世界を守る力が欲しい。
世界から資源が枯渇していく。
世界は炎に燃やされ、水に沈められ、風は枯らし、大地はひび割れ、見る影もなく変わりゆく世界に私の力はもうどこにもないのだと悟った。
飢えて苦しむ命、奪い奪われ狂っていく命、荒廃し衰退していく世界に絶望し、自ら生を絶つ命、私が最後に見た光景は苦しみと嘆きに埋まった世界だった。
せめて私にもう少し力があれば。子供達を永遠に愛せる心があれば。
後悔ばかりが急く。
嗚呼、生とは無情だ。
自分の存在に嘆きすらした。
世界の守護神としても崇められていたのに、何もしてあげられなかった。
こんな気持ちで死にたくない。
ああ、世界が終わってしまう……無力でごめんなさい……――
「楽園へ、ようこそ」
……。
気がつけば、目の前に純白の衣に身を包む少女が立っていた。
衣とは相対的に、真っ黒な瞳がまるで心の奥を見透かすように自分を向いて、その言葉を口ずさんでいた。
「……もしかして、私に言っているの?」
「ええ、そうよ。貴女は世界大樹の精霊、目の前に広がる景色は見える?」
なんと不思議なものだろうか。
この少女は大樹に意思があると分かって話しかけている。
そして、少女の言うように周囲に目を向けると……様々な色の花畑や畑、果樹園が広がっていた。
だけどそのどれも、花は蕾で実は成っていない。
この少し先が美しく彩られそうなのに、大切な物が足りない、少し殺風景にも感じた。
「ここはまだ、芽吹く前なの。この町を……アルフヘイムを作ってくれないかしら?」
少女から、溢れる魔力と拒否し難い言葉を感じた。
だけど私は一度枯れた大樹だ。
何故か世界を咲かせていた頃と同じ姿で生き返ってはいるが、力不足で世界を失った大樹だ。
そんな頼みを受け入れることはできない。
「……貴女は資格を持った。貴女の願いが私の魔力に反応し、こうしてこの地で生きる資格を得た。今度こそその願いを、果たす時ではないかしら?」
「……貴女は私の事情を知っているのね。……ねえ、私に足りなかった物は、何かしら?」
「……孤独は毒。同じ世界に生きる者を理解し、互いに干渉し合わなければ、何が必要で何が不必要かは分からないわ。だからこそ、貴女はこの地でもう一度この世界を守るべきだと、私は思う。……彼女と、アルフヘイムを作ってくれないかしら?」
「彼女……?」
少女は顔を背け、隣の小さな芽に視線を向ける。
なんて弱々しい小さな芽なのかしら。
私はその小さな姿に心が揺れて、持っている魔力を注いでしまった。
小さな芽は成長の速度を速めてめきめきと伸びて大きくなり、血のように赤い薔薇の蕾にまで育った。
ああ、今から生命が生まれるのか。
そう理解してから、蕾は大輪の花を咲かせた。
「……っ!」
想像もしていない姿に枝が擦れた。
大きな薔薇の中には一人の女性が生まれたままの姿で横たわり、眠っている。
私が彼女を生んでしまったのか。
この女性は、私の魔力を得た薔薇の妖精となったのか。
「……ん、んん……?」
まるで蔓のような碧の長い髪を揺らして女性は薔薇のベッドで体を起こす。
花弁のような真っ赤な瞳が隣の少女を見た。
「ここは、何処だ……?」
「初めまして、ここは求める者を受け入れる楽園。そして貴女は、この地で初めての生命よ」
「この地で、初めての……」
少女の視線が薔薇の精霊から自分へ向く。
きっと断ることはできないだろう、その視線に私は再び枝を鳴らしてしまった。
「ねえ、イルミンスール。貴女には彼女に名前を与えられないかしら?貴方とこの子で、この町を作って欲しいの」
逃げられはしないだろう。
生きることを半場諦めてしまった私は、無責任にも新たな生命を誕生させてしまったのだから。
何もできない私は、もう一度この地の守り神になれるのだろうか。
いえ、きっと、ならなくてはいけないのね。
「――ええ、お受けしましょう。私の名前はイルミンスール、新たに生まれた薔薇の乙女に祝福を。貴女の名を……『ジュリア』と名付けましょう」
祝福に瞳と同じ色の薔薇を与えて、私は貴女の母となる。
そして、この世界を明るく眩しいものにしましょう。
「私の名前はオフィーリア。この世界を作った魔族。イルミンスール、ジュリア、このアルフヘイムを、お願いするわね」
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流石に全裸では可哀想だと思う。
「……ジュリア、召し物を準備しましょう。貴女の魔力は覚えました。その薔薇を衣服として纏わせなさい」
「ええ、お母様」
流石にお母様はやめて欲しい、と後で抗議した方が良いのでしょうか。
ジュリアは何を気にすることもなく、自身が生まれた薔薇の花弁と一枚ずつ剝ぎ取っては体に纏わせていく。
しかしそこは流石の薔薇の姫。
碧の髪に私が捧げた薔薇が咲き、剥ぎ取られた薔薇の花弁はドレスのようにジュリアを華々しく彩って、しかし美しさに後れることもなく……ジュリア自身が一輪の花として咲き誇っているようにも映る。
「……貴女の家を準備させましょうか。どういったものがいいかしら?」
「貴女が準備してくれるものなら何でも。私は貴女に従います」
「それでは一緒に世界を作ることにはならないわ。休む場所だけは、私が準備しましょう」
ジュリアはどうやら責任感や規律を重んじる性格のようだ。
会話を続けていると、ことごとく生活形態やどう過ごすべきかを気にしているように見える。
「まだ住人が居ないので……これからどうにかするべきなのでしょうね。貴女は町を指揮する事に向いています。
私と違って足がある、町を見回り管理する仕事を任せてもいいかしら?」
「分かりました。私がお母様の足となりましょう。ではこの地に住む者を、見ていてもらえますか?」
「ええ、お受けしましょう。ですが……お母様は止めて下さいな」
「何故?私には分かる、私に流れる魔力の半分は、貴女の物だ」
「……互いに対等で居ましょう。私も貴女も、あの魔族の少女によって再び生かされた魂です。貴女はどうやら元あった姿とは違うようですが」
ジュリアは口を閉ざし、口元に手を当て「うむ……」と唸る。
暫くして、納得したように頷いた。
「では、どう呼べばよいのでしょう?」
「名のまま、イルミンスールとお呼びなさい。私も貴女をジュリアと呼ぶわ。敬語も必要ありません、私たちは対等なのだから」
「……ああ、分かった。ではよろしく頼む、イルミンスール」
「ええ、よろしくね。ジュリア」
この世界はさほど広くないらしい。
根の先ではこの町以外の町を感じ、今にも新たな命が目を開けようとしている。
まるで時が止まったように変わらない世界はきっと、今から歯車を回して芽吹き始めるのでしょう。
大樹と薔薇姫、二人でこの町を守ることになるのでしょう。
「……ねえジュリア、私は一度枯れてしまったの。力を失い、資源は枯渇して悪循環を辿り、元居た世界は無くなってしまった。何が足りなかったのかしら?」
「……世界を見る者は、常に孤独の存在だ。同じくこうして一つの町を見守る存在もまた、きっと孤独であると思っている。必要なのは、手を取る者、理解する者ではないだろうか」
あの魔族と同じことを言う。
面白くなって、花が咲いてしまった。
「じゃあ、私は今必要な物を得たのね。この町には……一体どんな子が来るのかしら」
「どんな人が来ても変わらない。私は貴女と共にこの町を見ていくだけだ。私は何か間違っているだろうか?イルミンスール」
「……貴女はどうやら頼もしい相方のようね。これからが楽しみになってきたわ」
死んだ魂が願いを求めて再び降り立つこの大地に、一体何があるのだろう。
願わくば、この地が安寧の続く眩しい世界でありますように。
そして、この地に来るであろう全ての命に祝福を。
世界樹にはユグドラシルやイルミンスール、アアチュ・アナといった名前がありますが、どれも神話のお話の名前ですね。
どれが存在として近いか、とかではなく名前で選びました。
ちなみにアルフヘイムは完全に北欧神話から取りましたが他の地名はどうしてその名を取ったのか全く覚えていません。何せ〇年前なもので…今から設定変えるのもめんどくさいなと思ってます。てへぺろ。
え、グレイブヤード?墓地です。