*姉になりたい
願いがあるなら表も裏も変わらない。
ヴァーデン王国レンブラント領。
貴族の家系である私には父と母、兄と私とよく似た姉がいます。
姉はヒェンメル。
腰まである長い髪の私とは違って胸ほどに短く、私は裾の広がらないスッキリとしたドレスが好きだけど、姉はふわりとしたドレスが好き。
色味も青や紫が好きな私と違ってヒェンメル姉様は黄や橙が好き。
そんな好みの違う姉と何より違うのは、性格だった。
姉は我が道を行く、自分という意思に満ち溢れた自信家であり、その為に多少我儘だ。
欲しいものはなんとしても欲しいし、自分が気に入らないものは簡単に切り捨てる。
一方私は……言われたことは全て守り、自分に自信が持てない残念な妹。
悪いことがあればすぐに謝罪し、父から頼まれたことはなんでもこなし、他家への贈り物を選び、会議や夜会の衣装を選び、良い子の人生を選ぶ。
自身のことは自身でやり、勉学もお稽古も跳ね除けて夜会ではどんな男性方とも話す絢爛な姉様。
ああ、私はなんてまるで駄目な人間なのでしょうか。
「ヒェンメルの為に死んでくれ!」
ある日突然言われたそれは、お兄様のお言葉でした。
私はエリーザ・リア・クォリア。家の人間として、淑女であろうと立ち振る舞っていたはずなのにどうして。
財務部のお父様が国の仕事でミスを犯したから?
淑女会に出たお母様がお茶会で相手方のドレスを汚してしまったから?
騎士のお兄様が間違えて一般市民の方を捕らえてしまったから?
いいえ、違うわね。
きっと皆、違うけど同じことを思っているからよね。
私はのけ者。
家の後処理係。
何かあれば皆私を呼びつけて謝罪に回らせるの。
お次はなあに?お姉様が何をしたというの?
「ヒェンメルの奴、侯爵家の結婚を断ったんだ!家が傾きかけてくれるのを助けてくれる話をしていたのに!おかげで侯爵様は怒りに燃えて、ヒェンメルを出せという。しかも謂れのない罪まで被せてきた!このままじゃ、処刑される!」
「そ、そんな……!」
だから私が侯爵様の謝罪に行けと?
肉親の妹にそんなことを申すの?
兄様にとって、家にとって、私はなんなの?
だけど兄様の考えは、私が思っているよりも深かった。
「エリーザ、頼む……!ヒェンメルになってくれ!」
「はっ……!?」
「ヒェンメルになって、家の罪をすべて代わりに精算してくれ!お前はヒェンメルにとても似ている……ヒェンメルくらいに髪を切れば、侯爵様も騙されて、お前の死体を見れば怒りを収めてくれるはずだ!!」
それが、お兄様のお言葉でした。
私はエリーザ・リア・クォリア。
家の人間として淑女であろうと立ち振る舞っていたはずなのにどうして。
どうして、愚図で愚鈍な家の尻拭いにされているのでしょうか。
長く伸ばした髪は無惨に切られ、気に入っていたドレスは姉のものに変えられ、侯爵様の前に差し出される。
侯爵様が用意した裁判官に、弁護する気のない弁護人、誰にも守られない私は有罪を受け、家族から「ヒェンメルが居なくなって清々する」と罵声を言われた。
その横には私のドレスを着て私の髪を飾るエリーザが微笑んでいた。
これは、なんの茶番でしょうか。
まるで罪人のように手枷をされて侯爵様に引き渡される。
侯爵様は私を見ても何も言わない。
私が私であると気付けない。
私は何のために生まれ、なんの為に死ぬのでしょうか。
「さあヒェンメル、冷血漢と言われる私だが、慈悲というものくらいはある。最期の言葉をくらい聞いてやろう。何か言うことはあるか?」
目の前にはなにもないけれど、後ろで剣を持った男が居ることくらいは分かる。
隣で冷たい視線を向ける姉の婚約者がいる。
私の何がいけなかったのだろう。何の為に。何の為に。
「……私が姉じゃないからいけないのかしら」
「……ん?」
そうだ、姉ならば何をしても問題ないのだ。
「私が妹だからいけないのかしら……」
「……!おい、指示があるまで動くな。こいつは……」
なのに私は妹だから、何をしても許されない。
私が全て尻拭いをしなければいけない。
「姉なら何をしても許される権限があるのに、私が妹だから。私が権力を持たないから。私が。私が。私が私が私が私が私が私が……」
最悪だ。何もかも。なんの意味も持たないまま人生を終えてしまう。
「お前……エリーザか!くそ、ヒェンメルめ、また……!」
「全部私の生まれが悪いのね。私が妹として生まれたから悪いのね。私、私……」
「すまない、エリーザ!お前が来るとは思わず……!あの長い髪は!?すらりと綺麗だったドレスは!どうして、こんな姿に……!」
せめて最後の願いくらい言わせてほしい。
こんな惨めで残酷で何も産まない世界で死ぬくらいなら、誰かを呪わせてほしい。
私の人生は、地獄です。
「最期の言葉……私は、姉になりたいです」
少女の言葉は呪いに変わって辺りを侵す。
真っ黒な闇は少女を好いていた男や街すらも飲み込んで堕とす。
にやりとしたこともない笑みを浮かべて、エリーザはか細い声で言った。
「なぁんだ……口に出せば簡単だった。私は何もいらない。姉であればそれでいい。姉であれば何でも好きに自由にできるの。私が姉よ。私だけが姉なの。姉なら、何をしたって許されるんだもの……!!」
大きく切り取られた部屋の中には円形に椅子が並べられている。
その中に一人座ったエリーザは、髪を握って自分を呪った。
「自分がしっかりと双子の妹の方であると主張できたなら、家族と別れて幸せな生活ができたのに……可哀想な子。
姉に囚われ、姉に執着して、偽りの幸せは片時でも感じられたかしら?」