知ってる
4部にしたい
三、彼は彼女を知らない
四、彼女は彼を知っている
私が生まれた家は大都市の裕福な家だった。
一人娘の私にたくさんの愛情をくれる母、尊敬できる父。
不自由のない生活。しかし人間とは愚かなものだ。足りないものが見つかれば満たされるまで欲するのが性。私の家以外の貴族は腐っているとしか思えなかった。
父は常々言っていた。
「人とは平等である。身分や生まれは違えど魂は同じ価値である。裕福に生まれたならば貧しきものに尽くしなさい。」
そんな父をすごく尊敬していたし、私の家に仕える使用人は父のこと崇めてすらいた。
父は周りの貴族に嫌われていたのもあって、身分を捨てようと私と母に相談してきた。
私と母は賛成だった。だって彼らとは違うから、1週間後、身分を捨て中央から少し離れたリベニカという町に住むことにした
炊き出しをして、服や靴を配る。
集まってくる人の中には我先にと自分より弱いものを蹴落とす人もいる。
貧しいと心まで貧しくなってしまう。父はそんなことがないよう。みんなが少しでも心が豊かになるよう頑張っていた。
私もそんな父のようでありたい。
ある日、花を買おうと町を歩く。少し路地を入ったところで話しかけられた
「よう、ねーちゃん。綺麗なおべべ着てどこ行くんだい」
昨日の炊き出しで子供を押しのけて割り込んだ男だった。
「お褒めの言葉ありがとうございます。花を買いに行くところですよ」
「へぇ、金持ちだったら使用人に任せりゃいいだろ?まあいいや少し付き合ってくれや」
ズンズンと近寄ってくる男は私の腕を掴むとズルズルと引きずり始める
「痛い、辞めて!どこにつれていくの」
「ちょっと遊ぶだけさ、貧しい俺に慈悲を与えてくれよ」
人は貧しいと心まで貧しくなってしまう。すごく悲しかった。優しさへのお返しが暴力と欲だったからだ。
「…っ」
これから起こることを覚悟した時、男が膝から崩れ落ち鈍い悲鳴をあげる。どうやら前から来た男に思い切り蹴飛ばされたようだ。
「そりゃないだろ…お嬢さんからその薄汚い手を離すんだ三下」
綺麗な身なり、貧しい街には浮いて見えるその男性は30歳手前だろうか。優しいはずのその人の目は曇ってみえ、なにか深く暗いものが見えた。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。先を急ぐので」
「お名前は…?」
「名乗る程のものじゃないですよ。…じきに嫌でも知るでしょうし」
俯きながらボソボソと喋り後半の言葉はよく聞こえない。
とぼとぼと去っていく男の背中はなにかに怯えているようだった。
助けられたからか、その瞳に見せられたからか。胸がドキドキした。その、名も知らない男に心が惹かれてしまったのかもしれない。
彼女は初めての恋を知った。
決行日は、彼女を見たあの日から3週間後の金曜日の晩。人々が寝静まる26時にした。
数日前、私の少女に汚い貧乏人が手を出そうとしていたのを咄嗟に止めてしまい顔が割れてしまったのもあり、少し計画を早めることにした。
金で雇ったごろつきを従えて名家に押し入る。ごろつきの中にはあの時蹴飛ばした男もいた。
まずは石で入口のガラスを突き破り、中に入る。
ガラスの割れる音に飛び起きてきた使用人が眠気眼のまま駆けつける
「誰だあんたら!やめないか!」
間髪入れずにごろつきが手に持った刃物で使用人を切りつける。
1人2人と人からただの肉になる。
屋敷の中は悲鳴と血、怒号と恐怖に包まれていた。
女、男、老人、子供、肉、肉、肉、肉
それを聞きつけたのか主人が飛び出してくる。惨事を目にした主人は気が動転したのか近くのものを投げながら大声で怒鳴る
「出ていけ、私を誰だと思ってる。こんなことして済むと思うなよ。」
「へぇ、結局人間ってそうなんだよな」
ジリジリと詰め寄る
「この人でなし共、いい加減に…」
「貧乏人をバカにしやがって!」
刃物で切りつける。あの人と同じように首を目掛けてだ。
血が吹き出す。もう戻れない。
何度も何度も、刃物を体に突き立てる。
あの時と同じで憎しみなど特になかった。ただ手に入れたいものの邪魔になるから殺すのだ。
奥の部屋に行ったごろつきが女を連れてくる。あの少女だ。
彼女の白い肌は赤く染った床とのコントラストでいつも以上に引き立っていた。
引きつって涙も出ない彼女にジリジリと近寄る。
「…なんで…なんで」
「なんでだろって思うよな」
ジリジリと近寄る
「私たちは…みんなのために…」
「優しくしてたのにな」
顔が見えたのだろう彼女は目を大きく見開き、そして絶望した
「なんで…あなたが」
「言ったろ、じきに嫌でも知るってお嬢様」
「…あ゛あ」
翌朝、発見された名家の屋敷での死体は32人、その中には主人、いたぶられた痕のある夫人、そしてたくさんの使用人
しかしあの美しい少女の姿はなかった