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星灯りと明けない夜  作者: ひゐ
第三話 二つの球根 ~エピの物語~
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第三話(02)


 * * *



 暗闇の中での、数日間の旅。黒色を照らす星油ランタンの光が、太陽の色と月の色と、まるでくるくると回るように、数回入れ替わった後のその日、エピは無事に街へと辿り着いた。道中『暗闇』に襲われることも、旅の道具を切らすこともなく、慣れたように、何事もなく、到着した。


 これも、もう長いこと旅をしてきたからこそのものだ。暗闇の中を旅するのは死の危険と隣り合わせ――たまに、そのことを忘れてしまいそうになる。しかし、本当に危険だからこそ、人々は旅人に届け物を託すのだ。


 街に到着して、まずは宿屋で一晩を過ごした。これは習慣になっていることで、街に着いたその日は、ただ身体を休めるだけにしている。出歩くのは、次の日と決めている。


 だから交換屋へ向かったのは、次の日だった。これまで他の街で得てきたものと、いま必要なものを交換してもらう。それからこの街で流通している紙幣と、これから先、他の街でいいものに交換してもらえるであろう、街の特産品も、交換して得る。そして、


「ところで、一つ聞きたいことがあるんですけど……人を探してて」


 最後に尋ねる。


「ショーン、って男の人を探してるんです。隣町から来た人のはずなんですけど、この街にいますか?」

「ショーン……? 隣街から来た人……?」


 店番をしていた、エピよりも幼い少年は少し考えた後、顔を上げた。


「ああわかった! もしかすると、花屋の人かもしんない! 確かあの人、隣町から数年前に来た人って、父ちゃん言ってたから! 名前は知らないけど……うん、ショーンさんって、呼ばれてた気がする!」

「花屋?」


 彼から花屋の場所を教えてもらうと、エピは交換屋を後にした。様々なものを交換してもらった。一度宿屋に寄って荷物を置けば、あの巾着を持って、再び外に出る。明るい街灯の光に包まれた街。火の色をしたものがほとんどだが、一定間隔で星油の光が見える。


 花屋とは珍しい、とエピは進みながら思う。どの街も、生活に必要不可欠な木を育ててはいるが、花を育てているところは少ない。そもそも、育てようにも花は少ないのだ。


 昔の話によると、太陽や月、星があった頃には、花も沢山咲いていたらしい。しかし、世界に光がなくなって、そのほとんどがなくなってしまったのだという。木は花よりも丈夫だったために、人々が星油の光を手に入れた後でも、それなりの数が残っていて、その星油の光で照らしてなんとか数を増やすことに成功したのだというが、ほとんどの場所で花は滅んでしまったらしい。暗闇の中で、花は長く生きられなかったのだ。


 いまこの世界に残っている花は、奇跡的に生き残った種類と言えるのだろう。そしてまた、ここまで絶えることなく芽吹き咲いたものだ。それ故に、流通の多い大きい街ならば、時々花屋を見かける。各地から花の種が集まってきて、またうまく育てる技術もある。けれどもここは、大きい街とは言えない。とすると、ここには、奇跡的に生き残り続けた花があるのかもしれない。あるいは、うまく育てることのできる人間がいるのかもしれない。


 しばらく進むと、花の絵が描かれた看板が目に入り、エピは足を止めた。それは小さな店で、扉の上にその看板を掲げていた。ふわりと咲いた、白い花の絵。どこか愛らしい。昔の人々も、いまの人々も、花は儚いものだと感じていた。星の光がなければ、すぐに枯れてしまうもの。そのために、いまはもう数が少なくなってしまったもの。しかし、その絵に儚さは感じられず、力強さを感じる絵だった。この暗闇の中、確かに存在していると言わんばかりの力強さ。存在感。


 その看板を前に、エピは少しの間、立ち止まってしまった。こんなに生き生きとした花の絵は見たことがなかったからだ。やがて、店の扉を開けて、中へと入る。ちりん、と扉のベルが鳴った。


 中に入ると、柔らかな甘い香りに包まれる。お菓子のような甘さとは違う。みずみずしさを感じる香り。どこか不思議な香り。


 鉢植えがいくつも並んでいた。どれも、見たことのない花が、まるで自分を見てというように咲き誇っている。ぱっと咲いた花、佇むように咲いた花、形や雰囲気は様々で、色も様々だ。室内に設置された星油ランタンの光を浴びて、きらきらと輝いている。まだ花が咲いていない鉢植えもあって、それでも葉の緑色は鮮やかだ。そのうちの一つ、長く艶やかな葉の鉢植えに惹かれて、エピはそっと近寄る。背は高くなく、また大きくもない、よくみると、蕾が一つあった。


 まだ緑色の蕾。これからどんな色に染まっていくのだろうか。そしてどんな花が咲くのだろうか。ただじっと見つめ、想像した。かわいらしい花が咲くに違いない。


 それにしても、よく手入れされ、育てられた花だと思う。いままで何度か花屋を見てきたが、ここまで花々を美しく育てた花屋は、そうなかった。


 ところで人の姿がない。カウンターには誰も立っていない。奥にも、人の気配はない。

 上の階にいるのだろうか。カウンターの奥には、階段が見える。しかし勝手にそこまで入るのは失礼だ。だが誰もいないなんておかしい。店を閉めているのなら、そもそも店の扉に鍵がかかっているはずだが。


 と、窓の外で、何かが動いた。


 ――外にいる?


 庭があるのだろうか。いや、あるのだろう。花を育てる場所があるはずだ。

 一度外に出て横を見れば細い道があった。店に入ってくる際気が付かなかったが、ここから店のすぐ隣へ行けるらしい。そこに庭があり花を育てているに違いない。


 そう思ったのだが、細い道を抜けた先にあったのは、透明な建物だった。


「これは……」


 思わず声を漏らした。壁も、天井も、透明な建物。中には様々な花や草木があり、また星油ランタンの光に溢れている。まるできらきらと輝く家で、どこか美しいおもちゃのようにも感じられる。しかし中には人影があって、男が一人、じょうろで草花に水をあげていた。

 その男は――届け物を頼んできた男だった。


「――え?」


 間違いない。彼だ。市場で安くものを売ってくれた彼。隣町にいるであろう、ショーンという男への届け物を頼んできたあの彼。つけているエプロンも同じだ。


 唖然とした。彼は、ここまで来ていたのか。届け物が気になったのか、それとも。

 と、透明な家の中にいる彼がこちらに気付いて、微笑む。じょうろを置けば、外へと出てきて、何か言おうとしたものの、


「もしかして、隣町から来たんですか!」


 彼がここにいることに、あまりにも驚いたエピは、遮るように先に尋ねた。


「え? あ、ああ。そうだよ」


 その勢いに圧されるように、彼は少し戸惑った様子で答えたものの、笑みを浮かべる。

 やはり彼も、隣町からやって来たのか。しかし、まだ彼からの依頼は終わっていない。ショーンという男に、まだ会っていないのだ。


「ショーンさんに、会いに来たんですか? ごめんなさい、僕、まだショーンさんを探してる最中で……この巾着、まだ渡せてないんです」


 エピは慌てて巾着を取り出す。それから、あたりを見回して、


「ここにいるって聞いたんで来たんですけど……あなたはショーンさんに会いましたか?」


 恐らく彼もショーンに会いに来たのだろうが、どうもここにも、それらしき人影は見あたらない。いるのは自分と、彼だけ。


「会ったって……ちょっと待ってくれ。君は……何を言っているんだ?」


 と、届け物を依頼してきた彼はエピを見下ろし、ひどく困惑したように首を傾げた。本当に、何もわからないといった様子で。


「君……何か勘違いしてないかい? 僕が、そのショーンだけど……」


 ――「僕が、そのショーン」?


 目の前の彼が、探していたショーン? けれども彼は、前の街で届け物を頼んできたあの彼そのものだ。見た目も、声も、様子も。何を言っているのだろうか。

 からかわれているのだろうか。それとも。


「いや……でも僕……前の街、この街の隣の街で、あなたからショーンという人への届け物を預かったんですが……これを」


 エピは巾着を彼の前へと差し出す。薄汚れた、古いものであるのだろうそれ。それを差し出され、彼はより戸惑い、どこか迷惑そうな顔をしたが、それは一瞬だけで、はっとして巾着を凝視した。


「……いいや、僕はショーンだよ。僕がショーン。君が隣町で会った人じゃないよ」


 彼はようやく話を理解したといわんばかりに、歯を見せて笑った。


「君が隣町で会ったのは、僕の双子の兄だよ!」

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