんの代わりに、リェッタさんに手紙を書いてもらえませんか!」

「……は?」


 代わりに手紙を、書く。

 あまりにも突然で突飛な頼みに、デューゴは口を開けてしまった。一体この男は、何を言い出すのだろうか。


 つまり――なりすませと言うことだろうか。

 男は続ける。


「かわいそうじゃないですか! リェッタさん……昔ロミウから聞きましたけど、リェッタさんも長い間病気なんでしょう? もしロミウが死んでいると知ったら……だから僕、いつも頼んでるんです、リェッタさんの手紙を届けに来た人に、返事を書いてもらうのを!」


 彼はまるで正義に燃えているかのように、目を輝かせていた。

 その輝きは、異様で。


「でもそれ、嘘吐きじゃないですか?」


 ぱっと切り出したのはエピだった。表情を変えないまま、エピは男を見据えていた。


「確かに本当のことを知ったら、リェッタさんはショックを受けるかもしれないけど……それはよくないことなんじゃないですか?」

「だいたい、代わりに返事を書けってなぁ……」


 デューゴも溜息を吐いた。


 ――それでも、リェッタが不憫に思える。手紙を破いてしまったせいもあって。


 手紙を持ってきた時のリェッタの姿を思い出してしまう。必死に考えて書いたという手紙。嬉しそうなその笑顔。寝間着で外に立っていたが、長い間病気だといういまの男の言葉から考え得るに、もしかすると普段は横になっているのかもしれない。


 心の支え、なのかもしれない。


 しかし、だ。

 そんなことをしても、いいのだろうか。


「……なんかお前、変だな」


 そこでデューゴは、男が顔を少し赤らめていることに気付いた。だから。


「そんなに言うなら、お前が書けよ……俺には、ちょっと」

「い、いや! 僕が書くなんて……手紙を預かったのは、旅人さんでしょ? だったら、責任持って返事を書くべきだよ! 書いた手紙は僕が預かる、それで隣街に行く人があれば、渡すから……」


 責任。

 その言葉に、デューゴは眉を顰めてしまった。

 けれども、決して男に腹を立てたからではなかった。


 破いてしまった手紙を、見下ろす。返事を待っているのであろうリェッタの姿が、思い浮かぶ。

 騙しているようではないか。


 ――しかしリェッタに頼まれたのだ。ロミウに手紙を渡してくれ、と。


「……ったく」


 果てにデューゴは二つに破けた手紙をまとめると、椅子から立ち上がった。それを見て、慌ててエピも立ち上がる。家の主である男も立ち上がるが、デューゴは振り返らず、


「ごちそうさま……一度帰らせてもらう」

「……返事! 書いたなら、持ってきてね!」


 その声にも、デューゴは振り返らない。


「デューゴくん」


 エピが戸惑ったように名前を呼んだ。しかしデューゴは溜息を吐くと、扉を開けて外へと出ていった。

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