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星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第五話 恋文の行方 ~デューゴとエピの物語~
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第五話(02)


 * * *



「じゃあ、その手紙はデューゴくんにとって、初めてのお使いだね!」


 あの街を離れて数日。その日は、次の街に着く予定の日。

 暗闇の先にまだ光は見えてこないものの、思い出したようにデューゴが手紙を預かった話をすると、エピはそう言った。


「初めてのお使いって……ガキじゃねぇんだぞ、俺は」


 デューゴはエピの言葉に眉を顰めた。けれども隣を歩くエピは、


「でも、これからそういうこと、多いと思うよ。僕も手紙を預かったり、物を預かったりすること、今まで何回もあったから……」

「まあ……それが旅人の役目の一つらしいからなぁ」


 旅人は、人と人を、そして街と街を繋ぐ――そう考えると、デューゴは少し不思議な気がした。

 その使命感に不安はなかった。むしろ心地良さをデューゴは覚えていた。

 すると、不意にエピは神妙な顔をした。


「あ、けどね、デューゴくん……そんなに気張らなくてもいいからね」


 自然とそんな顔をしていたのだろうか、とデューゴがエピを見れば、エピはわずかに首を傾げて続けた。


「……時々、色々事情があって、届けられないこともあるんだ」

「色々事情があるって?」


 エピは、少しだけ間を置いて答える。


「……隣街って言っても、暗闇の向こうにあるでしょ。だから……その街がどうなってるのか、その人がどうなってるか、差し出した人もわからない時もあって……」


 それ以上を、エピは言わなかった。デューゴはよくわからず、首を傾げるほかなかった。

 けれども、その時、先の暗闇に光が見えてきたのだ。


「あっ……街が見えてきたね。よかった……」


 エピは先の光を見据えて、安心したように溜息を吐く。

 デューゴもその光をしっかりと見据えた――確かに街だった。暗闇の中に、浮かぶようにして輝いている。


 ――あの街に、手紙の受取人が。

 そう思えば、いてもたってもいられなくなった。

 なにせ、初めて手紙を預かったのだ。初めて旅人として、何かを成し遂げようとしているのだ。


「……これ、ちょっと持っててくれないか」


 手にしていた星油ランタンの杖を、エピに差し出す。「どうしたの?」とエピは杖を預かってくれるが、デューゴは答えないまま、自身のリュックを正面に回して手を突っ込んだ。


 少しして取り出したのは、リェッタから預かった手紙だった。


「それが預かった手紙?」


 エピが覗き込むようにして手紙を見てくる。だからデューゴは頷いた。


「……よし、ちゃんとあるな」


 それを確認したかったのだ。

 白い封筒には、汚れもしわも一つもない。気をつけていたのだ、これは人から預かったものなのだから。


 もう街は見えた。あとは街に着いて、言われた人に届けるだけ。

 ――そう、気が緩んだのが、原因だったのだろう。


「――うわっ」


 唐突に、デューゴは何かに躓いた。そして前のめりに倒れてしまう。

 大切な手紙は、強く握ったまま。


 ――乾いた悲鳴のような音が聞こえた。


「デューゴくん! ……大丈夫?」


 エピが慌てて屈みこんだ。前のめりに転んだデューゴは、手をついてゆっくりと身体を起こす。


「いって……」


 足元を見れば、石が転がっていた。これに躓いたらしい。


「ちゃんと気をつけて歩かないと……怪我は、ないね?」


 エピは、デューゴが身体を起こしたのを見て、溜息を吐いて立ち上がった。

 デューゴが身体を見れば、どこも怪我はしていないし、服も破れていない。少し汚れただけだった。


 だが。


「――ああっ……!」


 土がついた手。その手に手紙はどこにもなく――地面にくしゃくしゃになって落ちていた。転んだ時に、思わず握った、その時にやってしまったのだろう。

 しかしそれだけではなかった。


「――破けちゃったね……」


 エピも気付いて、地面を見下ろした。手にしているデューゴの杖のランタンを、そっと下ろしてそれを照らす。


 ――その通り、手紙は真っ二つに破けてしまっていた。



 * * *



 それからしばらく時間が経って、エピとデューゴは街に着き、宿屋に入った。


 普段ならば旅の疲れをとるために、宿屋に着いたら二人ともしばらく何もせずに過ごすようにしていた。けれども今回は違った。


「……どうしよう」


 椅子に腰を下ろしたデューゴは、机の上の破けた手紙を、深刻な顔をして見つめていた。無残にも、破けてしまった手紙――この手紙を預かった際に、慌ててやって来たリェッタの顔を思い出してしまった。時間をかけて書いたという、手紙。


 事故とはいえ、それを破いてしまったのだ。

 事故とはいえ、自分の不注意のせいなのだ。


「……どうしようもないよ」


 ベッドに座り込んで手記を書いていたエピは言う。と、ぽん、と閉じてベッドから降りた。


「素直に言うしかないよ……大丈夫だよ、悪気があって破いたわけじゃないし。受け取ってくれる人も、わかってくれるって」

「……って言ってもなぁ」


 デューゴは、怒られるのが怖いわけではなかった。

 ――ちゃんと届けようと思った手紙。それを破いてしまった自分が、嫌だったのだ。

 だが、エピの言う通り、こうなっては仕方がない。破けたものはもとに戻せない。


「何て人に渡すんだっけ? 僕も行くよ。大丈夫、きっとわかってくれるよ……暗闇の中の旅なんて、何があるかわからないんだし……とにかく、渡すことが、仕事だよ」

「――そうだな。もう、どうしようもないし、な」


 そうして二人は、簡単に身支度を済ませると、部屋を出て宿屋の主人のもとへと向かった。宿屋の主人は、ちょうど、玄関の掃除をしているところだった。


「……すみません、ご主人」


 エピに背を軽く押され、我に返ったようにデューゴは宿屋の主人に声をかけた。男の宿屋の主人は、はたきをかけていた手を止めた。


「やあ、どうかしました? あ、今日来たばかりですから、街についてですか?」

「あー、そう……あ、いや、ちょっとこの街に住んでるっていう、人を探してて」


 そう言って、デューゴは破けた手紙に書かれている名前を読む。二つに割かれてしまった、その名前を。


「――ロミウって人を、知ってますか?」


 ロミウ……手紙の差出人、寝間着姿の女性リェッタもそう言っていた。ロミウに届けてほしい、と。


「……ロミウ?」


 すると、途端に宿屋の主人が何故か表情を曇らせた。そしてデューゴが手にしている手紙を見て、


「――そうか、君達も、ロミウへの手紙を預かって来たのか……」


 ――君達も。


 まるでまたか、という口調。リェッタとロミウは文通をしているようだから、それも当たり前だとデューゴは思ったが、もっと別の何かが、明らかにそこにあった。


「……隣街の、リェッタって子から手紙を預かってきたんですね?」


 けれども宿屋の主人は、尋ね返す。どこか哀愁を纏って。

 だからデューゴは、戸惑いながらも頷けば、宿屋の主は近くの戸棚からこの街の地図を取り出した。宿屋の主は指さす。


「ここが、この宿屋だよ……ロミウの家は、ここさ」


 その道のりを、デューゴは覚える。少し離れているものの、道は簡単だった。

 ここに、手紙の受取人がいる――謝らなくては。


「……ありがとうございます!」


 やがて、デューゴは顔を上げ、早足で宿屋から出て行ってしまった。その背に、宿屋の「ああちょっと……」と声をかけるものの、デューゴはすでに出て行ってしまっていた。


「――何か、あるんですか?」


 エピはすぐにデューゴを追わなかった。宿屋の主に尋ねる。


「……」


 宿屋の主は無言のまま、頭を横に振った。やがて、溜息を吐いた。


「君達で何人目かなぁ……まあ……行けばわかりますよ」

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