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時を動かしたい。

外は、永遠の雪が降り続いていた。

空から降り注ぐ雪が止むのを、モノクルをかけた男は見たことがない。

この街に生まれた人は、街は、雪以外の天気を知らなかった。

朝も夜も無い白夜、雪に覆われた孤島、海から流れてくる流氷。

それがこの町の全て。

だが町の人々は雪や寒さに負けることなく活気に溢れ、笑顔や優しさに満ちていた。

そんな和やかな空気が、ルーティア・キニーと名乗る男は好きだった。



山奥にぽっかりと開いた穴を、筋肉がビッシリとついた大男達が道具を持って入っていく。

しばらくすると中から何かをぶつける音と声が響き始める。

雪で覆われた山の中には沢山の鉱石がある。

それが、この街で稼ぐ唯一の方法だ。

彼らが掘り出し、それを売ってお金やモノに替える。

植物も動物もまともに住めないこの地方では、そうやって生きてきた。

そんな外の音を聞きながら仕事をするのはとても気分が良い。

今は町の中央に住んでいる少女のオルゴールを直すのが、キニーの仕事。

モノクルにキズミを付け、ネジの一本一本を大事に締め、出来を見る。

それをまたドライバーで動かしながら様子を見る。

作業はその繰り返しだ。

しばらく作業を続けていると、外から鉱石を掘り出す音が聞こえなくなった。

キニーはキズミを外すと天井を仰ぎ、息をついた。



キニーの本来の仕事は修理屋ではない。

本当ならば研究者だが、20年もかけた研究は未だ達成された事は無い。

願った人間がこの町でたった一人だとしても、キニーはそれを諦めたくはなかった。

天候、地形、歴史、そして未来を調べても答えは見つからない。

いつか寿命か、目か、或いはこの町が己の願いを邪魔するのだろうか。

頼まれた仕事をこなし、日が経つにつれてキニーの心に余裕がなくなっていく。


カチッ、カチッ…――


時間はもう、残り少ない。


カチッ、カチッ…――


経験と、歴史、そして未来を見据えた懐中時計が静かに動き、印に近づいていく。


カチッ、カチッ…――


心の中にだけ響くあの音に、時が経つにつれ近付いてくるあの音に、彼は少しずつ恐怖に震えた。



鉱山の休憩時間にしてはあまりにも長すぎる時間が経っていた。

しかしいつまで経っても採掘音は始まらない。

外が気になりだしたキニーは窓から外を眺めた。

しかし彼の視力では外が何も見えない。

見えたのは、空間が紫にぼやけて見えていることだけだった。

窓を開けて、身を乗り出す。

段々視界は狭まり、今や目先の手すらもぼやけて見えないキニーには何も見えない。

本来白であるはずの景色が一面の紫色、段々と濃く、黒く、色味を落として深淵へと落ちていく。


「一体、何が……」


ぼそり。

自然と出た呟きに返事をするように、キニーがさっきまで直していたオルゴールが突然鳴りだした。

それはキニーへの子守唄なのか、それともこの町へのレクイエムか。

少しずつ蝕んでくる苦しみと共に、キニーは身を乗り出していた窓から下へ落ちていった。


「楽園へ、ようこそ」


小鳥のような囁きと、温かな手がキニーの二度と開かない目に触れた。




***

「……」

「……」


白の煉瓦が積み上げられた温かい空間。

私はこの場所を知らない。

黒い髪に純白の衣装を纏った女性。

私はこの人を知らない。

やけに鮮明で、やけに何でも映す目。

最後にこんなにも広々とした景色を見たのはいつ頃だろうか。

死んだ、と自身でも理解していた。

それなのに今、生きている。

自身の体を鳴らす鼓動が響いている。

何が起こっているのかを理解しきる前に、倒れた自分を見下ろす女性は口を開いた。


「このままだと、あなたの体は冷え切って風邪をひくわ」

「……生憎、私ハ雪に覆われた極寒の町の出デシテ、この場所ハ大変温かイ」

「そう……。体は動かせる?」

「苦しンデ、地面ニ叩きツケラレ死んだ記憶ガあるのデスガ……生きてるようデスネ」


ゆっくりと体を起こし、手を動かす。

右手は動くが、左手は思うように動かない。

肘を見ると()()()()()()()()


「……困りマシタネ。部品が無くなっているヨウデス。これでは不都合デス」

「……随分と無骨な腕」

「私は生まレた当初カラ、左腕は肘マデしか無いノデス。ダカラ、これガ私の普通デスヨ」


女性はううむ、と何かしら思案しているようだ。

義手は傷も何も無いものの、指先は依然動くことを止めたように動かない。

部品が見つからなければ、再構築も視野に入れるべきかもしれない。


「……"グレイブヤード"なら、あなたの求める部品が見当たるかもしれない……。行ってみる?」


静かに言葉を発する女性に一瞬何を言ったのかは分からなかった。

それでも、私の部品を探そうとはしてくれているようなので、無視する訳にもいかないのだろう。


「グレイブ、ヤード……聞いタ事のない土地デスネ。どんな場所カ聞いテモ?」

「常に雷鳴が轟く、瓦礫と残骸の山々……。多くの()()が暮らす荒野」

「瓦礫…機械ガ暮らす……。フフ、それハ大変面白そうデスネ!興味ガ出ました、私を連れてイッテ下さい」


女性は「分かったわ」と頷き、この空間の出口であろう場所へと歩き出す。

自分を重い腰を持ち上げ、その後ろへ立った。

(ウム……?)

背は170程を見越していたが、この女性は案外小さい。

160あるか無いか…綺麗な黒髪を靡かせる女性の背後に来てみれば溢れ出んばかりの強い魔力を感じる。

この女性自体にも、興味を持った。


「……失礼デスガ、お名前ヲ伺っテモ?」

「……私はオフィーリア。この世界は楽園・フラウテスと呼ばれる地、一度死んだ魂が自身の願いを叶える場所よ」

「……自身ノ、願イヲ……私ハ研究者デス。この願い、叶えラレマスか?」

「貴方が望むのなら」


女性の宝石のような黒い瞳が自分を映す。

強い眼に立ち竦みそうになり、同時に心の底から自身の中に隠れていた探究心が湧き上がった。


「……レディ・オフィーリア、私ハ研究者デス。私は長年ヤリたかった研究がありマス。私ハ研究者ニなれますカ?」

「貴方が望むのなら。……グレイブヤードは機械や人形が多く、ドラゴン種や植物から忌み嫌われた種族が暮らす過酷な環境と言えます。……多少の雑務はさせるけど、貴方が良ければその地の統治者になってみませんか?」

「統治者……グレイブヤードがドンナ場所か分かりまセンガ、良いデショウ。楽しみにシテイマスヨ」


外を出れば見たことのない一面緑の木々、そして暖かな空気が喉を通る。

出てきた白亜の塔はとても高く、かなり広い空間だったというのにあれはほんの一部らしい。

何もかもが私の知らない景色だ。

それだけで楽しく、また興味を惹かれる。

ああ、その世界はきっと、私の夢を叶えてくれるだろう。


「……デハ連れて行ッテ頂きマスヨ?まずは、グレイブヤードへ……!」

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